4.聖女が来た
「それで。これからどのように動くつもりなの? 会長殿」
ケロっとした表情で「さっきのが言葉が本気なわけないじゃない」と笑いながらツェルペティータが切り出したのは、クロトとルルフェットが息切れしはじめたタイミングだった。
クロトは絶対に嘘だと思ったものの、それをあえて掘り返す気力は彼にはなかった。
「これから、とは?」
「お金だとか食料だとか、そう言う目先の事ではなく、この先どうするかということよ。もしかして、このままこの時代で生活する気なの?」
「あ、ああ。そうだな……」
さっきは現実逃避をしてしまったが、いい加減、現実を直視して、すべきことを考えねばならない。
このままこの時代にとどまれば、生徒会の2人……いや、3人によってどれくらいの歴史改変が引き起こされることか。考えるだけでも恐ろしい。
「最終目的は現代に帰ることでいいとして、そのためにどうやって情報とかその他もろもろを集めるか、ってことか」
クロトが言うと、生徒会室の視線が一人に集まる。
その対象はルルフェット。
そもそも、彼らがこの時代に飛ばされたのは、文化祭におけるルルフェットの実験のせいなのだ。
転移の秘術とか言ったか。
逸失した古代魔法と現代錬金術の粋を組み合わせたものらしいが、その魔力の素に生徒会室を覆う結界(副会長と書記の争いの余波が外に漏れないように特別にあつらえられたもの)を使用したのである。
そして、そのタイミングで副会長と書記の喧嘩が勃発して、いろいろあってこうなるに至る。
その原因となった魔法陣は生徒会棟の庭に放置されているが、修復するにしてもそれなりの手間がかかりそうであった。
「そんな目で見るのやめてください。まるでわたしのせいって言ってるみたいじゃないですか」
「みたいじゃねーよ。会計の仕業だって言ってんだよ」
「あーあー。聞こえません。わたしの計算は完璧でした。計算が狂ったのは、とある二人のせいです。デモンストレーションをしている最中に暴れだして、魔法陣をぶっ壊した二人も同罪なのです。なので、アリアちゃん&副会長にも半分くらい責任があると、被告人は主張するものであります!」
「残り半分は自分のせいだって認めるんだな?」
「そですねー。……あー、もう。しゃーないですね。では、ちゃっちゃと計画を建てましょう。あくまで仮定ではありますが、現代に帰るのにまず最低限必要な素材は――」
反省の色がまったく見えないケロっとした表情で、ルルフェットが必要な素材を部屋の前面にあるホワイトボードに書き出していく。
ホムスの火薬、オリオールの結晶、ミッドフェザーの翼膜、etc……。どれもこれも現代では高価で入手が困難な代物だ。だが、
「思ってたよりもお手軽っぽいか?」
「この時代なら、比較的ですが手に入れやすいものが多いように見えますね?」
「はい。実験に使用した魔法陣そのものは残ってますからね。さっきの暗黒竜で代替できる素材も多いですし」
ルルフェットが示した素材のほとんどは覚悟していたよりも入手難易度自体は低い代物だった。
だが、簡単に集まりそうかといえばそうでもない。例えばホムスの火薬はこの時代でも珍しいわけではないが、
「1トンも必要なのか。さすがにこの量はそれなりの街に行かなきゃ手に入らないだろうな。ってことは……情報を集めるにしても、まずは街を探さないと駄目か」
「でも、生徒会室をこのままにしてはおけませんよね。誰かが留守を守らないと」
唯一の常識人であるクロトが街におもむくのは確定として、ルルフェットも帰還のために必要な魔法陣を直すという仕事がある。
そして何があるかわからないこの時代。森のどまんなかに孤立している生徒会室にルルフェットを一人で置いておくこともできないだろう。つまり、ツェルペティータかアリアのどちらかがクロトと一緒に街に向かうことになるのだが――
「歓喜しなさい、会長。このわたしみずから出向いてあげるわ」
「お兄さん。いざというとき頼りになるのはわたしですよね!」
ピリっ。
2人が同時に手を挙げて、生徒会室に緊張が走る。
いつもの日常が繰り広げられるかと思った、そんなときだった。
――トントン。
生徒会棟のドアがたたかれて全員の動きがピタっと止まった。
モンスターによるものではない。このノックは、室内にいる者たちに問いかけるためのものである。
(こんな深い森の中に一体だれが?)
一瞬の静寂のあと、扉の外にいる人物は室内のオレたちに聞こえるよう、声を張り上げた。
「頼もう! 我が名はアリシア・フォン・ウルトー! この付近にドラゴンが出没したと聞いて、討伐しに参った!」
アリシア・フォン・ウルトー。
後世に遺された歴史の記述が正しいならば――この時代の聖女にして、書記のご先祖様。
聖アリシア記念学園の名の元にもなった、本来の歴史で、暗黒竜を倒したお方である。