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15◆メリーナを呼んだ茶会

「遅くなったねアレス」

「マリウス!?なんでお前…」

「やだなあ、以前ご一緒したいとお願いしてたじゃないか、ねえセシリア」

「アレス殿下がまだお伝えしてなかったようなので私からお声掛けをいたしました。こちらは我が国の第二王子のマリウス様、皆さまご存じですわよね?」


アレスの側近候補たちもマリウスとは接したことがないそうで、改まっての挨拶をしている。


「初めまして、私はメリーナと申します。ワールズ子爵に養女として迎えてもらいました」


メリーナもマリウスに覚えたてのたどたどしい淑女の礼をする。マリウスはそれを笑顔で返してお茶会が開始となった。話題はやはり例の事件の話になる。


「ずいぶん酷い目に遭ったな。心当たりはないのか?」


アレスは犯人探しに気持ちが向いているのだろう。メリーナから何か手掛かりになる情報を引き出そうとしているようだ。

メリーナはため息を吐いてこれ見よがしにがっくりと首を垂れる。その様子をセシリアは『相変わらずわざとらしい』と冷たい目で見やる。


「いえ…全く…。教科書もタダじゃないので本当に憂鬱です」


可哀そうぶって見せているけど、どうも前々回とは様子が違う。同情を引こうとしているのではなく、本当に参っていて、その表現が少し大げさなだけのようにも見えなくもない。


「Bクラスで言い争いをしたと聞いたけど、何があったんだい?」


マリウスが独自の調査でわかっているだろうことを心配そうに尋ねる。とんだ狸である。セシリアはそちらにも白けたような目を向ける。


「はい…その…平民出身者が弁えていないって言われて…。私も全く貴族社会のことを知らないので…ならどうしたらいいのでしょうかと聞いたのですが、それから…その…お話をしてもらえない方が…」


そろそろセシリアの名前が出るかと警戒していたが、その気配はない。


「貴族のルールというものは確かにあるが、それはこれから身に付けて行けばいいことだ。メリーナ嬢が気に病むことではない」

「アレス殿下…」


キラキラとした瞳でメリーナに見上げられ、アレス王子も満更でもなさそうだ。


「教科書の手配はしたのか?」

「それが、すぐには準備ができないと言われて…」

「マリウス、一緒に見せてやったらどうだ」

「そうしてあげたいのは山々だけど、僕とはクラスが違うんだ」


表情だけ残念そうな形に作り、マリウスは代案もなく断る。必要以上にメリーナに関わる気はないのだ。

学園の教科書は基本の物は全て同じで、B、Aとクラスが上がると増えていく。


「なら、新しい物が来るまで私の去年使っていた教科書をお貸ししましょうか?」


ここでセシリアはメリーナに向かって提案をする。なぜ自分から関わりができるようなことを申し出たかと言えば、相手の出方を見ようと思ったのだ。


「えっい、いいんですか!?」

「ええ、たまに見返すこともありますが、短期間であれば問題ございませんわ」

「た、助かった~…お言葉に甘えさせてください!」


この反応にはセシリアも少し驚いた。素直に借りるとは思っていなかったのだ。だけど今後どんな意趣返しがあるかもしれないので用心は怠ることはない。

セシリアは潜ませていたキツネのぬいぐるみをサッと取り出してメリーナに向ける。


「フォレックスちゃんの教科書、大事に使ってね~」


キツネのぬいぐるみを動かしながら裏声で言うと、アレスの側近候補たちは貴族に流れるセシリアの噂を思い出し、微妙な顔つきになる。アレスの眉間には皺が寄っており、マリウスだけは何故かしたり顔で微笑んでいた。


一方、メリーナは驚いていた。今日までの学園生活の中で初めて「自分にもわかる遊び」を向けられたのだ。

ウキウキで入学してきた学園だったが、上手く行っていたのは最初のうちだけだ。勉強もライラに教えてもらっていたことで十分ついていけるし、成績も上々で楽しく過ごしていたのだが、一部の生徒にはそれが面白くなかったらしい。突っかかって来た令嬢は力のある伯爵家でBクラスの中心人物だ。


