【REGULATION】《26話》「Bスピーク」
「──はい。これを付けて。」
ルティナは見た事のない、チップの様なものをテーブルの上に置いた。その見た目は、黒く、正方形でとても小さく、真ん中が円形に切り抜かれている。
「何だこれ?」
「これは…そうね、貴方でも分かる様に言うのであれば、隠密連絡装置…いや、脳内接続…んー、〝テレパシー〟って言えば分かるかしら」
「テレパシーなら分かるぜ。相手に喋んなくても伝わるやつだろ?」
「そうね、それがこれなの。ここじゃ人目も多いから、ここではこれで会話しましょう。付ける場所は、顔の付近なら何処でもいいわ。でも、あまり目立つのも良くないから、首の後ろか、顎の下とかが良いわね。はい、御上君も付けて」
俺は恐る恐る、ルティナから渡されたチップを、うなじに貼り付けた。
『──聞こえる?』
『──!?』
脳の中に直接ルティナの声が響いた。
『き、聞こえます!』
続いて御上の声も響く。
『すげーな…。って事はこれも聞こえてるって事だよな?』
『えぇ、準備完了ね。あ、言い忘れてたけど、この装置の通信可能範囲は、精々半径二十メートルが限界だから、離れすぎない様にね』
『了解』
『──やっぱり…』
ルティナの声が響く。
『どうした?』
『さっき向かわせた盗聴用トークン…もうとっくに到着している筈なのに、何も聞こえない。恐らく彼らも、私達と同じ方法で会話しているわ』
『じゃあ、せっかく尾行して来たのに、無駄足だったって事か?』
『いいえ、彼らの電波を強制的にキャッチするわ。少し待って』
ルティナは下を向き、手元で何かをし始めた。
『……』
「いやーどうもどうも!!」
「──!?」
突然、幸助が話しかけて来た。
「改めまして、どうもこんにちわ。そしていらっしゃいませ…からの初めまして。きょーすけの大親友、眞武幸助と申します。」
「は、はぁ…」
ルティナは困惑していた。
『おい!幸助…決まったら呼ぶって言っただろうが…』
『馬鹿!!それテレパシーになってるわよ!』
『──しまった…』
「ん?」
幸助は不思議そうに首を傾げた。
「あ、いやなんでもねぇ…。で、何のようだ?」
「いやー、かれこれ二十分以上経つから、そろそろ注文しないのかなーって思ってよぉ?」
「──あ…、そ、そうだな。とりあえず俺は…」
『やばいぞ!何か頼まないと怪しまれる』
『私はやめておくわ。周りを見た限り、私には合わなそう…』
『じゃあ…おっちゃん、俺坦々麺が良い』
「──あ、じゃあ…坦々麺を三つで」
「了解!どうする?もう一人まだ帰って来てないみたいだけど、帰って来てから持って来ようか?」
「あ、いやいいよ。出来たら持ってきてくれ」
「承知!ではでは、少々お待ちくださーい」
幸助はルティナに、満面の笑みを残して去っていった。
「ふー…」
『私はいらないって』
『三人で来て、注文が二つだと怪しまれるだろ。あと、少し食ってみな。美味いから』
『出来た。これで繋がる筈…』
ルティナは目線を上げた。
『──でより、出荷数を増やして頂きたい…』
『──それは不可能だ』
見知らぬ声が、頭の中で会話をしている。
『誰の声だ?』
『しー、彼らの声よ』
『……』
『何も喋らなくなったぞ?』
『静かにして!』
『──拙者が何故、わざわざこの星に出向いたか、貴公にはお分かり頂けますか?』
『──それは、今この場に必要な質問なのか?雑談をしている暇は無い』
暫し沈黙の時間が過ぎる。
『──やはり貴様。謀ったな』
『──なんだと!?』
『グシャッ!!ピー…』
何かが潰れた音がした。
「まずいっ!!バレたわっ!!」
ルティナは御上会長とエクリプスが居る、後方へと振り返る。
それと同時に俺も立ち上がり、彼らの座っている席を確認した。
「──居ない!?」
『あっち!あっちだって!窓ガラス!!』
御上は慌てた様子で声を張った。
『あっちって言われても、こっちはお前の姿が見えねぇん…!?』
高さ三メートルはある、大きなガラスが並ぶ窓際。俺はその中に、一枚だけ派手に割れたガラスがある事に気が付いた。
「──あそこか!!」
「逃がさない!!」
ルティナは割れた窓ガラスの方へと、矢のような速さで向かい、空いた穴から外に出た。
『おい!お前!…ルティナ!…ルティナ!』
『……』
『おっちゃん!父さんが連れて行かれた!』
「──キャー!!ここ窓ガラスが割れてるわよ!」
「──おい!どうなってんだ!?」
店内にいる他の客が、窓ガラスが割れている事に気が付き、騒ぎ始めた。
『御上、俺達じゃルティナには追いつけない…』
『父さんが…!!』
『分かってる。とりあえず…ここに居ると色々まずい。今すぐ出るぞ』
俺と御上は入り口へ走った。
「おいおいおーい!きょーすけ何処いくんだよ!」
入り口に立っていた幸助は、二度見をし、驚いた様子で声をかけて来た。
「すまん!急用思い出した!てか、それより店内が大変な事になってんぞ!」
「大変な事…?」
「またいつかくるわ!」
「はい???」
幸助には悪いが、弁解する暇も、説明する暇も無かった俺達は、言葉の通り全てを放置したままホテルを後にし、一旦俺の家へと向かった。
──
──
「ルティナは、俺達の居場所を特定する事が出来るみたいなんだ。とりあえず俺達はここで待機しよう」
『うん…』
御上は浮かない顔だった。
「心配すんなって。会長は大丈夫だ。見た感じ、エクリプスと仲間って感じでも無かったし、今だって、きっと何かの手違いがあったんだよ」
「でも…あのすっげー気持ち悪くて、やばそうなやつ…おっちゃんも見ただろ?」
「気持ち悪くてやばそうなやつ…?」
──そうだ…。エクリプスの奴は、そもそもいつの間にあそこから逃げた?俺とルティナは気が付いてからすぐに座席を確認した筈だ。あの間は、ほんの一瞬だった筈だし、何ならガラスが割れる音すら聞こえなかったぞ…。
「そっか…やっぱりおっちゃん達は見えてなかったんだな」
「やっぱりって…御上は何か見えてたのか!?」
「うん…あの時、ルティナさんが気が付いたタイミングで、俺も振り返ったんだ。そしたらエクリプスの奴が、手から黒い玉みたいな物を出して、時間を止めたんだ…」
「時間を止めた!?」
「そう。エクリプスが黒い玉を出した途端、辺りが薄暗くなって、急に周りの客の動きが止まったんだ…。信じられないけど、あれは間違いなく時間停止だった…。時間が止まってる間は、ほんの五秒程度だったけど、その間にエクリプスの奴は、気持ち悪くてヤバそうな奴を出して、父さんを片手に窓ガラスを割って外に出たんだ」
「なるほどな。それで俺達から見ればエクリプスの奴が一瞬で居なくなった様に見えたんだ…。でも、それならそれで何で御上だけ時間が止まらなかったんだ?」
「それは多分、このルティナさんのトークンに守られてたんだと思う。原理は分かんないけどね…」
御上は、隣に佇むトークンの頭に手を乗せた。
「──時間停止か…。大丈夫かよ、アイツ…」
窓ガラスの割れた小さな部屋に、冷たい風が入り込んだ。