22◆マリウスとセシリアの婚約話<1>
カーン公爵は城でマリウスとセシリアの婚約の件について王と話し合っていた。体の弱いマリウスに嫁がせるのは不安があると話を進めていなかったのだが、マリウスは順調に健康になり、今は学園にも通っている。どちらが王位に就くかはまだ未確定ではあるが、素養でいくとマリウスがいいと言うのは非公式な王の言葉だ。
それでも内定していたアレスとセシリアの婚約を撤回されたことは忘れていない。カーン公爵が渋るような態度を取ると、王はヤレヤレと言ったように口を開いた。
「カーン公爵、お主のカーンの名に泥を塗られたと思う気持ちはよくわかる。だがな…セシリアの人形遊びの噂はどこの家にも伝わっておることだぞ」
「人形遊び?」
「セシリアは幼子のように人形遊びがやめられぬという話だ。まさか親であるお前が知らないというのか?」
「一体なんのことです!」
カーン公爵の否定の声に、これはもう直接伝えた方がいいと思い説明をする。
「人形遊びに興じて同じ年頃の子供にはできる挨拶もできなかったセシリアは、知能が年齢に達していないのではという進言があった」
「バカな!いつだってセシリアはとても利発な娘です!いくら王とはいえその発言はあんまりです!」
怒りを抑えきれないカーン公爵は声を荒げる。こうなると思ってやんわりとした断りをしたのだ。
「事実確認は自分でしてみろ。まあそれはさて置きだ。あの時、アレスの婚約者とはしなかったが、こちらもカーン公爵家と強い縁を結びたいのだよ。お前の力はこの国に必要だ」
「はあ…」
王は言い含めるように穏やかな口調でそう言うと、カーン公爵のトーンも下がる。
「なので、当時は病弱だったマリウスの婚約者としてならとお前に打診したのだよ。お前の娘の事実がどうであれ、貴族の中には噂が広がっている。良い縁談を探すのも難しいだろう。マリウスの方は体の問題も解消したが…こちらとしては、噂が事実であっても、セシリアを迎え入れていいと思っている。決して悪い話ではないだろう?」
「…少し、頭の整理をしたく…。事実確認もしなくてはなりません」
「その通りだ。是非とも確認してみてくれ」
王とカーン公爵の話は本日のところはここまでだ。お開きとなり、王が休憩しようと庭園に向かえば、その出入り口でマリウスが立っていた。
「如何でしたでしょうか父上」
「マリウス…お前はいつも先回りをするのだな」
話が終わればここに来ると思って待っていたのだろう。離宮で療養していた息子が元気になったのは嬉しいが、抜け目のなさが時々恐ろしい。
「お前の希望通りに話を進めた。だが…本当にセシリアの知能は正常なんだろうな」
「ええ。学園でこの目で確認しています。人形遊びは他の者に自分を侮らせるための手段でしょう」
マリウスの希望通りには動いたが、王はこの話を鵜呑みにしたわけではない。
「私にはまだ信じられないのだが、齢10の子供がそんなことをやってのけるのか?一体何の理由で」
「彼女はとても利発な女性です。そして王位争いが苛烈であったこともよく知っております。それゆえ、自分の身を危険に晒さないよう自衛をしたのでしょう」
「臣下であれば、王位争いとはいえ身命を賭す覚悟がいると思うが」
「齢10の子供がですか?」
マリウス王子が噴出してそう言うと、王はううむと唸る。
「賢い10の子供であれば、わが身可愛さに策を練っても、王家に仕える貴族としての矜持までは理解できないか…」
学園にセシリアの成績や生活態度、入学時の面談での様子などを照会したが、学園長から来た回答はセシリアに対する絶賛であった。クラスを纏める力を持ち、有力貴族の令嬢たちもセシリアに付き従っているという。将来、貴族に対して大きな影響力を持つのは確かだ。これが本当ならば、セシリアを迎え入れるのは王家にとっても益がある。
「お前の先見の明は恐ろしいくらいだ」
セシリアを婚約者候補に留めておくように言ったのはマリウスだ。セシリアを花嫁にすることを納得した王の言葉に、マリウスは満足げに笑って答えた。
「今回はたまたまですよ」
***
先ほどマリウスが王に言った言葉は謙遜でも何でもない。
セシリアが今回どう転ぶかはマリウスとて解らなかったのだ。現に初めて接することができたのは学園に入ってからで、それまでは人から聞いたセシリアしか知ることはできなかった。場合によっては前回の上を行く魔女のような女になっていたっておかしくなかった。辛い記憶を二度も保持したのだからそれも仕方ない。
今までマリウス自身は全ての記憶を持っているが、王もアレスも一度記憶を保持しただけで、あとはリセットさせている。
幸せな令嬢であったセシリアがどうなるか。記憶を保持し彼女にとっての二度目の人生を確認してみたが、学園に入学するまでは一度目と変わる所は見当たらなかった。
なので二回目はアレスをメリーナに奪われないよう立ち回るのだとばかり思っていたのだが、まさかあんな恐るべき復讐者になるとは思いもよらなかった。
何が恐ろしいかと言えば彼女の復讐は捨て身であった。メリーナを追い詰める手段も策は練ってあるものの、基本的に「死なばもろとも」であり、どこでどうバレたところで構うものかという具合だ。その迫力は筆舌に尽くしがたい。マリウスも裏から手を回しフォローをしたものである。
マリウスが病弱を理由に離宮に引きこもっていた理由は、メリーナの後ろで糸を引く者がいるからだと踏んで警戒していたからだ。現に最初の生では毒を盛られているので、いつどこで狙われてもおかしくない。それならば表立った行動は控えてメリーナのことに注力することにしたのだ。
そして6回目にして黒幕はデリア公爵であると気付き、7回目である今回、それを元に離宮でメリーナ対策を打ち、満を持して学園へ入学することにしたのだ。
二回目のセシリアの記憶をリセットせずに再び時間を巻き戻した理由を、セシリアには「見所があった」と伝えたが、それは違う。マリウスがただ、捨て身の復讐者であるセシリアを失いたくなかっただけだ。
「恨まれても…しょうがないとは思っているけど」
王宮の渡り廊下で、マリウスは独り言ちる。
セシリアにとっての二度目の人生の時、メリーナはアレスを絡めとることには成功したが、学園で崇められるまでには至らなかった。それは恐るべき令嬢、セシリア・カーンが学園に君臨していたからである。絶対的な恐怖の存在に打ち勝つことができない聖女に求心力が欠くのはしょうがない。下手にメリーナを庇い、セシリアの攻撃が自分に向いてはたまらないと皆メリーナを敬遠していた。
そしてメリーナは自分が持つ力を上手く発揮することができず、ついに隙を見せたのだ。
マリウスはセシリアこそが乱世向きの人間だと確信している。目覚めてしまえば、自分自身で運命を切り開き、道なき道を行けるだろう。それが本人にとって幸せなことかはわからないが。
その彼女と出会ってみたいと願ったのはマリウスのエゴだ。
だけどこの7回繰り返した時間の中で、マリウスが自分のために願ったことは、これだけである。