「聖女と言うならそれなりの力を見せてくださらないかしら」


そんなことを言われたが、まだ力を使う修行もしてないので出来るはずもない。メリーナが目を付けられたのは一目瞭然で、それからみんながよそよそしくなっていった。

この時以降は表立っては何もされてはいないが、息が詰まる生活であるのは変わりない。そして今日の焼却炉事件が起きたのだ。


だけど振り返ってみると、平民育ちのメリーナと、貴族育ちの生徒たちは過ごしてきた環境が違いすぎて共通点も少なければ感性も違う。メリーナが楽しいと思って言った冗談もなかなか通じないという場面もあり、少しずつ自信を無くしていった。


メリーナはポケットから小鳥の形のマスコットを取り出した。昔教会のバザーのためにみんなで作ったものである。


「ありがとー!大事に借りるね!」


小鳥を嬉しそうにピョンピョン跳ねさせてメリーナはセシリアに答えた。

こんな人形遊びなら教会の子たちともやった。もっと小さい子の遊びではあるけど、自分もやったことがある。


「セシリア嬢の人形遊びに付き合ってやるなんて、本当に聖女だな…」

「ああ、心の優しい方だ」


アレスの側近候補たちがひそひそと話しているが、セシリアには聞こえている。


(やるわね)


セシリアは口の端を上げて笑う。セシリアの奇行を逆手に取って自分の株を上げるとは。

メリーナはというと、初めて貴族の令嬢と同じレベルで対応ができて自然と笑顔になっている。

アレスがぬいぐるみでやり取りする女子二人のシュールなやり取りに益々眉間の皺を深めると「おい」と声を掛けた。セシリアが素知らぬ顔でキツネのぬいぐるみを引っ込めると、それに倣ってメリーナも小鳥のマスコットをしまう。


そこからはメリーナを励ますための楽しい話題になり、メリーナの気持ちもだいぶ軽くなったようだ。今までの生活に共通点はないが、学園での学びについては語れることがある。そこを中心に話していると、確かにメリーナの学力レベルが高いのが窺われた。

アレスの側近候補たちは美人で優秀な聖女にどんどん夢中になっているようで、メリーナを取り囲んで話に花を咲かせている。

セシリアというと何故かソファの真ん中で、両サイドを二人の王子に挟まれながらお茶を飲んでいた。


「お前はもっとたくさん人が集まる茶会の時に呼ぼうと思ったんだ。顔見知りも少なくて退屈じゃないか?」

「気を遣ってくれてありがとうアレス。だけど王子が人見知りなどしていられないからね、今日も楽しく過ごさせてもらっているよ」

「あのー、私邪魔じゃないでしょうか。席替わりましょうか?」


自分の頭上で繰り返される問答はどう聞いたって自分は関係ない。よってセシリアがそう提案したのだが。


「このままでいい!」

「心配無用だよ」

「そうですか…」


うるさいなと思いながら、セシリアは菓子を食べつつメリーナを眺める。

前回と育った環境が違うというのはこうして見ると一目瞭然だ。食器の使い方や言葉遣いは、本人は頑張っているようだが、まだまだマナーができていない。比較してみると前回は庶民の出とはいえちゃんと仕込まれていたのだとわかる。

だけど笑顔は綺麗な仮面を貼り付けたものではなく、人好きのする良い笑顔だと思う。


同じ人物がこうまで違うと、時間が巻き戻ることについて考えてしまう。

メリーナは前回までの人生と大きく変わっている。それも人為的な操作によって。それによって本来手に入っていたはずの物を持つことが出来ず、苦労を強いられることになっているのは恐ろしいことだと思う。だからと言って同情はしないのだが。


人為的な操作と言えば、デリア公爵の企てもそうと言える。メリーナはどちらに転んでも王家に運命を握られているのかもしれない。血筋でいけば王の弟であるデリア公爵の娘、王族の血を持つからだろうか。


セシリアはまだ両サイドで吠えている片側を見る。

アレスも今回7回目なはずだけど、毎回そう大きく変化しているようには見えない。たぶんマリウスが未来を変えようとあれこれ動いていたと思うのだけど。だけどまあ、アレスがメリーナに骨抜きにされてポンコツにならない未来を創るのはなかなかの難易度なのかもしれない。


逆側を向くとマリウスが飄々とアレスに言い返している。7回も繰り返してこの国の未来を変えようなんてすごい胆力だと思う。間違いなく国王向きなので今回弟に生まれてしまったがうまく王太子になってほしいものだ。

今自分が思っている時間を巻き戻すことについてなんかも、とっくに色々感じて、そしてその上で選んでいるのだろう。

なのでこの辺のことについては口出しすまいとセシリアは思う。

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