【REGULATION】《29話》「やーめたっ」
俺達の乗った宇宙船は、離陸後凄まじい速度で上昇し、言葉の通り、あっという間に宇宙空間に出た。
──静かだ…。
これだけの速度が出ているにも関わらず、不思議と船内に揺れや振動は無く、背景だけが入れ替わる。それはまるで、プラネタリウムでも観ているのかと錯覚させる程のものだった。
「──大気圏ヲ抜ケマシタ。機体異常ナシ。航路安定シテイマス。次ノワームホールマデ二分十五秒」
静かな船内に、機械ボイスが響く。
「これが…宇宙…。これが外から見た、地球…」
御上は、武者震いとでも言うのだろうか、興奮のあまり、声も体も小刻みに震えていた。
「──初歩的な疑問かも知れねぇけどさ、体とか浮いたりはしないんだな…」
「……」
俺の声は、今の御上には届かない様だ。
「──おい!おっちゃん見てみろよ!あれだ!あれ!」
御上は慌てた様子で、俺の肩を叩いた。
「どうした?ん?どれだよ…」
「あれだよ!間違いない!こないだ行ってたワームホール!」
御上の指差す方角に目線を向けると、そこには螺旋状に円を描く、巨大な穴の様な何かがあった。
「あれが…ワームホール」
ワームホールの周りは空間が歪んで見える。
『ピンッ!』
船内にチャイムの様な音が鳴る。
「──ワームホール侵入許可オリマシタ。突入体勢二移行シマス。ワームホール突入マデ十、九、八…」
宇宙船の周りを囲んでいた、土星の様なリングが高速で回転し始める。
「──三、二、一…」
俺達を乗せた宇宙船は、そのままワームホールと呼ばれる、大きな穴の中に入った。
「綺麗だ…」
ワームホールの中は、色彩が乱舞する、煌めく万華鏡の中に入ったかの様な空間であると同時に、無機的な空間をも感じさせる、何とも言い難い、これまで味わった事のない不思議空間だった。
「──ワームホール突入完了。機体異常ナシ。航路安定シテイマス。ワームホール出口マデ八分三十三秒」
「──よし。総員、その場で聞いてくれ」
ラグドールが口を開いた。
「緊急任務、ビトニュクス隊長の救出を終えた今、我々は当初の任務〝Wグループ〟の解明に務めたいところだが…その前に…」
ラグドールは俺と御上を見た。
「──見ての通り、彼らはネム星人だ」
船内がざわついた。
「副長…他の知的生命体との接触は…」
「そうだ…。しかし、今回は事情が事情なだけに、特例とするそうだ」
「その事情とは…?」
ラグドールは目を瞑り、ゆっくりと開いた。
「──エクリプスだ」
「エクリプス!?エクリプスって…あの、エクリプスでしょうか!?」
「──秘密結社、暗殺部隊、過激派武装集団…今では、様々な呼ばれ方をしている。一部では、ダークヒーローと崇拝する者まで現れる始末になっているが、未だかつて有力な手掛かりを掴めていない…」
「──では、本当にあのエクリプスなのですね…」
「──彼らとは一旦何の関係が!?」
ラグドールと目が合うと、軽く頷いた。
「──お、俺達…じゃなくて、この子の父親がエクリプスに攫われたんです…。でも!連れて行かれる前までは、何か、こう…大切な話をしていたみたいなんだ。だからこの子の父親を助けて、話を聞ければ、エクリプスについて何か分かるかも知れない…」
船内の乗組員達は目を見開き、愕然としていた。
「──ん?」
「エクリプスの事も大事だが、見ての通り、彼らは我々と同じ言語を使っている…。勿論これは、隊長が覚え込ませた物ではない。元からだそうだ」
「そんな事が…」
「エクリプスの件、そして惑星ネムの謎…この二つの事柄は、我々にとってあまりにも大きすぎる。従ってこの件は、本部に報告したのち指示を待つ運びと…」
「やっぱり、やーめたっ」
「──!?」
船内のシリアスな空気を吹き飛ばすかの様に、気の抜けた声が木霊する。
「──はい?」
「はい?じゃないわよ。やっぱり辞めたの」
そこにはサンタのコスプレを脱ぎ、初めて会った時の様に、制服に着替えたルティナの姿があった。
「隊長…辞めた…とは一体…」
「作戦変更よ。追うわよ。私達で」
「──!?ビトニュクス隊長!それはいくらなんでも無茶です!相手はあのエクリプス…本部に報告が最優先です!!」
「奴らの行き先は、今なら手に取るように分かるのよ…。私の仕掛けたチップだって、奴らがいつ気が付くか分からないでしょ」
「──しかし!それは罠の可能性だって…」
「ラグドール…。私は相談をしていんじゃないの。行けるか、行けないかを聞いているの」
──アイツ…。相変わらず無茶苦茶だ…。
「はぁー…。分かりました」
ルティナは帽子を深く被った。
「──行くわよ」
「総員!目標変更!当初の目標、〝Wグループ〟の解明改め、〝エクリプス〟の身柄拘束、及びネム星人救出を最優先とする!」
ラグドールの号令で、再び船内がざわついた。
「流石、隊長…そうこなくっちゃな」
「全く…気まぐれなお方だ」
乗組員達が慌てる中、俺達の近くに立っている、ベンガル、シャムは落ち着いている様子だった。
──コイツら二人は、確か俺の家にも来ていた…よな?他の乗組員とは違がって、特別何かをする訳でもなく立っている所を見ると、副長と呼ばれるラグドールと同じく、何か階級を持った人達なのだろうか?
「隊長…追跡チップの情報を…」
「──ん」
ルティナは、ラグドールに何かを渡した。
「──間モ無ク出口デス。ワームホール脱出マデ十、九、八…」
「ワームホールを出次第、すぐに奴らの位置を捉えろ」
ラグドールは、ルティナから受け取った何かを、操縦席にいる乗組員に渡した。
「──三、二、一…」
宇宙船は、ワームホールに入る際と同様、球体を囲むリングが高速で回転し、そのまま螺旋状の穴の中心から外に出た。
「──ワームホール脱出完了。機体異常ナシ。航路安定シテイマス。目的地マデ二十八分八秒…」
「──目標の位置を捉えました!目的地変更します!」
「──目的地変更。目標ヲ追跡シマス」
「やっぱり…。まだ気が付いていない」
ルティナは口角を上げた。
「奴らのアジトを突き止めるまで、泳がせるわよ」
「隊長…諄い様ですが、本部に報告は…」
「──しない」
「……では、せめて援軍要請だけでも…仮にエクリプスのアジトに乗り込む事となれば、相手の規模も戦力も全くの未知数です。この人数では…」
「……」
「隊長…」
ムッとしたルティナに対し、ラグドールは宥める様に声を掛ける。
「──援軍要請は五等星だけにして」
「御意」
ラグドールは操縦席の方へと向かった。
「ベンガル!」
「はい」
ルティナは、初対面で俺の顔面に打ち込んできた大きな槍を、クルクルと回していた。
しかし、その槍は良く見るとあの時とは形状が異なり、先端が刃では無く、丸みを帯びていた。
「──ちょっと付き合って」
ベンガルは長い八重歯を出して、ニヤリと笑った。




