19◆デリア公爵
メリーナと王子ご一行と一緒にいると悪役にされる機会が増える予感がし、セシリアはこのところ理由を付けて誘いを断っている。
そんなわけで今日は取り巻きの皆さんと楽しいランチだ。
「セシリア様は新しいグループに行ってしまったのかしらって、少し寂しく思っておりましたの」
「まあ、そうでしたのね、メリーナ様にトラブルがあったからあちらに足が向いてしまっただけですの。これからも皆さんよろしくお願いしますわね」
セシリアがそう言うと取り巻きの皆さんが嬉しそうに笑う。1年生の最初からアリバイを作ってくれるありがたい皆さんだ。無下にしてはいけない。
そんな彼女たちも習い事や専門の勉強を始めたり、婚約した相手が学園にいたりして忙しく、1年の時のようにメンバーが勢ぞろいするということもなくなった。
セシリアはメリーナからの厄介事を回避するということばかりやっていて、新しい何かを始めることはしていない。前回までは王子妃教育も受けていたし、前々回は卒業後はアレス王子と結婚することが決まっていたし、前回は復讐とそれぞれ目的があったので、それに向かって邁進するばかりだった。
だけど今世はそれもない上、結婚相手も決まっていない。
放課後になって忙しい皆さんを見送って、セシリアは一人、中庭のベンチで時間を持て余していた。
思わず誰もいないのにキツネのぬいぐるみを取り出してしまう。
「やーね、フォレックスちゃん暇人じゃなーい!」
そのまま膝にキツネのぬいぐるみを置き、ぼんやり過ごす。本当に暇人だ。
「そこの美しいお嬢さん、少しいいかな?」
目前に立たれて聞かれたので「美しいお嬢さん」の問いかけに堂々と顔を上げる。すると美しい金髪を長く靡かせた、とんでもないイケメンナイスミドルがそこにいた。
かっこいい、素直にセシリアはそう思った。
学園内にも顔が整った男子生徒はいる。それこそアレスもマリウスも美形だし、側近候補の方々も悪くない。
(そうか…私の中身はもう中年みたいなものだから、中年男性の方がぐっとくるのかもしれないわね)
「学園に通う生徒の保護者の方でしょうか?」
「そうなんだよ。田舎者でこんな広い施設は久しぶりなものだから迷ってしまって。事務棟はどこにあるだろうか」
「こんなに広いのだから当然ですわ。ご案内いたします。私はカーン公爵の娘、セシリアでございます」
「ああ、君が。お父上から田舎公爵の話は聞いてはいないか?私はサーハルト・デリアという」
田舎公爵。
サーハルト・デリア。
デリア公爵!?
心底驚いた顔でセシリアはイケオジの顔を見る。金色の髪に空色の瞳、花のような笑顔の恐るべきイケメン中年。
「ま、まあ!国王の弟君であられるデリア公爵でございましたの!」
すぐに淑女の礼をすると制止の声が掛かる。
「ああ、いいから。そんな場じゃないし、今は王族じゃないんだから。今日は田舎者が甥っ子に会いに来ただけなんだよ」
気さくで、人好きのする笑顔。その雰囲気はメリーナに通じるものがある。顔が特段似ているわけじゃないのに繋がりを感じることもあるのだとセシリアは思う。
「ではご案内いたしますわ」
自分でも一番美しいと思う笑顔を作りデリア公爵と歩き出す。
かつてのメリーナが毒だとしたら、デリア公爵は毒を投げ込んだ者だ。どちらに罪があるかと言えば、デリア公爵である。
前回まで恐るべき状況を作り出していた人物が隣を歩いている、これはなかなかの緊張感だ。イケオジに浮足立った気持ちもシュンと萎える。
「その手に持っているのはお友達かい?」
デリア公爵に聞かれて、セシリアはキツネのぬいぐるみを持ったままなのに気付く。
父を知っているということは、もちろんその娘の噂だって知っているだろう。王の弟とは言え今は公爵の身、同格と言ってもいい。それならばと思いセシリアはキツネのぬいぐるみをデリア公爵に向ける。
「フォレックスちゃんよー、コンコン!」
不敬には当たらないだろうと、見合いの席のキャラで押し通す。デリア公爵は一瞬目をぱちくりとさせ、そして笑い出した。
「ははは、ご挨拶をどうもありがとうフォレックスちゃん。君はとっても可愛いね」
「ありがとー!」
朗らかな笑顔で人形遊びに付き合うデリア公爵は、本当に王家に対して企てをした人なのだろうか。
「叔父上、なぜ学園にいるのですか!?」
声の方へ振り向くと、そこにいたのはマリウスだ。駆けて来たようで息が荒い。
「マリウス、お前に会いにきたんだよ。病弱だったお前が学園でちゃんと過ごしてるか気になってね」
「そうでしたか、ありがとうございます。なぜセシリアと一緒に?」
「綺麗な子に案内してもらおうと声を掛けたのさ」
「叔父上、学園は女性との出会いの場ではありませんよ」
そう言うと、マリウスはさりげなくセシリアとデリア公爵の間に入る。
「ふふふ、彼女がセシリアね。兄上から聞いているよ。あの話は決まったのかい?」
「叔父上、それはまだ…彼女は知らないので」
「おや、これは失礼。今の意味深な話は忘れてくれセシリア」
「叔父上!余計なことを言わないでください!」
デリア公爵とマリウスは良い関係を築いているようにセシリアには見える。
甥っ子が可愛くて、心配して様子を見に来たというのも本当だろう。これは今回がそうなだけで、前回までは違ったのだろうか。
「セシリア、私とマリウスは二代前の王と似ているんだよ。おじい様似なんだ。だからマリウスも将来私のように見目麗しくなるのを保証しよう」
「叔父上!だから余計なことを言わないでください!」
やはり仲がいい。そういえばマリウスが最初に時を戻る前にもお見舞いに来ていたと言ってたから、ずっとこんな感じだったのかもしれない。だけどそれと同時に王家に企てをするなんて、人の心は解らないものだ。
「まあ、こんなにかっこよくなるだなんて、良かったですわねマリウス殿下」
「えっ君、叔父上をかっこいいと思うの?」
「え?はい」
「そっか…ふうん」
見た目でいけばかなり好ましい。悪行を知っているのでマイナスが大きく、たぶんもうときめくことはできないが。それは少し残念である。
マリウスとデリア公爵は学園内のカフェで話をするらしい。アレスも呼び出すようだ。親戚同士、仲が良くてなによりである。
「セシリアも一緒にどうだい?女の子がいると場が華やぐ」
「叔父上、彼女にも予定があります」
「そうなの?」
「はい、これからちょっと」
何の予定もないが、セシリアはマリウスの言葉に乗る。
デリア公爵は前回までのセシリアが死んだ元凶と言っていいかもしれないが、彼に対して何か対策をするにしても、何をしていいかも解らない。
とりあえずは触らぬ神になんとやらで、関わらないようにセシリアは風のように去って行った。