21◆未来のこと
メリーナが側近候補たちに囲まれている所に二人の王子が現れた。一緒にデリア公爵を連れており、皆に叔父だと紹介をした。
「あなたが噂の聖女様か。私はサーハルト・デリア、以後お見知りおきを」
「はっ初めまして!こちらこそよろしくお願いいたします!」
初々しい聖女の挨拶にデリア公爵は笑顔で返すが、王子たちが言った通りの娘だと思った。これが例えばもう少し幼い頃に会っていれば、淑女の立ち振る舞いや女性としての所作を仕込むことができただろう。美女というのはそれだけで有用な武器だ。
しかしこれから磨きを掛けるとなると削ぎ落さなくてはいけない要素も多々あり、本人に自我が芽生えているので簡単にはいかないだろう。粗雑な所作のせいでメリーナの美しさは半分だって効果的に使えていない、というのがデリア公爵の見立てだ。彼は中途半端なものに興味は無いのだ。
そしてやはり、娘に対する感慨などは微塵もない。
特段メリーナに興味を示さなかったデリア公爵にマリウスは安堵する。今日は城で王と食事会だと言っていたので、紹介が終わるとさっさと学園から追い出した。
(父上…あまり叔父上を信用なさらないでください…)
思わずマリウスは城の方を向いて祈る。
そしてセシリアがいまだ「婚約者候補」であることについて考えた。早急に話を進めるべきだ。そうしておかないといつあの厄介な叔父が、自分とセシリアのことを愉快なことだと思い始めるか解らない。他の事ならいざ知らず、ここだけは絶対に邪魔は許されないのだ。
最近はメリーナを囲む会にセシリアは参加していないので、マリウスも顔を出さない。本来、学業と公務があり忙しい身なのだ。
「…セシリアにも「かっこいい」と思う感性があったのか」
セシリアの叔父の容姿についての感想に素直に驚いた。学園内にも容姿の整った者はいるし、マリウスもアレスも悪くない。だけどセシリアからそんな言葉も、他の女子生徒から受ける色めきも感じ取ったことはない。あまりそういうことに興味がないのかと思っていたが、単にときめきの対象年齢が学園内にいなかっただけなのだ。
一回目の人生ならばセシリアよりだいぶ歳も上だったし、アドバンテージはあったはずだが、現在のマリウス王子は年下なことに加えて、まだ身長が伸びきっていないのでセシリアよりも背が低い。前回までの自分を思い返すと、背が伸びるのは来年以降だ。
婚約者がおらず、しかもケチが付いている令嬢に、今後やって来る縁談は訳ありに決まっている。それこそデリア公爵の提案のように中年貴族の何人目かの夫人やら後添えやらがやって来てもおかしくない。
そんな中年にセシリアが浮足立ったら…
いや、ほんとやめてくれ。
「…もうっなんで14歳なんだよ僕は!」
秘法を使うたび年齢を一つずつ食われることに、こうまで不便を感じたのは今回が初めてだった。
***
夏季休暇である。メリーナとマリウスが入学してからなかなか密度の濃い一学期であった。
夏季休暇はどう過ごそうかと思っていた所、セシリアの元に父から大事なことがあるので予定は入れるなとのお達しがあった。そんなわけでセシリアは取り巻きの皆さんの有難い誘いもお断りし、ノープランでの休暇の始まりである。予定を入れない今のセシリアは本当にただの暇人である。
久々にカーン邸へ帰ってくると執事がにこやかに出迎える。父は城へ、母は公爵家の茶会へ出かけているとのことだ。
大事なこと、恐らく自分の結婚話だろうとセシリアは予測している。15歳にもなる公爵家の娘に相手が決まっていないなんて外聞が悪い。しかし公爵家だからこそ「多少の難があっても目を瞑る」という下位貴族は選ぶことができないのだろう。この狭き門を潜り抜けてくるのは一体どんな相手なのだろうか。
セシリアは久々に生まれ育った部屋で寛ぐが、もう自分の家は寮らしくて、よその家のようでなんだか落ち着かない。
メイドが持って来た紅茶を飲みながら、セシリアはもう何度目かわからない過去の反芻をする。お茶の相手はキツネのぬいぐるみで、今はティーポットの隣で座っている。
一度目、何も知らぬまま冤罪を着せられた。牢に入れられるまで、これは何かの間違いだから、誤解が解けて何もかも元通りになると信じていた。今考えたらおめでたい話である。そして証拠を信じたアレスや両親に切り捨てられ、毒杯を渡されることになった。
