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1.過去か未来か異世界か

序盤は毎日投稿いたします。

「ねえ、会長殿。わたしの今日のパンティって何色だと思う?」


 聖アリシア記念学園。貴族や士族を教育する機関として創立された、由緒正しい名門校である。

 その影響力はとてつもなく大きく、とある王家では『学園の卒業』が王位継承の条件に掲げられ、世界最大の帝国は入学に失敗すれば廃嫡に至るほど。民主主義の国においては高等教育の到達点であり、外交官に任官される必須条件とされている。

 まさに大陸全土から次世代のエリート人材が集まる、大陸の未来をつかさどる機関。そう。ここで培われた人脈こそが、比喩抜きに大陸の未来を左右しているのである。


 そんな栄光ある学園の生徒会室で、生徒会長であるクロトに投げかけられた質問はそういったものだった。


 クロトは「ああ」とうなずいて、下着の色を尋ねてきた少女を観察した。

 問いを投げかけてきたのは生徒会副会長であるツェルペティータ・マグニヴ・ラヴラ。魔族の国から留学してきている魔族随一の実力者、通称『魔王』。

 透き通るような白銀の髪は魔族の中でも特に高い魔力を持つ強者の証。深淵を覗き込んだような深い金色の瞳。それを覆う長いまつげ。紅茶を入れたカップから離れた小さく甘いさくらんぼのような唇はしっとりと濡れ、なんとも艶めかしい。

 どことなく儚げな雰囲気は、人間たちのなかにたった一人で留学しているせいだろうか。孤高という名の、芯の通った立ち振る舞いは人を魅了してやまない。


 そんな彼女の服装は一言で言うと、性格を反映したような派手なものだ。

 マットな深紅を基調に金糸で高貴さのアクセント。体にぴっちりと吸い付くような生地は、彼女の魅力的なボディラインを浮き出しにしている。

 スカートから覗く健康的な大腿部とオープンショルダーから覗く肩は健康に満ち溢れ、長い髪に覆い隠されながらも、ときおり大胆に外気に触れる背中は、彼女の傲岸不遜さと自己顕示欲の高さをこれ以上なく語っていた。


(となれば、基本的には中身も同様のものと考えるべきか)


 オーソドックスな色を言うなれば情熱的な赤。だが、彼女に似合っているのは艶めかしい黒。いや、ここは意表をついて、かわいらしいふりふりのついた白も捨てがたい。

 せいぜい3択の問題である。それほど難しい質問ではない。


「そうだな。オーソドックスな――」


 赤と言いかけてハッとする。


(……待て。よく考えろ)


 下着の色当てクイズなんて、まるで変態ではないか。


「さあ。さあ。早く答えなさいな」


 にやにやと挑発的な笑みを浮かべながら、答えを待つツェルペティータを見て、クロトは確信した。


 これは罠だ。生徒会長を社会的に殺そうとする悪魔のささやきだ。悪辣なる魔王の陰謀なのだ。

 だがしかし、強大な暴力と権力を有する魔王に対し、質問をスルーなどという無礼は許されない。そう――これは答えのない問題。答えを当てるためのものではなく、いかに(かわ)すかの問題なのである。

 普通なら詰みの状態。だがしかし、クロトは栄光ある学園の生徒会長なのである。とても賢いのである。


(考えろ。考えるんだ、オレ……。ハッ!? ひらめいた!)


 明晰な頭脳が正答を導き出す。下着の色を答えたくなければ、それそのものの存在をなかったことにすればいい。そう、つまり、


「普段の行動から考察するに、()いてな――」

「誰がノーパン痴女よ!?」


 ごすっ。

 ツェルペティータの投げたバールのようなものが、クロトの頭に直撃した。彼女はさらに顔を真っ赤にして詰め寄って、襟首をつかんでぶるんぶるんと揺らし、


「まったくもう! こういうのって、『赤かな……(照れ)⇒ざんねーん。はずれ⇒じゃあ答えを見せてみろよ(壁ドン)⇒やだ……強引な会長も素敵(ドキドキ)』みたいな展開になって(しか)るべきじゃないの!? おかしいわ! 会長殿ってば、ぜったいおかしいわ!?」

