13◆第一の事件
「メリーナ様の靴や教科書が焼却炉に捨ててあったらしいわよ」
セシリアはクラスメイトが話す話題にドキリとする。これは過去の人生でメリーナいじめの最初の証拠があがる事件だ。前々回の人生ではもちろん身に覚えはないが、セシリアがメリーナの私物を持ち出し焼却炉へ放り込んだという証言が生徒と用務員から出たのである。
ついにこの時が来たのかと思うが、ここ最近は大体Aクラスの誰かかマリウスと一緒にいたのでアリバイはある。落ち着いて掛かろう。
「誇り高いこの学園でくだらんことをする奴がいる」
心底軽蔑した顔で吐き捨てるように言ったのはアレスだ。彼は前々回で証拠を鵜呑みにして断罪してくれた間抜けではあるが、正義感は強い。しかしここで犯人捜しをされセシリアがやったという捏造の証拠が上がっても嫌なので、余計なことはしないように誘導しなくてはならない。
「まあ、お可哀そうに…。アレス殿下、メリーナ様をお茶に誘うというお話をしていたではありませんか。今お誘いになっては如何でしょう?きっと傷ついていらっしゃるメリーナ様を励まして差し上げるのです」
「そうだな…お前も参加してくれるか?」
「ええ、もちろんですわ」
「なら事は早急に進めよう。今日の放課後はどうだ?」
「畏まりました、手配しておきますわ」
「頼んだ。俺ももう少し声を掛けることにしよう」
状況が状況だけにあまり大っぴらな茶会もどうかと思い、ここはまた懇談室を借りることにした。人数が少し集まっても大丈夫なように大きめの部屋を予約して、お茶やお菓子も茶会仕様にしてほしいと懇談室付きのメイドに頼む。
セシリアには事件が起きた時点でのメリーナの様子を直接観察し、今回の事件の意図を探る目的がある。罪を着せようとするならそれらしい動きがあるかもしれない。相手の意向を確認するのも次の手を考えるのに必要だ。
「何のイベントだい?」
事務室で手続きの書類に記入していると、後ろからマリウスが覗き込んで来た。
「メリーナ様を囲むお茶会ですわ。あら、アレス殿下からお声がけはございませんでした?」
「…ないね。いつ?」
「今日の放課後です」
「空いてるよ。是非参加させてもらう」
マリウスは貴公子の微笑みで答えるが、笑っているのにそうは見えないのが不思議である。
「マリウス殿下、メリーナ様の噂は聞いておられますか?」
「ああ、私物が焼却炉から見つかったって話か?一応調べさせている」
「前々回に私がやったとされる第一の事件です」
「ああ、そうか!」
マリウスはメリーナには注視しているが、この時代の学園に通うのは初めてのことで、メリーナに起きる事柄とセシリアに掛けられた冤罪は繋がっていなかった。
「嫌がらせに遭ったことをこれ見よがしに悲しんでアレス殿下の同情を誘うんです」
「だけど今回は君はアレスと婚約をしていないし、アレスもメリーナ嬢と接近している素振りもない」
「ここからですよ。心を掴んだあとに『実は犯人は解っているんです』と私の名前を出すのでしょう…そうはさせるものですか」
「なるほど、君は未来への布石と見るわけか。さて、では前々回と如何に変わっているか検証しようじゃないか。ちなみに前回は?」
「彼女の目の前で私の炎魔法で消し炭にしてやりましたわ」
「炎魔法の使い手なんだ、さすがだね」
マリウスはセシリアの言葉に引く様子もなく朗らかに笑う。
「茶会は君たちのご学友も一緒だろ?今回のゲストはメリーナ嬢で、僕は聊かアウェイになるな。セシリアと共に行ってもいいかい?皆に紹介してもらえると助かるな」
「一国の王子である上に兄であるアレス殿下がいるのだから、何も気にする必要はございませんでしょうに」
「実際の人との関わりに立場なんて言っても無意味でしょう。円滑に輪に入り込むことだって素養を試されることだ、そのための下準備さ。頼めるかい?」
理由を聞いてセシリアはなるほどと感心する。マリウスは人の上に立つことを如何に納得させるかを考えて行動しているのだ。
「畏まりましたわ」
「放課後は僕が迎えに行くから教室で待っていてくれ」
セシリアは了解の意は伝えたが、今後あまり便利に使われても面倒くさい。
キツネのぬいぐるみはいつも肌身離さず持っている。最初は残念な子アピールのために持っていたのだが、今ではすっかり最高の相棒だ。
「わかったわー、フォレックスちゃん待ってるね」
キツネのぬいぐるみがぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる動きに合わせて、セシリアは裏声で返事をする。頭に難はなくとも、別方向には残念な令嬢であることはちゃんと伝えておこうと思う。
そのままキツネをぴょんぴょん跳ねさせながらマリウスに背を向け教室に向かう。背後でマリウスが大笑いしているが、そんなのは無視だ。