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33◆順風満帆な3回目?

「へえ、それで君とメリーナは友人というわけだ」


教会訪問から数日経ったある日、セシリアとマリウスはいつものようにカフェでお茶をしている。暑さが少し引いて秋が近づいてきたのを感じる。


「そうよ、悪い?」


友人関係になったので授業の時も避ける必要もなく、自然に振る舞うことができてセシリアとしても楽である。だけどまあ、マリウスが少し呆れたような笑いを見せるのもわかる。


「いいや全く?メリーナと叔父上に繋がりがないのは常に確認しているしね。だけどすごいね」

「何がでしょう?」

「いくら前回とは違うとはいえ、あれだけの因縁があった相手と1から交流できるとは、大物なのか単純なのかどっちだろう」

「慈悲深いんじゃないかしら」


澄ました顔でセシリアはいけしゃあしゃあと言ってのける。マリウスは「へえ」と笑うだけで特に反論はしない。

マリウスとしても予想だにしなかった展開だ。呆れもしたが、恐れも入った。一体セシリアというのはどういう胆力の持ち主だ。

だけどアレスの婚約者だった頃も何の苦も無く王子妃教育を平然と受けて立ち、学園でも淑女の中の淑女と言われていた彼女だ。貴族の足の引っ張り合いなど物ともせずに美しい淑女として讃えられていた彼女は、ひょっとしたら最初から肝が据わっていたのかもしれない。そんなセシリアの一面を知るたび、マリウスの心は温かくなる。


「楽しそうだな、俺もお邪魔するぜ」


その声にマリウスの機嫌が一気に斜めに向く。こうして楽しいティータイムに度々割り込んでくるのはアレスだ。まだ良いと言われてもいないがアレスは遠慮なく席に着く。


「本当に邪魔だ」

「セシリア、別にまだ婚約者をどちらかに決めたわけじゃないんだろう?」

「ええ、どうしたら両方お断りできるか考えているところです」

「じゃあ俺が入っても構わないよな、俺たちは友人同士だ」

「そうですわね、どうぞ」


セシリアの許可も得てアレスはマリウスにニッと笑ってみせる。時折見せるそんなやんちゃな表情からか、今回は兄として生まれてきているが、知的な印象のマリウスと並ぶとどうしてもそうは見えない。身長だけはずっと高いのだが。


何やら向かい側でぎゃあぎゃあ言い合う兄弟を放ってセシリアは窓の外を眺めると、カフェの前を通りかかるメリーナが見えた。メリーナの方もセシリアに気づいたらしくセシリアに手を振る。

この妙な空気を中和するのにはもう一人必要だと、セシリアはメリーナにこっちこいこいと手招きする。メリーナは嬉しそうに小走りでカフェに入ってきた。


「ごきげんようアレス殿下、マリウス殿下。セシリア、何かご用?」

「お茶しない?」

「喜んで!」


笑顔で答えるメリーナは今回もやはり美少女だ。以前のような清らかさと、それに少し含まれる媚びるような雰囲気はないが、溌溂とした美しさだ。これからマナーを身に着けていけば誰が見ても息を飲む淑女になるだろう。

セシリアはまだマリウスと言い合っているアレスを見る。前回まではメリーナの力が関与してなのか、男性を攻略するテクニックのせいなのか、まんまとメリーナに陥落していたのだが、今回はその気配すらない。


(今のメリーナは決して悪くないのに、アレス殿下は見る目がないのかしら)


つい、遠い目で見てしまう。うん、きっとそうだろう。


「え?三人で教会へ?なんで誘ってくれないんだよ」

「なんでお前を誘うんだよ」


話は先日の教会訪問の件になり、誘われなかったとアレスは不満げだ。


「あら、興味ございましたの?アレス殿下」

「言ってくれるね、これでも真面目に慈善活動には取り組んでいるんだぞ」


前回の人生までのアレスはどうだったかと思い出してみると、確かにいつも真面目にやっていたと思う。決められたものをこなしているのかと思っていたが、本人に意識があるらしい。それは知らなかったことだ。

最近はセシリアとアレスは選択する授業が違い、あまり接する機会がなかった。


「アレス殿下も興味がございますか?この前みたいなのでいいならご招待できますが」


あくまでお忍びスタイルでいいならとメリーナが提案する。二人の王子が教会の勉強会に関心を持つならライラとしても悪くないだろう。


「是非行ってみたい。次の機会には俺も誘ってくれ」


そして次の機会は案外すぐに訪れてアレスも一緒に連れて行ったのだが、マリウスとうるさく言い合う事もなく興味深く教会の活動を見ていた。ただ一点、セシリアの始めたキツネのぬいぐるみによる学習の時間になると苦笑いをしていたが。


そんな風に、因縁の相手とは何となく上手く友人関係を築いている。


取り巻きの皆さんはメリーナとのタメ呼びが発覚した際に「ずるいですわ!私たちの方がずっと以前からお慕いしておりますのに!」と言われて、こちらもタメ呼びが解禁となった。メリーナともだが、あくまで非公式の場だけではあるが。

