24◆大渋滞する婚約話
「…やってくれましたね、マリウス殿下」
「学園で意向は伝えたと思っていたけど」
「私の意向は聞きましたか?」
「聞いてないね」
中庭で微笑みの仮面を外し、セシリアはマリウスに無遠慮に言う。そんなセシリアにマリウスは心底楽しそうに笑顔で返す。
「作戦を実行した結果、貴族たちの噂になった君にとって、一番いい縁談だと思うんだけど?」
「よくもまあそんなことが言えますね!あのですね!?そちらの王家が!どんなに!面倒くさいか!ご存じですか!?」
「そりゃあ、自分とこだもん知ってるよ」
「そうですか…では申し上げますが、お断りしたいです」
「ははは!それは無理だよ、国王が決めたことだよ?」
率直に伝えるセシリアにマリウスは大声で笑う。王命、それは絶対である。
「マリウス殿下、あなたの魂胆は解っております。記憶を保持した協力者がほしいのでしょう。その気持ちはよぉ~くわかりますとも」
「そ?ありがとう」
マリウスは中庭の庭園の真ん中、色とりどりの花に囲まれたテーブルまでセシリアを連れて来る。そうしてメイドに目配せをすると、心得たメイドがお茶の支度を始めた。準備ができてメイドが下がったのを確認し、再びセシリアは口を開く。
「私、思うのですけど。メリーナのことを王宮の外から見張る役割は必要じゃないでしょうか?それこそ私にうってつけだと思うのです」
「あのね、見張るだけなら臣下に申し付けるよ」
「いやいや、でも」
「武器を全て奪ったような状態のメリーナは、もはや脅威ではないよ。警戒すべきは叔父上だ。それならば王宮の中を強固にする必要がある」
正しすぎてぐうの音も出ない。
「えーと、じゃあデリア公爵の方を見張るというのはどうでしょうか?それこそ王の息が掛かった人間より無関係の私がはまり役かと」
「ご心配なく。上手くやるよ」
「左様で…」
「セシリア、僕だって君とは友好的でいたい。婚約の話は君にも都合がいいだろうと持って行った話だが、もし婚約に対する正当な異議申し立て、もしくは婚約に代わる有効な代案があれば聞く耳は持っているよ」
正当な申し立て。それは「やりたくないから嫌」とかではなく、もっともらしい理由を立ててみろと言っているのだ。そんなものは無い。ならば「婚約に変わる有効な代案」を用意するしかない。
「私がマリウス殿下の王子妃として公務に当たるよりも、王族をお守りする臣下として配置をする方が国家に有用かと存じます」
「ほー?それはどのように?」
「私は二学期より特殊科目の魔法実践を選択いたしますの」
「…はい?」
全く想定をしていなかった言葉がセシリアの口から出る。婚約に関して言うならカーン公爵家にとってもこれがベストのはずなので、セシリアが嫌がろうが最終的には飲むと踏んでいたのだが。
「魔法研究の選択者は多くおりますが、魔法実践を選び職業として目指す者は高位貴族にはおりません。なぜなら名誉ある職の魔法省の大臣、官僚は魔法研究職出身者ばかりで、魔法を実際に現場で駆使した術者がいないからです」
これは魔法省に勤める親戚がカーン公爵に語っていたことである。故に指示をする側の官僚と現場の温度感が違うのだという。
「…それで?」
「術者はこの国の営みの要。高位貴族の者こそ現場を目にし、それを伝える役割を担わなくてはいけないと常々思っておりました」
常々思っているのは親戚だ。家のしがらみで現場職には転向できないと嘆いているのをパクらせてもらった。
「私は魔法術者となって魔法省改革に手を付け、次期国王であるマリウス殿下に貢献したく存じます!」
「なんでそれを君がやる必要がある!?」
「マリウス殿下、誰かがやらなくてはならないのです」
もっともらしく決意をした表情でセシリアは真っすぐ伝えるが、今思いついただけのハッタリである。しかし口にしてみると、それはなかなか目指すには難関で面白いかもしれないと思った。
