6.魔王もきた
この世界の強さの根源とは、端的に言うと”絆”だ。
概念としては、フィクションに出てくるような『人びとの祈りでパワーアップ』だとか、そういうものに近い。ざっくりと説明すると、一人ひとりの力では弱くてモンスターに対抗できないので、みんなの魔力を一人に集めて対抗しましょう。という単純なものだ。
かつて、モンスターがはびこっていた時代に、人間や魔族が生き延びるために生み出した技法である。
聖女とは人が神へ捧げた祈りを再委託されし者。すなわち神の代行者。
魔王とはその力に陶酔した者たちより、直接的に力を得た魔族の長。
いわば、聖女は間接民主主義で選ばれた代表者。魔王は直接民主主義で選ばれた大統領に近いものと言えるかもしれない。
その力は人類の総数に比例し――中世の人口は全世界4億人。そして、現代(共通歴2000年)の人口は80億人である。
つまり、何が言いたいかというと……
「ばたんきゅー……」
「どどど、どうするんですか!? これええええ!!!」
クロトたちの前には死んだように倒れ伏したアリシアがいた。
哀れ。ツェルペティータに斬りかかったなれの果てである。さすがに聖剣持ってても人口差20倍のパワー差は厚かった。というか、魔法技術の進化も含めれば倍率ドン。戦いはチョップ一撃で終了した。
「は。はわわ。ご先祖様が死んでしまいました! わたし、消えてしまうのですか!?」
「大丈夫よ。殺してはいないわ。たぶん」
「たぶんってなんですか!?」
パニックになったアリアが、アリシアの頬っぺたを頑張ってつつく。返事はないが、息はある。
ツェルペティータの言う通り、屍にはなっていないらしい。
「思いっきり、斜め45度からチョップすれば息を吹き返すんじゃないかしら。よし、やってみましょう。すぐにでも」
「やめてください!? とどめを刺そうとしないでください!?」
気を失ったアリシアの傍らで、ツェルペティータとアリアが殴り合いのケンカを始める。
そんな光景を見て、クロトは膝をついて泣きそうになった。
歴史が変わらないようにオレは頑張っているはずだ。だというのに、うちの魔王と聖女ときたら、そのことごとくを無駄にしてくれるのだ。
「誰でもいい。助けてくれ……」
思わずそんなセリフが出たそのときだった。
クロトの声に応えたわけでもないのだろうが、突如天から黒い雷が落ちた。
バヂィっとけたたましい音が打ち鳴らされ、直撃したドラゴントゥースの一体が灰となる。
「今度はなんだ!?」
空から舞い降りてきたのは、新たな闖入者。
獅子のような風貌。その身は油で塗ったような濡れた漆黒の毛に覆われ、その内側には並々ならぬ膂力を秘めた四肢。眼は爛々と輝き、冷徹な知性を思わせる鋭さを匂わせる。
クロトの身長の2倍以上はある、獣のような男は低い声で彼らに向けて宣言した。
「我が名はデゼルギータ。魔王デゼルギータなり……」
――魔王デゼルギータ。人魔大戦のもう一人の主役にして、人類にとっての最大の敵。いわゆるラストボスである。
その姿を見て、クロトとルルフェットは、
「(なあ、会計。普通、魔王ってもっと勿体ぶって出てくるもんじゃないの? 唐突すぎない? この時代の魔王って野良猫くらいにありふれてんの?)」
「(いえ、会長。よく考えたら元の歴史って、聖女がダークドラゴンを全滅させた直後に魔王がやってきて、痛み分けになってるんです。割と史実通りですよ、この展開!)」
「(なるほど!?)」
歴史に律儀な中世の魔王様に関心していた。