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2.かわいそうなどらごん

アクセス数がどれくらい変わるのか、いろいろとタイトル試し中です。

 暗黒竜(ダークドラゴン)

 その名を聞くとき、人は恐怖という感情を思い出さざるを得ないだろう。

 いわく、その目は人睨みするだけで人を震撼(しんかん)させしめ、生死を軽薄(けいはく)に扱う冷酷(れいこく)さはまさに悪魔そのもの。歴史上、幾人もの英雄たちを葬り去った人類の天敵である。

 とある英雄伝説は(しる)す。その咆哮(ほうこう)は、か弱い人間のはかない努力を嘲笑(あざわら)う死神の声に聞こえた、と。


 その暗黒竜(ダークドラゴン)たちが。


「クソトカゲ。へらへら笑ってんじゃないわよ」

「邪悪はMASSASTU(抹殺)です!」


 げしっ。どげしっ。


「ギャアアアアアア!!!」


 ツェルペティータとアリアにぼっこぼこに殴られてた。

 さきほど、生徒会棟に向けて、ファイアブレスを吐いていた暗黒竜(ダークドラゴン)さんたちである。


 クロトは思わず目を()した。

 彼らからしてみれば、縄張りにとつぜん現れた闖入者(ちんにゅうしゃ)を排除しにきただけだったかもしれないのに……。

 

 可哀(かわい)そうに。悲劇である。その光景があまりにも理不尽だったので、


「まあ、それはともかく」


 ぴしゃ。

 窓のブラインドを閉め、生徒会棟の外の光景を見なかったことにした。

 気にしてもしかたのないことは気にしない。それが、健康的な学園生活をおくる秘訣なのだ。


「会長のそういうところ、好きですよ。使い減りしなさそうな感じがして」

「おう。ありがとよ」


 ルルフェットが感心したように言ってくれる。だが、待ってほしい。


「……生徒会長って使い減りするもんだったかな?」

「実際してるじゃないですか。この1年間で何人の生徒会長がすり減ったと思ってるんですか。12人ですよ。12人。生徒会長に立候補した人達、得票順に上から順番にすり減ってって、すでに全滅してんですよ」


 右手で1。左手で2を作ったルルフェットが心底あきれたように言う。

 本来であれば、立候補していない……というか立候補する権利すらない平民出身の特待生なクロトに、『各国の王侯貴族があつまる超名門学園の生徒会長』という役割が押し付けられたのは、もちろん、あの二人の乱暴狼藉(らんぼうろうぜき)が原因である。

 過去にあった損害から考えるといまのところ死人が出てないのが奇跡と言っていいかもしれない。もっとも、生き残った元生徒会長たちはみな「生徒会長」という肩書を耳にすると狂乱に陥るという有様ではあるが。

 しかも、ここまでやっても容疑者たちには処罰なし。ありとあらゆる権力を超越した超暴力のなせるわざであった。


「というか、むしろ会長はなんですり減ってないんです? 実は超合金だとか、いくらでも再生するスライムでできてたりするんですか? 解剖してみたいんですけど」

「なんでって……」


 問われて答えにつまってしまう。

 なぜなら、それを言うのはちょっと恥ずかしい。


「会計は聞きづらいことを簡単に聞いてくるよな」


 だから、クロトは笑ってごまかそうとしたのだが……ルルフェットにはそういうナイーブな気持ちはわからなかったらしい。


「いいんです。錬金術は真実を探求する学問なので。……にしても聞きづらいこと、ですか? むむむ――ハッ!? まさか会長、わたしに毎日会いたくて!? でも、ごめんなさい。わたしには夢があるんです。白馬の王子様の顔を札束で叩きながら、土下座で告白させるっていう」

「悪いことは言わないから、お前はいまからでも将来の夢を考え直したほうがいいと思うぞ」


 この女(ルルフェット)、複数の国を股にかける世界最大の商家を実家にもち、なおかつ本人も錬金術の特許をいくつも取得しているモノホンの天才である。


「そういえば会計、同級生に本物の王子様いるよな。彼なら札束で殴り倒せるんじゃないか? いま、実家の財政がピンチだって聞くし」

「会長、ナイスジョークです。血統だけで入学してきたアホが、このわたしと釣り合うわけないじゃないですか。あはは」


 ルルフェットが能天気に笑うのを見て、クロトは少しノスタルジックな気分になる。


(……釣り合い、か)


 ――世界は残酷なまでに合理的だと思う。


 『聖アリシア記念学園の生徒会長』という肩書にはとても価値がある。いままで何人もの生徒会長がいて、その人たちが大人になったときの功績が――彼らが集めた尊敬が、権威という名前で肩書に乗っかっている。

 その肩書の威力ときたら、大貴族たちですら庶民出身のクロトに敬語で話しかけてくるほどなのだ。もちろん例外はいるが。


 ただしそれは学園という権威が通じる場所のみの話。

 それに比べれば、ツェルペティータは不世出の魔王様で、アリアはそれと双璧をなせる聖女様で、そしてルルフェットも天文学的なレベルの金持ちな稀代の天才錬金術師で。彼女たちはみな確かな力をもっている。それは学校の外でも有効で。それころか、国家すらねじ伏せてしまえるほどの『実力』なのだ。