みんな公爵家パワーで取り巻いてくれていたわけではないようで、セシリアはふと人の心をきちんと見ていなかったのではないかと思った。過去を繰り返さないために一生懸命になっていて、そういう部分を適当にやってしまったかもしれない。

そんなわけで選択科目が変わって、みんなそれぞれ予定があっても、時々は会ってお茶をしたり、ショッピングに行ったりする良い付き合いだ。


魔法実践の授業も充実している。セシリアの炎魔法は生活魔法としても使えるが、攻撃魔法との相性がすこぶる良いらしく、魔法兵士を目指しているクラスメイトにはとても羨ましがられた。


「教わってもいないのに火柱を作れるくらいだしね」


マリウスがニヤリと笑いながら言うのをセシリアは知らんぷりである。


そんな風にセシリアの学園生活二年目は思いがけなく楽しいものになった。

よかったよかった、めでたしめでたし…で終わればいいのだが。



***



セシリアが二年生の学園生活を満喫しているその時、魔法研究の講師が一名学園から除籍となった。これは以前までの人生でもあったことだ。何かやらかした講師が学園から消えたことで誰に影響を与えることはなかった。セシリアも学園の掲示板の告知をさらりと見ただけである。


講師の名はエステバーン。ロッドウィル伯爵家の三男で、とても優秀な魔法研究者であった。そんな彼がやった「やらかし」は違法研究である。


その昔、この国を壊滅状態まで追いやったアンデッド・ドラゴンは大いなる魔法使いである王家の始祖によって封じられた。これはこの国の者であれば全員が知っていることである。それ故、その魔法使いの血筋である王族が権威を持っていると言ってもいい。

その王家の始祖たる魔法使いが記した書物は城に厳重に保管され、その血筋の者しか見ることがないよう封じられているという。


エステバーンは王家の者ではないのでそんな書物を見たことはないが、アンデッド・ドラゴンへの研究をしている最中に、復活させるための魔法陣を形作ってしまったのだ。研究者とは探求の中で倫理を乗り越えてしまうことがよくあるが、今回の件もそんなところだろう。


魔法陣は理論上は発動することが可能ではあるが、それは所詮机上の空論というもので、発動条件を揃えることは不可能であると見られた。

しかしアンデッド・ドラゴンの研究ならともかく、「復活の研究」となると反社会的と言わざるを得ない。

由緒ある学園の講師としてはもちろん置いておくことはできないため裁判にかけられた時点で解雇となった。そしてその裁判でも有罪となり、ロッドウィル伯爵はエステバーンを家から除名するか、降格処分かを迫られた。

そうしてエステバーン・ロッドウィルは伯爵家の三男からただのエステバーンとなった。


城下の外れ、ロッドウィル伯爵の最後の情けとして用意した屋敷に手伝いの者は一人。これでも一般的な平民よりは良い暮らしぶりであるが、今まで生活の全ての面倒を見てもらっていたので何をやるにも手間が掛かる。手伝いの者は朝晩に食事を作るのや掃除はしてくれるが、着替えや身支度を手伝ってくれることはない。


エステバーンは自分の何が罪なのか、未だに理解できずにいた。研究者なら当然のことをしていたまでだ。


「アンデッド・ドラゴンのことじゃなく、もっと他に論文の題材はあるだろう」


あまりにものめり込んでいるエステバーンに教授がそう言ったこともあるが、研究をやめることはしなかった。

かつてこの国を破壊しつくしたドラゴンはどんなものよりも強大なエネルギーがあるのだ。それが一体どんなものなのか、知りたくて仕方ない。


ああ、だがしかしだ。学園で働いていた頃は研究に携われない教えている時間を疎ましく思っていたが、今は生活をするだけで時間が奪われていく。そしてクタクタになった体で研究に打ち込むこともできない。


どうしても納得がいかないのだ。

アンデッド・ドラゴンを研究していたことが何が罪なのだ。

兄や父には「度を越しすぎた」などと言われたが、突き詰めていくのが研究職だ。彼らは何も解っていない。その突き詰めた先にしか素晴らしい何かはあり得ないのだ。


そんなある日、夜更けに訪ねる人がいた。

エステバーンとは面識のない、美しい金色の髪に吸い込まれそうな青い瞳の、一目で上位貴族とわかる男だ。


「君、なんか面白い研究してたらしいじゃないか」


そう言った笑顔は人懐っこく、エステバーンの警戒を解くのに十分であった。

自分の研究の話を笑顔で聞いてくれる、しかもアンデッド・ドラゴンのことになると眉を顰める者ばかりだったのでエステバーンは男に語りに語った。

そうして語り明かして空が白じんで来た頃には会ったばかりの男にもうすっかり心を許していた。


数日後、エステバーンは屋敷を引き払い、手伝いの者に暇を出した。手伝いの者から聞いたロッドウィル伯爵が屋敷へ来た時はすでにもぬけの殻になっており、近隣の住民と一切交流をしていなかった彼の行方を知る者は誰一人としていなかった。

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