「おかしいのはお前の脳みそだよ!? なんだよその妄想! 超展開すぎるわ!!!!」

「何を言っているの、会長殿!? こないだ読んだ少女漫画ではそう描いてたわ! いたって普通の、人間の女の子の思考でしょう!?」

「少女漫画と現実を一緒にしてんじゃねえ!!」


 副会長殿(ツェルペティータ)は、魔族の領域からはるばる人間の世界へ留学にいらっしゃっているので、人間の常識に(うと)くてあらせられるのである。

 ともあれ、ぷくーっとほほを膨らませたツェルペティータは、ごほんと咳払い。


「というわけで、もう一度聞くわ。ねえ、会長殿。わたしの今日のパンティって何色だと――」

「ちょっと待て!? これ、答えないと終わらないやつなのか!?」

「当たり前じゃないの! やり直させるわ、正答が出るまで何度でも! わお、すごい。わたしってばすごく優しい!!」

「そんな優しさは、パンティの紐と一緒に焼却炉に投げ捨ててくれ!!!」


 クロトが絶望したそのときだった。


「なななな、何を言ってるんですか、副会長!」


 大声を上げたのは、ちょうどドアをあけ放って入室してきた少女だった。金髪碧眼。真面目を絵にしたような顔立ちの女子生徒で、名をアリアという。生徒会での役職は書記。

 アリアの批難は至極当然のものだったが、ツェルペティータはアリアをちらっとだけ横目で一瞥すると、あっちにいきなさいとでも言いたげにひらひらと手を振り、


「わたしは会長殿に聞いているのよ。生徒会の存亡にかかわる重要事項なの。邪魔しないでちょうだい」

「挟みますよ! なんでパンティの色が生徒会の存亡にかかわるんですか! わたしの目が黒いうちは生徒会でのいかがわしいことは許しません! ――成敗っ!!」


「げぶぅっ!?」


 ぱりーん。

 アリアのヤクザキックによって、ツェルペティータは生徒会室の窓を破っていつも通り、強制排出(リジェクト)され、クロトは天井を仰ぎ見た。。

 いつも通りの光景。そう、いつも通りの……何の変哲もない日常だった。


()()()()も鼻の下を伸ばさないでください! 風紀が乱れています!」


 アリアがぷんすかと怒ってクロトの頬っぺたをつねる。ぎゅーっとつねる。手加減抜きなのでめっちゃ痛かった。


 おかしい。いままでのやりとりのどこに鼻を伸ばす余地があったというのか。

 問いただしてやりたい気分になったが、そこには口をつぐんでおく。生徒会長は学習能力が高いのである。反論してもロクな目にあわないと理解しているのだ。無駄な労力を消費したりしないのである。

 ちなみにお兄さんと呼ばれているが、アリアとクロトには血縁関係はない。昔、近所に住んでたお兄さんくらいの意味である。


 そんなことよりも、


「アリア? 非常に言いにくいんだが……」

「なんですか? お兄さん」


 不満げに頬を膨らませるアリアから目を反らしながら、クロトはそれ(・・)を指さした。


「パンツ見えてる」

「ひゃ!? 見ないでください!」


 悲鳴とともに背を向け、ヤクザキックをしたときにめくれたスカートを押さえるアリア。

 ここで「お前のパンツなんて見飽きてるからどうでもいい」などとは言ってはいけない。代わりに、クロトは次に起こるであろう惨事に備えて、黙々と生徒会室の備品を避難させ始めた。


 聖アリシア記念学園の歴史ある生徒会室にはたくさんの貴重品が存在するのだ。壁にかけられた名剣。ガラス製のトロフィー。机上(きじょう)の書類。会計が授業で作ったお菓子。さらには、魔道パソコンに、魔道プリンターといった魔導機器も。

 ひととおり避難させ終わったあたりで、服のど真ん中に靴の(くつのあと)をつけたツェルペティータがそろりと扉を開けて戻ってくるのが見えた。


「でも、でも。お兄さんが見たいと言うならわたしは……」


 ひとりごとを言いながら、くねくねと体をひねりながら顔を赤くするアリア。そのアリアの背後にひっそりと近づき、腰をがっちりと掴むツェルペティータ。


「ひゃん、お兄さん!? そんな大胆な! お気持ちはうれしいのですが、そういうことは時間と場所をわきまえて――」


 背後にいるのがクロトだと勘違いしたアリアは、顔を赤くして、無防備なまま、ツェルペティータのなすがままに、


「だらっしゃあああ!!!」


 すどぉぉぉん!