牢にやってきたアレスはメリーナを伴っており、その肩を抱いていた。「とんだ毒婦だ」と言い放つアレスに抱かれながら、メリーナはアレスには見えない角度でセシリアに笑ってみせた。それに激高したら両親に怒鳴られ、カーン家の恥であり、すでにカーン家の者でもないと言われたのだ。
「…今考えると、私もだいぶ悪手を打っていたわ」
ね、と問いかけるようにキツネのぬいぐるみに目を向ける。
メリーナの煽りに反応して心証の悪い態度を取ってしまった。本当に世間を知らなかった。今思い出してみると、メリーナは随分と人の心を操ることについて学習をしていたのだと思う。あんな世間知らずに勝てるわけがない。
彼らは二度と牢に来ることはなく、やって来たのは毒杯を渡しに来た執行人。セシリアが死んだのを確認するためだけに数人、冷たい視線で牢の前に立っていた。
この期に及んでも自分の置かれている状況が信じられないでいたが、自分を怒鳴りつける声が恐ろしくて渡された毒杯に震える手を差し出した。
美しい銀の盃に触れるとそれはとても冷たくて、瞬間心も冷やしていった。
そうだ、きっとあの瞬間、可哀そうなセシリアは死んだのだ。
手の震えは止まり、そのままじっと盃を見つめる。早くしろと怒鳴り散らす執行人に「黙りなさい」と一喝したのは、もう以前までのセシリアではなかった。
呪いましょう、愛していた者たちを。
そうして終わるはずだった人生が、そのテンションで再開してしまったのだ。
「…まさかその呪いを自分で一つずつ実行することになるとはね…」
ちょっと反応が欲しいので、キツネのぬいぐるみを「うんうん」と頷いているように動かした。
怨霊化して災いをもたらすとかではなく、一つ一つ行動計画を立て、実行し、結果を検証するというとても実務感溢れる呪いだ。やる側だって大変だった。二回目の人生の疲労感は本当にとてつもなかったが、終わった時の達成感を考えるとトントンと言ったところだろうか。
メリーナを追い詰めることができたのは、他人任せにせず、頭を使ったからに他ならない。結局自分自身がどうにかしようと思わないと、トラブルに勝つことなどできないのだ。一回目の時に「きっと誤解が解けるはず」と何もせずに時が過ぎるのを待っていたのは愚の骨頂だ。
「でも結局、私がやったことって自分の憂さ晴らしだけなのよね。それを思うとマリウス殿下は立派ね、やっぱり」
キツネのぬいぐるみもう~むと唸るような態度を取る。セシリアが動かしているのだが。
起きてしまった状況を良い状態になるよう対応するというのではなく、根本から変えて状況が起きないように対策しようという発想だ。やはり何としても王位に就いてほしい人である。
「王妃って…あれ…」
先日、マリウスに突然言われた言葉を思い出す。セシリアが王妃に向いてるだかどうとか。マリウスの魂胆は見えている、時を戻る前の記憶を持っている人間を運命共同体にしたいのだろう。
「断固拒否だわ…」
セシリアは小さく呟く。相手の令嬢に難ありでアレスとの婚約が流れたのだから、改めてマリウスの婚約者になんてなるはずない。が、あのにこやかな王子は大分曲者なので用心するに越したことはない。
アレスの婚約者だった時には、マリウスが立太子する可能性は高いが、それでも何が起きるか解らないので王妃になる覚悟を持てと言われたものだ。あの時の自分は素直にそう思って教育を頑張って受けてはいたけど、なんせあの頃のセシリアは死んでしまったのでそんな気持ちは微塵もない。
マリウスの未来を変える手伝いをするのは構わないが、それはそれとして自分としては今までとは全く違う生き方をしてみたい。
「フォレックスちゃん、全然違うことやってみたいなー!」
「えー?それってどういうことフォレックスちゃん!」
ひらめいた!というポーズでそう言ったキツネのぬいぐるみに向かってセシリアが問う。一人芝居である。だけどあたかも自分ではない所から投げかけたように言ってみると、なんとなく考えが整理されていくように思う。
何か違うこと。セシリアはようやっと先の未来を考えることができるようになった。