16◆事件解決とマリウスの気持ち
結局、メリーナの教科書を燃やしたのはBクラスの男子生徒だった。彼はメリーナとトラブルがあった伯爵令嬢に命令をされたと言っており、現在は学園長がその対応に当たっている。事の調査に当たったのはマリウスだ。
「別に、メリーナを見張る一環で犯人は大体解っていたよ。証拠がないかなと思って調べたらちゃんと出てきて、学園長にお渡しして僕の役目はお終い。大したことはしていない」
最近セシリアは休み時間になると裏庭のベンチでぼんやり過ごすことが多い。
仲良しAクラスは一人くらい欠いても仲良しだし、アレスの側近は予定通り聖女の親衛隊化してきている。取り巻きの皆さんも裏庭に行くのは快く送り出してくれるので、心置きなくぼんやりする。裏庭は校舎からよく見えるし、人もいるのでアリバイもきちんと作れるので一人でいても問題ない。
そうしていると裏庭をマリウスが通りかかることがよくあって、二人で話すこともある。今もそんな時間だ。
「なんだかマリウス殿下、メリーナの守護天使のようですわね」
「………なんだいそれ」
「だって、メリーナをデリア公爵の手の届かない場所へ保護して、学園でもずっと見守って、災いが降りかかれば解決のために動くだなんて。どうでしょう、メリーナが無害と判明したら今回はマリウス殿下がメリーナと…」
「よしてくれ」
セシリアの言葉に被せるようにマリウスが厳しい口調で言い放つ。
「…申し訳ありません」
人生7回目、その間散々苦しめられた元凶のメリーナだ。いくら今回無害になったとしてもそんな気持ちになるはずもない。軽率な発言だったとセシリアは素直に謝る。
「君こそすごいね。記憶がある過去2回、一番直接的にメリーナに煮え湯を飲まされたのはセシリアだと思うんだけど、よくもまあケロっとしているよ」
「いやそれは、前回思いっきりやり返しましたので」
人間「やり切った感」は大事だとセシリアは思う。何事もやり切ったと自分が満足したら執着など面倒で持っていられなくなるものだ。それがどんな結果であれ、例え首チョンパだとしても。
「色んなことがどうでもいいのです」
「達観してるのはいいとしても、その表現は良くないなぁ」
「別に人生を投げやりに生きているわけではありません。メリーナが私を陥れないと解ったら今度こそ安心して今世の生き方を模索します」
「おや、奇遇だな。僕もメリーナによる被害を7回目にして回避したことを確信したら、今度こそは自分の人生の続きを生きるつもりだよ」
「是非とも王としてこの国をより良くお治めください」
「正直、王族としての責務は果たしたと思っているんだけど」
確かに国の未来を守るためにおよそ100年奔走したのであれば十分働いたと言える。だけどアレスが国王になるのは不安しかないので、ここはやはりやる気を出して王位を狙ってほしい。
「ご冗談を。マリウス殿下以外に王に相応しい方はおりませんわ」
「へー、セシリアってば第二王子派なんだ」
愉快そうにマリウスが笑う。
「セシリアも王妃向きだと僕は思うけど」
マリウス王子の発言に、セシリアは動きが止まる。今なんて言った?
セシリアは眉間に深く皺を寄せ、信じられないものを見るような目をマリウスに向ける。その視線を受けて、マリウス王子は極上の微笑みを返した。
「セシリアと一緒なら、国王も頑張ろうって気になるんだけどな」
マリウスに手を握られ、空色の瞳がセシリアをじっと覗き込む。セシリアは逃れようと手を引こうとするが、ぎゅっと握られ逃れられない。
手を引っ込めようとしてぎゅっと握られる、というのが数度繰り返されるが、その間二人の表情は変わらない。セシリアの表情はどんどん険しくなり、マリウス王子は笑顔のままだ。
「お前何してる!」
そんな良い雰囲気とも言えなくない(?)二人の空気をぶち壊して、割って入ってきたのはアレスである。
「わあ…邪魔だな…」
大声に一瞬怯んだ隙にセシリアはマリウスの手から逃れることに成功した。
「マリウス、これはどういうつもりだ」
「どういうって、見てわかったから邪魔したんだろ?」
今までマリウスが学園にいたことは無かったので、セシリアは二人の関係をあまりよく知らなかった。前々回の時も病弱だというくらいしか話は聞いたことがない。メリーナのことが解決しても、兄弟でいがみ合っていれば違う危機が訪れると思うのだが。
しかし王子二人が不仲であるのは、婚約者でもない今回の人生では自分とは全く関係ないので、セシリアはさっさと逃げることにする。
「じゃあねー、コンコン!」
スッと相棒のキツネを出してセシリアはベンチを立ち上がる。そうして猛烈な早歩きで学び舎に向けて去って行った。
それを見送ったマリウスは、不機嫌を顔に出してため息を吐く。
「…アレス、セシリアは諦めろ」
「お前に言われる筋合いはない。お前は後からセシリアを知ったくせに!」
マリウスの言葉に、アレスは声を荒げる。
「かつてカーン公爵と父上の間で、セシリアが王家に入ることが内定していたが、結局君は断った」
マリウスはアレスの方へ目も向けずに話を進める。
「それは!セシリアが芝居を打ったせいで…」
「僕はね、その後に父上に打診しているんだよ。カーン公爵の娘であるセシリアを候補から外すべきではないってね。だから僕の婚約者候補としてセシリアの名前がある。カーン公爵は僕が病弱であるのが気になっているが、選択肢の一つに入れている。王家にセシリアを嫁がせるのであれば、アレスでも僕でもどちらでも良いのさ」
アレスが大人たちに促され諦めることに了承したセシリアとの婚約が、マリウスの手に可能性として残っている。そんな話は今まで聞いたことがなかったアレスは、信じられないと言う顔をした。
「アレス、君は感情的すぎる。僕は君と喧嘩をしたいわけじゃないよ」
「お前が気持ちに関係なく王家の為にセシリアを娶りたいというなら、俺は絶対納得しない!」
「…人の話聞いてる?感情的すぎるって言ったばっかりなんだけど」
声のトーンが上がるアレスと反比例でマリウスはトーンを下げる。正面からぶつかってもしょうがないので、バランスを取るために意識してそうする。
「お前はいつも飄々として何考えてるかわかんないんだよ!」
兄弟仲は別に悪くもないが、アレスはマリウスのそういう所が気に入らないのだ。
マリウスが兄だった頃は単純なアレスは「弟だから」という理由でマリウスに一歩引いていた。だけど今回は兄である矜持もあって、弟に遠慮なくストレートな表現で接しているのだろう。
「…君が抗えなかったのが理解できるよ」
「なんだ?」
「いや…。僕だって思うことは口にしていると思うけど、まあその辺りは個性だと思ってほしいね。それにセシリアのことを僕がどう思って花嫁に迎えたいと思うのかは、君にとっては関係のない話だと思うんだけど、それでも知りたいなら伝えておくよ」
関係ないと言われ、反射的に反撃の言葉を口にしそうになったアレスだが、マリウスの言葉で止まる。
「僕はセシリアを愛している」
マリウスの表情は変わらない。だけど、アレスの目をしっかりと見据えてはっきりと伝えた。
「…は?」
「セシリアは僕の運命の女神だ。邪魔はしないでくれ」
そう言い放つと、マリウスは席を立ちこの場を後にする。
病弱で離宮からほぼ出て来られなかった弟が正々堂々自分に言った言葉を、アレスは飲み込めずにいた。