26◆告白
取り巻きの皆さんに手紙を送ると、王都にいるメンバーから屋敷に招待されたり、勉強会をしたり、街へ遊びにくり出したりと予定が入った。自領へ行っている人からは遠くから手紙と少し早いお土産が届いたりもして、楽しく過ごしている。
朝起きて身支度をし、カフェに向かうのが夏季休暇中の朝のルーティーンだ。マダム・ジョゼともすっかり仲良くなって、暇なときには食事の後に話したりする。
今日も食後のお茶をのんびり飲みながらマダム・ジョゼと話していると、この時間に珍しく他の客がやってきた。
「いらっしゃいませ」
マダム・ジョゼが客に声を掛ける。セシリアは窓の外を眺めながら、今日は何をして過ごそうかと考えていた。
すると店内に席はいくらでもあるのに、やってきた客はセシリアの隣に腰かけた。
「やあ、おはよう」
「…おはようございます、マリウス殿下……」
何故、と思うが聞いてはならない。聞いたら理由を聞かねばならぬ。
退席するにもお茶はまだポットにたくさん残っているし、寛ぎの時間をマリウスのせいで終わらせるのも癪だ。
マダム・ジョゼはマリウスにもお茶をサーブし、去り際セシリアにウインクする。何かを勘違いしたようだ。
「カーン公爵から、君が寮に戻ったのを聞いたんだよ」
「左様で…」
「で、僕も寮で過ごすことにした。今朝早くに戻って来たんだ」
「何故…っ」
セシリアは口にしてハッとする。何故、と聞いたら理由を聞かなくてはならないのだ。知らぬ存ぜぬで押し切るなら知らんぷりをするべきなのだ。
「そりゃあ、君と過ごしたいからさ」
「…父から何の連絡もございませんので、婚約の件は王が持ち帰ったままだと思いますが」
「…君の言う通りだ。ったくアレスには参った。父上も決まったことなんだから再考する必要なんかないのに」
「王のお考えですわ。そのようなことは言ってはいけません」
「よく言うよ」
マリウスは呆れたような口調で言うが、見ると諦めたように笑っている。
「…君にフェアじゃなかったと僕も反省しているんだよ。囲い込むような真似をして済まなかった」
「まあ、王子が謝るなんておやめください。私は婚約さえなくなれば何だって」
「そこは無くならないよ」
セシリアが顔で「なんだ、謝らせておけばよかった」と言う。なんとも感情が解りやすい。
「君を好きだと伝えていなかったと思って」
「は?」
「協力者とか、王家としてとか、事が進みやすい言葉ばかりを選んで伝えてしまっていた。何を考えているか解らないと言われる理由をちょっと自覚したよ」
マリウス王子がそう言うと、二人の間にしばし沈黙が流れる。
朝の光が降り注ぎ、爽やかな時間が過ぎる店内は二人の世界だ。遠目でマダム・ジョゼも注目している。
「セシリア、愛している。僕を選んでほしい」
マリウス王子の青い瞳が真っすぐにセシリアの目を見ながら伝えた。学生の恋模様にマダム・ジョゼは思わず静かにガッツポーズを取る。
「こ、心当たりがありません!」
「何、心当たりって」
「いや、だって、ええ?」
照れるとかそういうのではなく、本当にセシリアには心当たりがない。
マリウスはセシリアの記憶を保持したまま二度時間を巻き戻した。なので最初のセシリアの性格も、前回の性格も知っているだろう。そして話を聞くと、どの生でも直接セシリアと接したことはなく、今回が初めてのようだ。今回と言えば、マリウス王子に対して慇懃無礼を収めることができないセシリアである。
どこでそうなった…?
セシリアは単純に解らなかった。
「私の…一体どこが」
「そうだなあ…ガッツがあるとこ?」
どういうことだそれは。愛した理由に「ガッツがある」という回答があるか。
「先日の王城でも、自分に有利な風を読み取って上手く状況を動かしたよね。結局場を握った者が勝つんだよ、さすがだった」
「褒めてますか?」
「とても」
「そうですか…」
褒められているという実感も、愛されているという実感も湧かない。
「で、だ。君の婚約者は…王は君に選んでもらえと言っている」
「は?」
「僕かアレスを。王は君を王家に迎え入れるのに前向きだ。兄弟で同じ希望なら、相手に選んでもらうのがいいだろうとね。僕はこの意向に賛成はしていない」
セシリアが選んでいいなら「婚約は無し」の一択なのだが、そうはいかないのだろう。
「選択の期限はございますか?」
「君が学園を卒業するまでの間。卒業の前に君が選べばその時点で発表する。そしてこちらの卒業後にすぐに結婚することになるね」
「二年と半分…」
セシリアは期限内に出来ることを考える。魔法実践で腕を磨き、魔法術者の職を得る。頑張れば卒業前には内定するだろう。その時の状況次第で選択できる条件が変わっているかもしれない。遠い地の現場に配属されて、現実的に婚約者など無理という話になるかもしれない。
「畏まりましたわ。検討させていただきます」
「…君の心にはまだ誰も住んでいないようだね。それは安心だよ」
セシリアが自分を愛しているとも思っていないが、アレスのことも心に残っていないようだとマリウスは安堵する。アレスはセシリア的には二度も処刑を言い渡した相手なのだから恨みこそすれ愛情なんてあるはずがないのだが。そうは言ってもセシリアからしたらマリウスもつい最近会ったばかりの人物で、心に住まわせるというほど知らないのだ。
「…私の心に全く無関係の男性が住んだ場合は」
「僕かアレス、消去法でどちらかマシな方を選ぶんだね。貴族の娘が自由恋愛をできると思うんじゃないよ」
被せるように早口でマリウスが言う。自分は愛しているセシリアと結婚したいが、セシリアには自由恋愛ができると思うなとは何というダブルスタンダードだ。拗ねたように少し口を尖らせるマリウスは、自分でもおかしなことを言っている自覚があるのだ。
「フォレックスちゃん、わかったわー」
キツネのぬいぐるみはすでにテーブルの上に座っているので、わざわざ出す必要はない。裏声さえ出せばいい。
「前向きな検討を頼むよ」
マリウス王子は100年ほど奔走した中で、たった一人共に居たいと思った相手に祈るように言った。