 逆に、クロトという存在は『肩書』を取り除いてしまえば何も残らない。彼女らに比べれば、何かを成し遂げたこともない学園内だけのお山の大将でしかないのである。


 だからかな? だから、せめて――


「肩書についてくる勤めくらいは、ちゃんと果たしたいなって思ってるのさ」


 それすらなくなってしまえば()()たちと肩を並べて話す権利すら失われる気がして。


「そーゆーもんです?」

「そーゆーもんだよ。よし。そんなわけでそろそろ本題に入ろう」」


 クロトは気合を入れるために、ほっぺたをペシペシとたたき、生徒会室の一番前にあるホワイトボードにきゅきゅっと『本題』と書いた。

 日常的な動作とは不思議だ。それだけで、平穏な学園生活の営みが再開された気にすらなる。

 クロトはいつも通り、生徒会長としての威厳を(かも)し出しながら、

 

「まずは来たる音楽祭(おんがくさい)の予算案から――ぐふぅっ!?」


 ボディに突き刺さったのは、会計(ルルフェット)の放ったボディブロー。日常的な気分はあっという間にスクールウォーズに突入した。


「痛いぞ会計!? 乱暴だぞ会計!? い、いったいなにが……ハッ! まさか、この世界の空気には人を凶暴にする呪いがっ!?」

「違います。会長、落ち着いてください。いまのは『本題って言ってるのに、なんでそんな話になるんですかパンチ』です」

「生徒会のお仕事は、オレたちを支持してくれる学生のために、学園生活を豊かにすることだぞ!?」

「確かに! 間違ってはいませんけども! 時と! 場合を! 考えてください! わたしたち、なんかよくわかんない世界に転移したんですよ!? 過去か、未来か、異世界か! 現実逃避しないでくださいよ!!!」

「うるせえ! 現実逃避くらいしたくなるわぃっ! せっかく『ついに、あのふたりから開放されたぜ。ひゃっふう!』って喜んでたのに、セットで一緒についてきてたんだからよぉっ!! 会計に! その絶望がわかるか!? 本当にわかるのんか!?」

「わかりますけど! なにカッコつけてダサいこと言ってるんですか!? うわ。いい(とし)こいた男の人が泣かないでくださいよ。うわ、気持ちわるっ!!」


 ぐふぅっ。

 会計の口撃(こうげき)。生徒会長は血反吐を吐いた。


「会計って、たまに残酷なこと平気で言うよな。そういうとこ直したほうがいいぞ」

「いいんです。錬金術は真実を探求する学問なんで。真実とはいつでも残酷なもんなんです」


 しれっと言うが、なるほど。学園内で錬金術師どもが嫌われている理由がわかった気がする。

 だが、会計の言うとおりだった。泣いていてもこの状況が変わるわけじゃない。


 ごほん。

 ともあれ、クロトは涙をぬぐって(せき)払い。


「そうだな。会計の言う通りだ。どんな世界に飛ばされたかはまだわからないが、まず安全を確保しなければ――」

「はいっ、それです、会長。わたしに名案があるのです!」


 言葉を遮るように元気よく手を挙げるルルフェット。


「いやな予感しかしないが……うん、言ってみろ」


 言葉をうながすと、ルルフェットはブイっとピースサイン。


「せっかく、よくわかんない世界に来たんですし、冒険をしましょう! 探検です! アドベンチャーです!」

「ハハハ。いい歳こいた学生が冒険とか(笑)――ぐふぅっ!?」


 先ほどの一撃と寸分たがわぬ位置に突き刺さる拳。もちろん拳の主はルルフェット。

 彼女はふしゃーっと殺意すら含んだ視線でクロトの首根っこを引っ掴み、ちっちっと指を振る。


「……いいですか会長。わたしたちは生徒会である前に学生なのです。その本分は学問にあるのですよ」

「な、なるほど……?」

「そう! 知的好奇心の充足こそがわたしたちに課された使命なのです!」


 言いながらホワイトボードの『本題』の下に、『知的好奇心の探求』と書き連ねていく。

 

「考えてくださいよ! 時空転移したということ意味を! 未知のモンスターを発見できたり、謎のテクノロジーがゲットできたりするかもなんですよ!?」


 謎の生物を書き足しながら自分でも想像したのか、うっとりとし始める会計。


 ちなみにモンスターとは200年前――共通歴1800年代に絶滅したと言われる存在だ。

 体内には魔石を宿し、魔力を秘めた肉や牙も錬金術の素材として非常に高価。いわば、歩く宝石の扱いである。


「なるほど……。で、本音は?」


 クロトが絶望的な気持ちでその先をうながすと、ルルフェットは感極まった様子で「ハイ」と答えてくれた。


「そういう貴重品(きちょうひん)を灰にしちゃっても怒られない世界って、素敵だと思いますよね?」

「思わねーよバカ。ナチュラルに暴れようとすんじゃねえ」

「大丈夫です、会長。たぶんだいじょぶです。わたしの錬金術師としての勘がそう言ってます。なるようになります。たぶん――あいたっ! なんでハリセンで叩くんですか!?」

「そういえば会計も超がつく危険人物だったよな……。あのふたりに比べると影は薄いが」


 ルルフェット・ウィノア。

 約500年前に名を遺した、伝説の錬金術師ネムネット・ウィノアの末裔にして、稀代の錬金術師としてすでに名を馳せている天才。

 何があっても壊せないと言われた最強の盾を鼻歌混じりに爆破し、ありとあらゆる衝撃から内容物を守ると言われた女神の結界を、中身ごと消し炭にをしたこともある女。そして、


「かいちょー、冒険しましょーよー! 貴重品使って実験しましょうよぉーっ!! 錬金術は爆発です(Death)☆」


 簡単に言うと、実験と爆発をこよなく愛するマッドサイエンティストである。

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