いつも余裕の笑顔のマリウスが険しい顔でセシリアを見る。セシリアは「やったね」と心の中でキツネのぬいぐるみとハイタッチをした。
「君の二学期からの選択科目についてはよくわかったよ。魔法省の問題点についてもよく知っているね。しかし科目を選んだとしても、実際に職業に結び付くかは現時点ではわからないと思うんだが、君の意見はどうだい?」
「左様でございますわね。一層の努力が必要だと存じます」
「さて、では今言えることは君の二学期からの選択科目が決まったというだけのことだ。それは婚約の話に影響する話じゃないよね」
正しすぎてぐうの音も出ない。
「………そうですわね」
「セシリア、僕は君が魔法実践を選び術者を目指したいというのなら応援するつもりだよ。以前2回の人生を知っているから、今世は君により良く生きてほしいと思っている」
応援されてしまった。だけど王子妃が現場仕事の魔法術者はまずいと思うのだけども。
「だから…」
「セシリア、こんなところで何をしてるんだ?」
王子とその客に割って入ることができる人間など限られている。王領から帰還したばかりのアレスである。無遠慮なアレスにマリウスは苛立ちを隠さない。
「アレス殿下」
「アレス、今は大事な話の途中だ。控えてくれ」
着飾ったセシリアと大事な話、さすがにアレスもピンとくる。
「お前との婚約の話か」
「そうだ」
「…なあ、セシリア。俺にもチャンスをくれないか?俺も…お前のことが好きだ」
色々話が渋滞しすぎている。誰が何を、何だって?
「アレス。僕とセシリアの婚約は、僕たち自身ではなく王とカーン公爵家とで話がついたことだ。君の気持ちとかは一っっっっ切関係ないよ」
怒りを抑えるためか静かに低くマリウスは言うが、その声はドスが効いている。
「マリウス、俺だって昔茶会でセシリアに会った時に一目惚れだったんだ。それをセシリアの芝居にまんまと騙されて婚約にならなかった。…それがずっと心に残ってる」
知ってるよ、とマリウスは心で呟く。彼がセシリアに惚れていることなど百も承知だ。婚約者選定の場でセシリアが一芝居打ったことで婚約者から外れたが、そうでなければマリウスが裏で工作し、アレスとの婚約は回避させる予定であった。
「それにマリウス。お前は本当にセシリアが好きなのか?」
「…もう一度言うが、この婚約は王とカーン公爵家の話だ」
「一体何を騒いでおるお前たち」
庭園の不穏な様子に王と王妃、そしてカーン公爵がやってくる。マリウスは一瞬気が遠くなって天を仰ぎ、そして深くため息を吐く。
「父上、俺にももう一度チャンスが欲しい」
「アレス?」
「セシリアが好きなんだ」
その発言にはさすがに王も王妃も驚いた。弟の婚約が決まったばかりで何を言うのかこの息子は。
一方セシリアはと言うと、やはり今回もアレスによる婚約破棄と断罪になる道が残されているのだと確信をしていた。運命というのは変えようとしても、こうも抵抗をしてくるものか。
しかしこの場のことで言えば、セシリアに流れが来たと言える。やいのやいの言い合ってる王族の皆さんにセシリアは立ち上がって一礼をする。
「今も縁談が決まらぬ私のために、こうも急いでお話を進めてくださったのですね。感謝いたしますわ。だけどまだ話は詰め切っておられないご様子、私は決して急ぎませんのでゆっくりともう一度ご検討くださいませ」
「セシリア!何言ってるんだ!」
アレスだけを収めればいいはずが、セシリアもそれに乗ってあわよくば辞退が残る道への舵を切ったので思わずマリウスの声は大きくなる。そんなマリウスに極上の笑顔を向け、セシリアはついにキツネのぬいぐるみを取り出した。
「フォレックスちゃん帰るねー、コンコン!」
「それでは我が王よ、これにて失礼します!!」
娘がこれ以上の奇行を始める前にカーン公爵は足早に撤収する。それは風のような速さだった。