5.中世聖女様とお茶会を
「突然の来訪に対し、このような多大な歓迎。感謝する」
「いえ、粗末なもので申し訳ないです」
アリシア・フォン・ウルトー。
この時代の聖女であり、史上もっとも苛烈とされる第二次人魔大戦における最大の功労者。後に”中世の六英雄”と評される者たちのなかでも筆頭とされる人物である。
現代では神格化されており、戦神の類として信仰を集め、その人気は現代において小説や漫談、サーガにもよく登場し、各地に銅像が建つほど。
歴史書から知ることのできる人間像は(誇張はあるのだろうが)人を愛し、正義を愛し、悪を憎む、理想の通りの正義の味方である。
(この人がアリアのご先祖様か)
この時代の人間との初めての邂逅は、青空の下のティーパーティーで始まった。
屋外、というのは生徒会室のなかにある現代の道具の数々を、アリシアに見せるわけにはいかないからだ。
とはいえ、生徒会棟は校外からの生徒をもてなすための設備を備えているため、それなりの優雅さは保っている。
生徒会棟の庭にある大理石のテーブルやティーセットは生徒会のOB――有力な王侯貴族が寄付した一級品。紅茶や干菓子の類はルルフェットが愛用、あるいは自作したものだが、やはりこちらも庶民のクロトからしてみれば目を見張るような価格のものである。
「もぐもぐ。おいしい! アリシアさんは食べないんですか?」
バリバリと元気よくクッキーを頬張るのはアリア。それに比べてアリシアは、
「いただこう。……、なるほど、これは確かにうまい」
なるほど、武張ったところはあるが王侯貴族の優雅さが見て取れる。
(そういえば、この時代はまだ聖王家が人類の盟主だったな)
おおよそ中世以前というのは信仰の時代だったと言っていいかもしれない。
平和な現代と違い、人々がモンスターなどの襲撃におびやかされていた時代である。
そんな時代に、神に愛された存在――悪を打ち倒す聖女の血筋を継承する聖王家が特別視されるのは当然であったといえる。
通信技術が未発達であるがゆえに、聖王家が人類圏すべてを統治することこそなかったが、各地を領する王家とは別格の存在とされ、領土そのものは大きくはないが、国家同士の争いの調停やら対魔族、対魔物の旗頭として特別視されていたのである。
「すまない。王都からここまで一息に馬を走らせてきたものだから。こういうときは、茶器から褒めるのだったな。えーと……」
自分の一挙手一投足が注目されていると知り、アリシアが恥ずかしげに眼を伏せる。
使用しているティーカップなどは前述のとおり、学園のOBより寄贈されたもので、目を見張るほどに高価なものだ。とはいっても、この時代よりも遥かに後に作られたものであるので、アリシアが知らなくてもしかたないというもの。
クロトは空になったティーカップに紅茶を注ぎながら微笑んだ。
「名もなき雑器です。アリシアさんが知らないのも当然です」
「……いけないな。こういうことを知らぬから、大臣たちに小言を言われてしまう」
気を使われたと思ったのだろう。故に、アリシアはもう一枚クッキーに手を伸ばした。
さすが聖女。好意に対して萎縮せずに自然に感謝を表せるあたり、上流階級が自然に身に着けた振る舞いを思わせる。
それに比べて、うちのウルトーさんといえば……
「(めちゃんこサイン欲しいです! サインもらってもいいですか!? ご先祖様のサイン!)」
「(おいバカやめろ。これ以上無駄に歴史に介入しようとすんじゃねえっ!!)」
アリア・ウルトー。生徒会で一番残念な娘である。
(500年も経つと血筋ってこんなに劣化するんだなぁ……)
これからの歴史を紐解くと――
魔族と人間の戦いは双方の経済を疲弊させ、やがてそれぞれの種族で内乱が勃発し、うやむやになって終了。その後、人間のほうは各地で独立勢力が台頭し、聖王家は衰退。英雄王と呼ばれる者が人間の領域を統一。聖王家は信仰の象徴として自治領の長となり名を残していくことになる。
聖王家は現代でもそれなりの権威だけは残しているが、1900年頃には聖女の力は分家に引き継がれることになり、さらに100年経って平和な時代に移行すると発現することもなくなり、いったん行方不明となる。
ちなみに、アリアはさらにその分家の妾腹で、庶民として街で生活していたところを、12歳で聖女の力を発現し、王宮に引き取られている。
そこで上流階級の子女としての教育を受けたはずなのだが……。
