20◆毒花を育てた理由
学園内のカフェと言っても、ここは貴族の子女が通う場所なので、ちゃちな物ではない。
通常の席とは別に個室もあり、それはそれは豪奢なティールームだ。マリウスはそこへデリア公爵を案内し、呼び出されたアレスも合流した。
穏やかなティータイムで近況を報告、などと思ったのが間違いであった。
「この学園に、私の娘がいるみたいなんだよ」
「…どういうことでしょうか?」
デリア公爵の発言に一瞬マリウスのティーカップを持つ手が止まる。
「叔父上、「いるみたい」って…まさか隠し子…?」
顔を合わせた早々に爆弾発言を投下され、アレスも困惑した顔でデリア公爵を見る。
「昔に屋敷で働いていたメイドが産んでいたらしいんだよね」
「叔父上、メイドに手を出したのか!?」
アレスの驚きに、逆にデリア公爵とマリウス王子が驚く。褒められたことではないが、王宮でもよくあることだ。それを狙う女がいるくらいには。
「アレスは本当に真っすぐ育ったな、ははは、私は悪い叔父さんだね」
心底愉快気にデリア公爵が笑うと、アレスはばつが悪そうに黙る。子供扱いされたのは解ったらしい。
「それで、今更になってなんでそんな話が出て来たんですか」
「母親である女が屋敷までやってきて、その子供が聖女の力を持っているって言うんだよ」
「まさかメリーナ!?」
「ああ、そんな名前だ。今はワールズ子爵の養女になったと聞いている。きっと公爵家の方が高く売れると踏んでやってきたんだろうね」
そこまで言ってデリア公爵はお茶に口を付ける。
デリア公爵からメリーナを上手く引き剝がしたと思ったが、どうやらメリーナの母親が曲者のようだ。マリウスは自分の詰めの甘さに奥歯を噛む。
「それで、叔父上はどうするんですか?」
「そこが迷っている所なんだ。どうすれば一番面白いかってね。聖女はなかなか強い駒だ」
「叔父上!自分の子供を駒って言うのはどうなんだよ!」
「アレス、君は本当にいい子に育ったな」
嫌味でもなんでもなく、デリア公爵はアレスに言う。前回まで、このアレスに美しい毒花に育てたメリーナが近付くのを黙って見ていた叔父は、一体自分たち兄弟をどう思っているのだろうとマリウスは思う。
「まあ…本人を見てみて、素養を見て決めようかな。田舎公爵が聖女を抱え込むとうるさく言われることは間違いないしね」
「面白さが上回ればうるさく言われることも厭わないってわけですか」
「もちろん!」
人当たりがよく、王子たちには楽しい叔父だが、深く見ていないと彼の欠落は見えてこない。
王家の者として生まれた王子たちには肉親の情があるが、メイドが産んだ自分の娘は「駒」以上の気持ちを持たない。その昔抱いた母親である女のこともただの道具と思っている。
それはただの「貴族らしさ」に見えるが、彼の場合どのような育ちでもそうだっただろう。
メリーナの素養を見ると言っていたが、前回まで彼が伸ばした彼女の素養はマイナス方面ばかりである。そこに伸びしろを見つけて成長させたのなら悪趣味にもほどがある。
「叔父上、そんなこと言ってその娘の素養がどうしようもない悪徳であったりしたらどうするつもりですか」
わざと大げさなことを呆れたように言ったというように、マリウスはデリア公爵に質問を投げた。もう前回までの彼ではないが、どんな意図だったのかのヒントはないか。
「聖女が悪徳!?最高に面白いねそれ!」
心底愉快そうに言うデリア公爵に二人の王子は凍り付く。
アレスはその発言に引いて、軽蔑した表情を隠すこともしない。マリウスの表情が固まっているのもそのせいだと思い、デリア公爵はケラケラ笑っているが、マリウスはそうではない。
今となっては確かめようもないことが、核心として腹に落ちた。
毒のような聖女に育っていくメリーナを面白がっていたのだ。
王家に災いの元であるメリーナを送り込んだのは、王位に対する執着か、王位争いの時の禍根が原因かとマリウスは思っていたが、きっとこの愉快なことが好きな叔父は、メリーナが王家を壊していく様がただ楽しかっただけだろう。兄である王や甥の王子に肉親の情を持ってはいるが、きっと優先順位としては自分の楽しさが上になるのだ。
「…残念ながら、聖女は普通の生徒ですよ」
「なんだ、普通か」
「美人だけど、こう…やっぱ庶民だなって感じはする子だよ」
「ふうん」
デリア公爵は自分の伴侶となる可能性がある相手以外の顔の造形に興味はない。顔以外のメリーナの要素は「普通」「庶民」と言われ、全く興味が持てない様子である。
「駒とか何とかは置いといてさ、自分の娘なんだから後ろ盾になってあげたりする気はないのか?」
「なぜ?そもそも昔、子供ができたと言われた時に処理するための金と、庶民なら一年は遊んで暮らせる金を女に渡したんだ。処理するのに金を使うのを惜しんで勝手に産んだのはあの女だ。何を今更としか思わないが、聖女なら使い道があるかなと一旦この件は保留にしたまでだよ」
デリア公爵はなんてことないように言う。叔父の言葉はアレスにとっては異次元から投げられているように聞こえ、開いた口が塞がらない。
「そんなの可哀そうじゃないかよ!」
「…マリウス、アレスはこれからもずっとこうかな」
「恐らく。感情的なのは彼の個性なので」
平民の娘に感情移入をし怒るアレスは、デリア公爵から見ても別次元の人間だ。可哀そうと口にしたことで、それをどう利用されるか考えることも無いのだろうか。
ふーん、と言ってアレスを眺めるデリア公爵は、この部分においてはマリウスと同じ気持ちだろう。「そんなので大丈夫?」と思うからこそ、前回までメリーナを仕掛けて検証をしたのかもしれない。
「アレス、解ってると思うけど、叔父上が名乗りを上げないのならメリーナ嬢には何も言うんじゃないよ。トラブルの元だ」
「そんなの解ってるよ」
「トラブルか…面白そ」
「叔父上は黙って」
以前までの叔父もこんなだったか?とマリウスは記憶を辿るが、前回まで叔父はまさに面白いことの真っ最中だったからこんな発言も無かったのかもしれない。
「面白いと言えばセシリアの方が面白いね。頭の成長が疑わしいとアレスの婚約者にはならなかった子だろう?マリウスの婚約も上手く行かなかったら私が第三夫人に迎えようかな」
次から次へと問題発言をしてくれるお方だ。マリウスはこめかみに青筋を立て大きくため息を吐く。
「僕は大丈夫です、上手くやりますのでどうかセシリアのことはお忘れください」
「あ、もしかしてさっきの話で引いているのか?いや悪さをしようというわけじゃなくてね、彼女は貴族の間で噂になってるから良い縁談が来るのが難しいと思うんだよ。だからこれは本当に親切心で…」
「叔父上!今日で叔父上の評価はだだ下がりなんだよ!もう黙ってくれよ!」
「…はい」
可愛い甥っ子二人を怒らせてしまい、さすがのデリア公爵も口を噤む。
メリーナのことは解決したとしても、この叔父がいるのが厄介事の原因だと、マリウスは改めて頭を痛めることになった。