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31◆シスター・ライラの活動

ライラは客としてやってきた学生たちにお茶をサーブして着席をすると澄ました笑顔を向ける。


「教会で行ってる勉強会やレクリエーションに興味があるとメリーナから伺いました」


これは今回の訪問の理由である。本当はメリーナが育った環境をこの目で確認したいというのが目的だが、そんな怪しい理由を正直に言うはずもない。慈善活動は貴族の義務でもあるし、興味を持ってもおかしくないはずだ。


「はい。今までも慈善活動はしておりましたが、寄付をしてご挨拶をさせていただく程度で、実際に教会がどんなことをしているかを知らずにいたので。それにメリーナ様を見ていると、教会ですでにとても高い教育を受けているようにお見受けしました」


とってつけた訪問理由ではあるが、本当にそう思った。魔法実践や普通学科への取り組みを見ているとメリーナの基礎はすでにできている。セシリアは今回三回目なので学業にも余裕があるが、最初の時のセシリアと今のメリーナであれば同等くらいではないだろうか。


「教育環境が整っているわけじゃないんです。私と、学校へ行ったことのある有志とで子どもたちに教える場を設けているんですが、試行錯誤です。学があれば将来の選択肢が広がるのではないかと思ってのことです。ここには様々な環境の子がいますが少しでも生まれで諦めることが無ければ良いと」

「まあ…素晴らしいですわ」

「ふふふ、カーン嬢も是非に仲間に加わってくださいませ」

「ちょっとライラっ隙あらば勧誘やめてよ!」

「メリーナにも期待してるのよ、たっくさん覚えて来てね」


どうやら勉強会はライラの手作りの私塾のようなもので、教会として大々的に活動しているものではないようだ。聞くと手伝っているのもボランティアで教育者を雇ってのことではない。


「とてもそんな予算はないわ。だから私も勉強しながらですの」


そう言ってライラは笑う。聖クレア大聖堂くらいになれば貴族からの寄付金も集まると思うのだが、予算は割かれていないらしい。


「シスター・ライラ、失礼を承知で伺いますが、教会の方針から外れた活動をするのはなぜですか?」


黙って聞いていたマリウスがライラに問う。ライラは知らないが、彼は大聖堂の年間行事や運営計画にも目を通す立場である。市井への教育の場の提供など活動予定にはなく、恐らく「民への慈善活動」という括りの中で行われているものだろう。大体の予算組もマリウスにはわかる。

貴族の少年からの生意気な言葉にもライラは笑顔を崩さない。


「それが大事だと思うからかしらね。本当にただそれだけ」


ああ、こんな人が本当にいるのだな。


そうマリウスは思った。

聖職者という身分であってもただの人間である。その中で権力を手にした者はその地位を守るために躍起になるものだ。例え最初にその門を叩いたのは神への敬虔な思いだけだったとしても。

自分の持ち物を守るためには、決められた枠を超えるのは危険である。ライラのやっていることはその枠をはみ出しているが、彼女の持ち出しでやっているため教会のマイナスにもなっていないので特に止められてもいないのだろう。


シスター・ライラの経歴は調べさせて知っている。元は貧困街で育ち、盗みを働く子どもたちのリーダーだった。20年以上前にこの国に伝染病が流行った時、全体では被害は大きく無かったが貧困街の弱い者たちには甚大であった。彼女が面倒を見ていた子どもたちの殆どが死に、彼女も瀕死となり教会で死を待っていたという。しかし体が丈夫であった彼女は一命を取り留め、死んだ仲間たちのために生涯祈りを尽くしたいと願い、修道院へ入ったという。


経歴として知っているが、その時に彼女がどんな心で選択をしたのかまでは思いもよらない。しかしライラの行動を見ていると、死んだ仲間たちへの祈りを胸に、これからの子どもたちの未来へ働きかけているようだ。

マリウスは王子であるので、打算は仕事のうちだ。大きな慈善活動は自分に良いイメージを付けるのに効果的である。だがしかし、マリウスはそれに中身が伴っていないのを嫌う。シスター・ライラの活動であれば信用が置けるのではないか。

マリウスは頭の中の公務のプランに一つメモを書き記した。


デリア公爵から引き剥がすまではやったが、ライラと縁を結んだのはメリーナ自身だ。それは彼女が自分の生き方の指針をライラに見たからであろう。


七回目の人生は、全く予想が付かないな。


マリウスはそれを、とても愉快なことのように思った。


***


お茶をしたあとはライラの案内で子どもたちの遊び場と、今日は計算を教えるということだったのでその様子を見せてもらった。


「小さな子向けの簡単な計算です、よろしければ一緒に教えませんか?」


隙あらば勧誘のライラがセシリアとマリウスを誘う。メリーナは最初から数に入っているようで「難しくないですよ」と、黒板の準備を始めた。


「何事も経験ね」


全くの想定外であるが、セシリアは気合を入れやる気を見せる。こういう想定外ならどんと来いである。しかしセシリアが子供を相手にしたのは、よく躾けられた貴族の子供とお茶会で会った程度である。市井の子供たちというものが正直全く想像が付かない。


そうして始まった計算の授業。

セシリアはかつてこんな喧噪を聞いたことがあっただろうか。

とにかく小さな子はじっとしない。集中できずにセシリアの髪飾りや服ばかりに興味が向く。質問に全く違う答えを投げてくる。あまりの大騒ぎにお嬢様育ちのセシリアは口を開けて固まってしまっている。それを見たマリウスは「セシリアのそんな顔、いいものみた」と遠慮なく笑う。


「ここには計算の勉強がしたい奴が集まれと言ったはずだ、真面目にやらないなら出ていけ!」


興奮した子供たちにライラが叱り飛ばす。しかしそんなのにめげる子供たちじゃないのだ。


「お客様が来てはしゃいじゃってるなぁ」


メリーナも子供たちを落ち着かせながらそんなことを言う。綺麗なお兄さんとお姉さんがやってきたのだ、遊んで欲しくもなるだろう。


(しっかりしなさいセシリア!)


これは、思った以上にエネルギーがいる。セシリアは心で叱咤すると、こぶしを握り締め遠くに行きかけた意識を戻した。


ライラがどうにか子供たちを勉強に向かわせると、熱心に取り組む子も出てくる。そういう子たちはセシリア、マリウス、メリーナに任せ、集中力が続かない子はライラが教えることにした。

興味が向かない子にもなるべく教えようとしているのは、やはり将来のことを考えてのことだ。計算と読み書きが出来ないというのは生きていくのに不便だ。


そのライラの様子を横目で見ながら、興味を引かせるにはどうしたらいいかとセシリアは自分の能力の中で工夫できることを考える。

自分の今の持ち物は相棒のぬいぐるみ、持参した寄付金とお菓子。

できることは多少の勉強と魔法、あとは貴族の嗜みであるダンスなど。


さて、さてさて?

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