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25◆夏季休暇中、寮に戻る

屋敷へ戻ったセシリアは、自室で一人ステップを踏んでいた。


「やったね、婚約回避!」

「すごいわ、天才!」


キツネのぬいぐるみも一緒になってはしゃぐセシリアをメイドは見て見ぬ振りでお茶の支度をし、そして部屋を出た。行儀悪くソファにダイブしそのまま寝っ転がったセシリアはクフクフ笑う。

婚約は回避したが、屋敷にいればきっと父がうるさいだろう。魔法実践の予習もしておきたいし、適当な理由を付けて早々と学園の寮に帰るとしよう。自分の屋敷に戻らない者もいるので夏季休暇中も寮は開いているのだ。取り巻きの皆さんに寮に戻ったことを手紙で知らせれば遊びの誘いをくれるかもしれない。暇人なのでウェルカムだ。


そうしてセシリアは父が仕事、母が茶会に出掛けている間に、学業に専念するために寮に戻る旨を書いた手紙を執事に渡して寮に戻った。『適当な理由を付けて』とは言ったが、本当に適当な理由である。

セシリアは寮の部屋に戻るとほっとした気持ちになった。


「もう、自分の家はこっちなのね…」


まだ一年と少ししか過ごしてないのにそんな気持ちになっている。カーン邸では家人の癖や好みを知り尽くした執事とメイドが居たし、部屋の調度品は寮よりもずっと豪華だが、二度死んだセシリアにとってはそんなものに価値はないのだ。

それよりも自分の決めた行動を効率的に行える環境である学園の寮の方が暮らしやすい。それに寮の部屋のファブリックや筆記用具類は自分が好きなものを選んでいるので何の不足もない。

テーブルにキツネのぬいぐるみを置き、セシリアもソファに腰かける。


「あなたとは、本当にお友達ね」


いつも笑顔のキツネは微動だにしない。ぬいぐるみなのだから当然だ。


「私、お友達のあなたがいて、この足で歩いて生きていけるなら他は何もいらないわ」


とても綺麗な笑顔で一人、セシリアは囁く。


「王子の婚約者だから陥れられる」とか、「自分を陥れた相手に復讐する」とか、誰かの人生をベースに自分の行く道を行くのではなく、自分の心がどこに行きたいかで決めたい。それはきっと、とても難しいことなんだけど。

こんな風に思うのも、自分の心がもう中年だからだとセシリアは思う。もう余生を考える段階なのだ。それを思うとマリウスはいつまでも若々しいなどと思う。


夏季休暇中は寮での食事の提供はなく、教育棟にある食堂かカフェで摂ることになる。部屋の掃除については寮に在中しているのであれば清掃が入るので心配はない。図書館も平日は開いているので、魔法実践の本を借りてカフェに行くことにした。


貴族であれば体に魔力を有し、何かしらの魔法を使えるのはごくごく当たり前に知られたことだ。セシリアのように炎魔法を持って生まれると、いたずらに火を使わないよう幼い頃は魔力封じのアクセサリーを身に付けさせているものだ。

とはいえ、契約なしに使える魔法などたかが知れており、薪に火をくべたり、傷を洗う水を出したりとその程度だ。

平民にも魔法を使える者はいるが少数で、これはかつて国を支配した層と平民は民族が違うからだと言われている。


(火柱、出したのよね私!)


前回の人生を思い出して改めて思うが、なかなか魔法の適性があるのではないか。あの時は何も意識せずやっていたが、我ながら素晴らしいコントロールだったとセシリアは思う。


「あら、セシリア様!なぜ学園に?」


本を借りてカフェに行くと、カフェの経営者である初老の夫人が切り盛りしていた。客も少ないので店員に休みを出し、自ら働いているのだという。


「ごきげんようマダム・ジョゼ。父に予定を空けておけと言われたのに、父の予定が無くなってしまったのですわ。なので学生の本分である勉強にこの夏は力を入れようと思いましたの」

「まあ…学生の本分は勉強だけじゃないわ。楽しいこともするのよ」

「もちろんですわ」


カフェにはVIP用の個室もあり幅広く使える。セシリアはただの勉強と、その後の晩ご飯を兼ねているだけなので窓際の小さな席を陣取ることにした。そして本の傍らにキツネのぬいぐるみを置く。残念な子アピールが不足していて王子と婚約なんて危機が訪れてしまったので対策を強化したのだ。


「おまたせ!」

「…あら、ケーキ?」


注文したのは紅茶だけだったが、クリームが添えてある美味しそうなケーキも一緒にやってきた。


「暇だから試作品作ってるの。美味しくなくても文句は無しよ?」

「うれしい、ありがとう!」


思いがけずおやつ付きの勉強時間になった。これは頑張らなくてはとセシリアは気合を入れて本を開いた。

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