 見事なジャーマンスープレックス。


「ぐふぉぁ……っ!」


 顔面から生徒会室の木製の床にめり込むアリア。

 ピーンと背筋を立てて床から生えるその姿はまさにスケキヨ。生徒会に突如として現れた前衛芸術(ぜんえいげいじゅつ)であった。

 その出来(でき)を評するなら『ここ一週間。15回ほど見せられたなかで、もっともエレガントで味わい深く、とてもバランスがよい』とでも言うべきか。

 クロトはまたしても目を反らしながら、誇らしげにスープレックスの体勢を維持しているツェルペティータに声をかけた。


「えーと……。副会長?」

「なーに? 会長」

「パンツ見えてる。アリアのも合わせてダブルパンツ」

「ふふん。これは見せているのよ。エロいでしょう? うれしいでしょう? 興奮したでしょう? 襲い掛かってきてもいいのよ?」


 かつて、これほど嬉しくないパンチラがあっただろうか。いやない。ちなみにツェルペティータの下着は想像通り赤だった。


「お兄さん! ちょっとはこっちの心配もしてくださいよ!?」


 ツェルペティータがスープレックスを解くと、アリアがずぼっと床から顔を引き抜き、机を叩いて抗議の声をあげてくる。

 ノーダメージである。ゴリラでも脳震盪を起こしてそうなものだが、さすが全校生徒から『脳みそが筋肉で出来ている』と揶揄されてるだけはあるな、とクロトは思った。


「生徒会予算の残額の心配ならしてるぞ。予算がもう残り少ないんだから、その床は自分たちで直しとけよ」

「ええ、ええ。会長殿の言うとおりね。書記、ちゃんと直しておきなさい――ぐふぉぁっ!?」


 ツェルペティータのドヤっとした得意げな顔に、アリアのコークスクリューブローがめりこみ、キリキリと空中を回転して……ガラス製のテーブルに激突し、がっしゃああん! と盛大に割り砕いた。お菓子を避難させておいて本当によかったな、ってクロトは思った。

 必殺のブローを放った張本人のほうは、大げさに口を押さえて「まあ、大変」と言いながら、


「ああ。なぜか(・・・)急にテーブルが割れてしまいました。掃除をしないといけませんね。副会長、提案があるのですが……。わたしがガラスのテーブルを片付ける。あなたはみじめに這いつくばって床を直す、というのでいかがでしょう。我ながら素晴らしい提案だと思うのですが」

「ふ、ふふふ……。そうね。書記にしてはいい提案ね。でも、ああ。困ってしまったわ。床を綺麗にするにしても雑巾がないじゃないの。そういえば、書記の匂いってば牛乳を拭いて一週間経った雑巾(ぞうきん)に似てる」

「副会長ってば面白いことを言いますね。ふふふ……」

「そうでしょうとも。ふふふ……」


 ふしゃーっと互いに臨戦態勢。

 たぶんだけど、虎のオリに入ったならたぶんこういう気分になれるんだろうな、と思ってクロトは天井を仰いだ。


「――ふたりに聞きたいんだが」

「なーに? 会長殿」

「なんでしょう? お兄さん」


 この2人、実は仲がいいんではなかろうか。

 息をぴったりあわせて振り向いてきた少女たちに、クロトは尋ねた。


「もう少し仲良くできないのか?」


 クロトの質問に、これまた二人は揃ってきょとんとした表情を浮かべた。


「会長殿。ヒステリックでオールドミスな音楽教師でも、もちっとマシなジョークを言うわよ?」

「無理です。神様が『汝、隣人を愛せ』と直接言ってきてもありえないです」


(まあ、当たり前か)


