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29◆かつてのメリーナ

学園の寮はデリア公爵が用意してくれた自宅の部屋よりも若干簡素ではあるが、悪くないとメリーナは思っている。ファブリックは最高級品がワールズ子爵家から送られてきたし申し分ない。

その部屋の中、メリーナは行儀悪く土足のままベッドに寝転がり、堪えきれないという風に笑い出した。


「セシリアのあの顔!」


メリーナの教科書が燃やされ、その犯人がセシリアであるという証言が複数人から出た。真っ青になって棒立ちになっていたセシリアを思い出すたびに笑いが出る。そうやって笑う姿も一見は清らかな少女めいている。

聖女であるメリーナは入学式から注目の的だった。その美貌と立ち振る舞いの美しさも相まって、平民出身とは言え概ね好意的に受け入れられた。


「この学年には聖女のメリーナ様、一つ上の上級生には淑女の鑑であられるセシリア様がいるなんて、恵まれた学園生活ですわ」


メリーナを取り囲む同級生の一人がいつか言った言葉だ。

一つ上の学年には第二王子のアレスもいるはずなのに、それよりも先に名前が出たセシリアとは一体何者なのだろうか。


メリーナはセシリアを知れば知るほどに心が凍り付いていくようだった。なぜならセシリアは、メリーナのなりたい姿そのものなのだ。

生まれた時から公爵家という有力な家に生まれ、その美しさから王家からは王子妃にと望まれたセシリア・カーン。自分を支援するデリア公爵から聞いた王宮の話は、毎晩煌びやかな舞踏会が開かれ、着飾った美しい貴族たちがやってきては王族に傅く。王と王妃はこの国で一番偉いので皆に愛され、どんな贅沢な暮らしも許されるという。デリア公爵に与えられた暮らしも素晴らしいと思っていたが、聞けば「こんなものじゃない」と言う。

そんな憧れて止まない王宮の暮らしを王子妃になるセシリアにはできるのだ。メリーナはセシリアを「幸福が約束されて生まれた」のだと思った。


方や自分の生まれは、父親は生まれた時からおらず、仕事を転々としてはいつの間にか知らない男を家に入れる母親がいるだけ。自分が高熱で苦しんでいる時だって医者にも見せてくれず「教会に行ってこい」と家を叩き出されたのだ。そのおかげで聖女の力があることがわかり、デリア公爵の支援を受けることになったのだが、だから良かったという話ではない。


公爵家に生まれ、何一つ苦労をせずに生きていればあんな穏やかな笑顔でいられるでしょう。

幼い時に王家に入ることが決まって、一生幸福であることが約束されたなら、誰にだって優しくなれるでしょう。

だけど私は聖女だ。滅多に生まれることのない価値ある人間だ。だからこそデリア公爵は自分に目をかけた。家を与え、淑女教育を施し、貴族の家の娘にする手配を整えた。


そうして今のメリーナは昔の惨めだった面影など少しもない、美しく幸せな価値ある聖女となった。

機嫌が悪ければ八つ当たりしてきた母親も、今じゃ少しだってメリーナに逆らうことができない。一度、デリア公爵のいる前でメリーナに小言を言った母親に、メリーナは以前のように押し黙っていたのだが、デリア公爵は言ったのだ。


「メリーナ、その女を踏みつけてやれ」


いつも通りの美しい笑顔でデリア公爵は言ったので、何を言われたのか一瞬わからなかった。きれいな所作でデリア公爵は立ち上がると、メリーナの母親を蹴り上げた。


「お前がここで暮らしているのは誰のおかげだ?メリーナが聖女でなければお前にひとかけらの価値すらない。口の利き方に気をつけろ」


そのまま床に転がった母親を見下ろして、普段の口調となんら変わらずデリア公爵は言った。だからメリーナも、目の前で起きたことにびっくりはしたのだが、なぜかストンと「そうなんだ」と飲み込んだ。


そうしてうずくまる母を踏んでみたら、今まで鬱屈していた心が晴れやかになっていくようだった。今まで恐れていたものに勝ったと思った瞬間だ。それから母は一切メリーナには口答えをせず、顔色を窺って暮らしている。これが「勝つ」ということだ。


「こんなに上手くいくと思わなかった」


メリーナはセシリアに擦り付けた罪について思う。母親を使って学園の使用人を買収し証言を揃えた。もちろん、メリーナの名前は出さず。


「ほんと貴族ってバカしかいないんじゃない?」


メリーナはベッドから立ち上がり、窓の外を見る。

この豪華絢爛な学園に幸せそうに暮らすのが貴族の馬鹿どもだ。

証言が出たと言われたら、その証言が真実だという検証をすることもないのだろう。そうやって他人の差し出した都合のいいものをあっけなく信じるのだ。それはきっと自分に用意されたものがいつも完璧で、自ら準備したことなんてないから検証の仕方も知らないのだろう。


真っ青なセシリアの顔、貴族を出し抜いたという優越感。踊りだしたいくらいに愉快だ。

デリア公爵に世話になっていた頃、メリーナは聖女だと、価値ある人間だと言われ不自由のない暮らしをしていた。だけどそれはデリア公爵の匙加減一つだ。

淑女らしい振る舞いをしなければつまらなそうな顔をして帰るデリア公爵の前では常に気が抜けなかったし、それはワールズ子爵家に行っても同じことだった。

なのでメリーナは学園に入った今が一番楽しいと思う。

誰からも自由になった上に聖女として皆から持ち上げられ、そして裏で手をまわした策で気に入らない令嬢を陥れる。何もかもが自分の思うがままだ。


メリーナはその愉悦を「幸福」だと思った。なぜならそれ以外の幸福を知らないからだ。

次回更新は12月1日となります。年内には終わらせたいと思ってます。

少し間が空きますがまた読んでいただければ嬉しいです。

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