23 ◆マリウスとセシリアの婚約話<2>
王との話を終えカーン公爵が屋敷に戻ると、学園からセシリアが戻ってきているとのことだった。すぐに事実確認のためセシリアの部屋へ行ってみると、一人のはずなのに話し声が聞こえる。
こっそり扉を開いて部屋を覗いてみれば、セシリアがキツネのぬいぐるみを相手に話しているではないか。
「コンコーン、フォレックスちゃんは魔法を使うのがいいと思うの!」
「まあ、魔法?私はね~炎魔法が使えるのよ!」
「すご~い!」
セシリアの人形遊びは最高潮に達していた。自分の考えを纏めるためにキツネのぬいぐるみと会話を繰り返し、何となく方向性が見えて来たところである。
カーン公爵は静かに扉を閉めて、しばしその場に立ち尽くした。
まさか王の言っていたことが本当だったとは。
娘の奇行に今日の今日まで気付かずに過ごしてしまった。今までも一人で過ごしている時はああやって人形と話していたのだろうか。貴族の中ではもう知られた話だと言っていたので、今更隠したって遅すぎる。
カーン公爵は有能な王の側近である。故に切り替えも早い。娘の真実を見た今、カーン公爵は王の話に乗ることに決めた。王は噂が本当だとしても構わないと言っているが、いつ気が変わるか解らないので早急に話を進めなくてはいけない。
カーン公爵は執事にセシリアを呼ぶように言いつけて、執務室へと足を向けた。
***
「…マリウス殿下と婚約、ですか」
どんな手を使ったのだとセシリアは心の中で舌打ちをする。今まで積み上げて来た残念な子アピールが台無しである。
「そうだ。これはもう決まったことだ」
「まあお父様。私に一言もなく決めてしまうなんてあんまりですわ」
「貴族の娘に生まれたからには当然だ」
「…畏まりました」
ここで父に何を言っても無駄である。決まったら決まり、こうと言えばこう、そういう人だ。残念な子が演技であるのはマリウスは知ってるだろうが、父親である国王には何と言って説明したのだろう。いくら残念な子というのはただの噂だと言っても、そんな噂が立った令嬢を迎え入れるのは得策と思えないのだが。
「近々、城で顔合わせをする。心しておくように」
顔合わせも何も、学園でしょっちゅう会っている。自分のホームで事を上手く進めようとは、やはりマリウスは曲者だとセシリアは思う。
セシリアは潜ませておいたキツネのぬいぐるみを取り出し、父に向けた。
「わっかりましたー!」
カーン公爵の厳しい視線を受けるが、それがどうしたとセシリアは平然と受け流す。心の中は同世代だ。
「フォレックスちゃん、お城とっても楽しみよ!」
「もう出ていけ!」
「はーい!」
早急に話を切り上げてセシリアは足早に部屋を出た。
マリウスと結婚となると、相手は違えど未来は王子妃だ。これでは前回と変わらない。セシリアはキツネのぬいぐるみとの相談の結果、自分の炎魔法を磨くことにしたのに、王子妃教育など始まったらまた時間を取られてしまう。これはマリウスの方から話を取り下げてもらわなくては。
***
王に呼ばれ、セシリアはカーン公爵と共に王城へやって来た。ずっと学園にいたし、縁談などもなかったので久方ぶりのおめかしだ。
「やあセシリア、とても綺麗だ」
「本日はお招きいただき誠にありがとうございます。マリウス殿下におかれましては、ますますご健勝のことと…」
「ははは、堅苦しい挨拶はなしだ。いつも通りにしてよセシリア」
機械的に挨拶をしてセシリアは頭を上げ、マリウスを睨みつける。それをマリウスはいつもの笑顔で受け流す。希望通りのいつも通りの対応である。
王と王妃にも淑女の礼をし、今回の謁見の目的に入る。
「カーン公爵より話は聞いているかな、セシリアよ」
「はい。もったいないお話をいただき、恐縮しきりでございます」
セシリアはこの場でキツネのぬいぐるみを出すべきか判断が付かずにいた。何故ならマリウスがいるので、いいように言いくるめられてしまう恐れがあるからだ。とりあえずここは大人しくしている。まだ自分に流れは来ていない。
「昔、お茶会でお会いしたわね。あの時もとても可愛らしかったけど、こんなに美しくなるなんてね。あなたがマリウスの花嫁になるのを嬉しく思います」
にこやかにそう言うのはマリウスの母である王妃だ。それに対してセシリアは黙って笑顔で応える。
「じゃあ父上、セシリアとは学園でよく話す仲なので、二人で中庭で話してきてもいいでしょうか?堅苦しい席は僕が肩が凝ってしまう」
「わかった」
婚約の話は本人同士というよりは、王とカーン公爵の間の話だ。この場にマリウスとセシリアがいなくともいいのだろう。マリウスに手を引かれ中庭へ向かう二人を王と王妃は微笑ましく、そしてカーン公爵は冷や汗をかきながら見送った。