 またまた揃って即答する2人に対してクロトは嘆息し、それを見たツェルペティータが()ねた子供のように唇を尖らせた。


「会長殿? わたしたちの間を取り持とうとするあなたの心遣いはとっても素敵よ。でもね、会長殿はもっともっとわたしのことを深く理解すべきではないかしら?」


 そして腰に手を当てて言う。


「例えばね、神とかいうアホが現れて『君の友達になってあげよう』なんて言ってきたら、そういうアホを『なんぼのもんじゃい』とどつき倒すのがわたしなの」

「お兄さん。魔王ってゴキブリと似てると思いませんか? 邪悪すぎて、息をしているだけで生存を許せなくなるというか」


 ――そう、彼女たちが仲良くできないのは当たり前なのだ。


 生徒会副会長。ツェルペティータ・マグニヴ・ラヴラ。3年生。魔王。

 生徒会書記。アリア・ウルトー。2年生。聖女。

 この、水と油のような存在が、共に同じ場所にいて激突しないことなどありえないのだから。というか。


「……前から聞きたかったんだが、どうして2人はわざわざ生徒会室で殺し合いを始めようとするんだ?」

「ふ、わかりきったことを聞くのね」


 クロトが尋ねると、ツェルペティータは長い髪をかきあげながら「ええ」とうなずいた。そしてふんぞり返りながらブイっとピースサイン。


「学園の校則ではケンカは両成敗じゃない? でもね、この生徒会棟は学園OB会の私有地で、学園からは独立しているの。 つまり、ここは校則の及ばぬ治外法権! なのでなんと! ここでやりあうぶんには問題なしというわけなのよ!」


 この魔王はなんで変なところで校則(ルール)を守ろうとするのか。

 それを聞いたアリアが金色の髪を掻きあげ、「なんと愚かなことを」とバカにしたような笑みを浮かべた。


「魔王ともあろうものが飼いならされたようなことをのたまうのですね。いいですか。聖女が魔王を殺す行為は普遍的な正義! 校則など正義の前には塵芥(ちりあくた)にも等しい! そう! お兄さんにカッコいい姿をみせたいので、あえて生徒会室で戦おうとしているわけでは、決してないのです!」


 こっちの聖女はなんで無駄に校則(ルール)を破ろうとするのか。

 クロトは窓から空を見た。


「どうして、この世界に生徒会室なんてもんがあるんだろうなぁ……」


 生徒会室さえなければ、異なる学年のこの2人がしょっちゅう顔を合わすこともないのに。

 普段であれば、このあたりで思考能力を停止させて流れに身を任せるところだが……今日はそうは言ってはいられない事情があった。


「お三方、現実逃避しないでください!」


 終わることのない争いを仲裁しようと、バンバンと机を叩いたのは勇気ある会計の少女だった。

 名をルルフェット・ウィノアという。アリアと同じく2年生。普段はおっとりとした少女だが、さすがに今日だけはその表情が険しい。


「現実逃避してないで外を見てください! 外を!」


 言われてもう一度、クロトは外を見る。

 小鳥たちがさえずるのは太陽がまぶしい青空。地平線さえ見えそうな広大な緑の草原。すぐ近くの小川の美しい清流には、見たことのない小魚たちが流れに逆らうようにして気持ちよさそうに泳ぎ、チョロチョロとしたせせらぎの音は、日頃の喧々(けんけん)した日常に疲れた現代っ子をいやしてくれる。

 さらには500年前に滅びたはずの強力なモンスター、暗黒龍(ダークドラゴン)たちがダース単位で、生徒会室に向けて夏の日差しよりも暖かい炎のブレスを吐きかけ――


「『生徒会室がある』んじゃないです。『生徒会室しかない』んですよ!?」


 本日は晴天なり。

 

 深い森の中にぽつんと建った生徒会棟。

 クロトたちは……いままさに、知らない土地を漂流していた。

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