食べかすをあたりに散らしながら、クッキーをバリバリと頬張るアリアを見て、クロトはため息をついた。
「お兄さん。女の子を見比べるのは失礼です! やめてください。バリバリもぐもぐ」
「せめて見比べれるほどには女子力磨いて出直せ、アホウ」
「がーん!」
上流階級どころか、そこらの村娘でももうちょっとお淑やかだと思う。黙ってれば美人なのに、本当に残念な娘である。
そのやり取りにアリシアがまぶしそうに微笑む。
「君たちは仲がいいのだな」
「それはもう! 昔からの付き合いですから!」
「腐れ縁とも言いますけどね」
クロトが市民学校で頭角を見せ、とある貴族のお眼鏡に叶って高度な教育を受け始めたのが8歳の頃。
おかげでそれほど学力の高くなかったアリアとはほぼ会うこともなくなったのだが……この爆裂娘は聖女パワーという反則的なルートで聖アリシア記念学園に入学してきたのであった。
「……さて、本題なのだが」
ようやく一息ついたらしいアリシアが、ティーカップをテーブルに戻した。
「このあたりにドラゴンの群れが飛来してきたはずなのだが、行方を知らないだろうか。エンジュの森の上空に向かったことまでは確認できたのだが、これ以降の目撃情報が消えてしまったのだ」
言って、アリシアがクロトの目をじっと見つめた。
嘘を言ったら確実にバレる。そんなことすら思わせるまっすぐな瞳だった。
なので、クロトは「はい」とうなずいた。
「見てないです」
「いや、しかし……」
「みんなも。ドラゴンなんて見てないよな?」
「はい」「ドラゴンなんて」「これっぽっちも見てないわ」
会計→書記→副会長の華麗なバトンリレー。そして、全員でぴゅーっと口笛のユニゾン。
かつてこれほどに生徒会が一致団結したことがあったろうか。いやない。
だが、アリシアもさすがに聖女。彼女はジト目で「それ」と傍らに召使として控えていた魔法生物を指さした。
「そこの骨。竜牙兵というものでは?」
「「「あ」」」
片づけるの忘れてたっ!!!
「ちょっとタイム」
「あ、ああ……」
ちょっとタンマ、とジェスチャーをすると、クロトたちはアリシアから隠れるように顔をつきあわせた。
「(誰だよ、あれを出しっぱなしにしてたのは!?)」
「(ふふん。わたしよっ! せっかく作ったのだから、見せびらかしたいじゃない?)」
「(なんで誇らしげなの!? アホなの!? どうすんの!? めちゃんこ怪しまれてるんだけど!?)」
「(まあ、待ちなさい。わたし、いいことを思いついたの。要はあれを聖女として覚醒させればいいのでしょう? ちょうどいいわ。飛んで火にいる夏の虫とはまさにアレのことね)」
クロトたちに課せられた使命。それはもちろん、史実通りにアリシアにドラゴンを倒させること――いや、最低でも聖女として覚醒させることだ。
だがしかし、そのドラゴンたちはすでに全滅しており、さらにクロトたちは聖女様に怪しまれている真っ最中。この状況をなんとかしてくれるなら、ワラにでも縋りたいところだが……。
「(絶対に嫌な予感しかしないけど、副会長、発言してどうぞ)」
クロトがうながすと、副会長は「ええ」と大仰にうなずき、ビシィっとサムズアップ。
「竜牙兵も広義で言えば、ドラゴン! ここであいつらをアリシアに襲いかからせれば歴史的には全然オーケー。さすがわたし。ナイスリカバリー。ぎりぎりセーフ!」
ドヤァっ。
「セーフじゃねーよ、アウトだよ! お尋ね者になって人生ゲームセットだよ!?!?」
「おい! いま、わたしを襲うと聞こえたのだが!?」
「あらあらまあまあ。聞こえちゃったら仕方ないわ。知られたからにはこの世から抹殺――ぐふぉぅっ。会長殿!? ぐーで殴ったわね!?」
「さすがに殴るわぃ! これ以上、事態をややこしくしようとするんじゃない!! アリア! 副会長をしばらく黙らせてプリーズ!」
「ふふふ、魔王。ついにお兄さんから抹殺許可が出ました。覚悟はいいですね? ――ぶべらっ! お兄さん、なぜわたしにキック!?」
「そっちも魔王とか口すべらせてるんじゃねえ! 絶対に誤解されるパターンだぞ!? ――ハッ!?」
「ま、魔王!? いやしかし、この禍々しい魔力は確かに……」
「あんやだばあああああああああああ!!!!」
嫌な予感を覚えて振り返ると、そこには腰の聖剣に手をかけた聖女様がいた。
聖王家については簡単にいうと、古代中国の周王朝や、戦国時代あたりの天皇みたいなものと理解していたければ。