【REGULATION】《23話》「eclipse」
「ほぇー…本当にそんな酷い傷も治せるんだな」
ルティナはベットの上でトークンを使い、額の深く切れた傷と潰れた目を治していた。
「見ないでよ、えっち…」
「へいへい…」
俺と御上は後ろを向いた。
「なぁ、おっちゃん…あれってエロい事なのか?なんかそう言われると、そんな気もしてきた様な…」
「その歳で特殊な属性を開花させんじゃねぇーよ」
黒いフードの何者かによる、襲撃を受けた俺の部屋。カーテンは破れ、ベランダへ繋がるガラス扉は粉砕。部屋の中には、至る所に物が散乱している。まるでここは廃墟マンションの一室の様だった。
「ところでさ、さっきの奴は一体何なんだ?」
俺はルティナに背を向けたまま質問した。
「その話は長くなるわ。場所を変えましょう。ここは危険だわ」
「ここが危ねぇのは分かるけど、場所を変えましょう…っつてもな…」
「あ、それならうちに来る?」
御上が口を開く。
「あ、え?…そりゃ良いアイデアだけど、良いのか?お前の家は」
「おう!どうせ誰も居ないし」
「そうだったな!よし!そんじゃそれで決まり…」
「駄目よ…」
「「え!?」」
俺と御上は声を揃えた。
「御上君とはここで別れましょう。一般人を巻き込む訳にはいかないわ」
「俺も一般人なんですけどー…」
俺は小声で呟く。
「何でだよ!ルティナさん!俺は平気だって!」
ルティナは治療を終えたのか、ベットから降りる音がした。
「さっきの見たでしょ?万が一私達の行動が筒抜けだとしたら、私達が御上君のお家に行く事で、御上君のお家も、そして御上君自身も危険に晒される事になるのよ?」
ルティナは背を向けていた、俺と御上の間から顔を出した。
「俺は別に…」
「確かにコイツの言う通りだ。御上…お前の家はまた今度にしようぜ」
「……」
「でもさ、このタイミングで御上を一人にするのも違くねぇか?少なくともさっきの奴には、御上は顔見られてんだ」
「それもそうね…困ったわ」
御上はこれでもかと顔を上下させ、頷いている。
「あ…」
御上は何かを思い付いた様だ。
「じゃあ、ネカフェがいんじゃね?」
「あー、あそこのネカフェな…確かにあそこなら人も居るし、寝る場所も確保出来そうだけど…」
「だろ?」
「んー、あ、いややっぱ駄目だ…。人目が多いと今後の作戦会議も出来ねぇ。何よりこの宇宙人さんが一緒に居る限り、もしもの時を考えて、なるべく人に接触しない所が良いだろうな」
「んー…だったら、やっぱり俺の家が…」
「ホテル行くか…」
「──ホ、ホ、ホテルぅぅう!?」
──
──
──
『ポリッ』
ルティナは一本のポッキーを齧る。
俺達は近くのビジネスホテルに来ていた。
「間違い…。奴らは過激派武装集団、
通称〝エクリプス〟」
「エ、エクリプス…?」
俺と御上は息を呑んだ。
「そう。数々の事件に暗躍している、秘密機関の一つよ。奴らは我々リプト星において、最も謎多き組織と言っても過言ではないわ。普段は何かの後ろに隠れ、表に出る事は滅多にない。それ故に正体は勿論、組織の規模、目的すら分かっていないの」
「……」
ルティナは目を伏せた。
「……え?」
「え?」
「──短っ!?え?は?嘘でしょ?」
俺と御上はお菓子を片手に、まるで映画を観る前の子供かの様に準備をして居た。
「──何?」
「何って…お前!この話は長くなるとかなんとか言ってたじゃねぇか!こっちはちょっとワクワクしてたんだぞ!」
「言ったかしら?そんな事…」
「言ったわ!見てみろ、シリアスなBGMも消えちまったじゃねぇか!!」
「えー!ルティナさん、なんかこうもっと、特徴とか、トレードマークとかないんすか!?」
「そうね…トレードマーク…強いて言うなら、さっきの奴が着てた、黒いフードの付いたコート…かしら。噂ではエクリプスの連中は、全員揃って纏っているみたいよ」
「そうそう!そう言うのが聞きたかったんだよ!他には他には?」
「違法に改造されたトークンに、並外れた戦闘力…奴らが関与した一件で失敗した事は、過去一度無いとか…」
「めちゃくちゃやべーじゃん…。狙った獲物は逃さない的な…」
「え、え、でもおかしくないっすか!?ルティナさん!じゃあ何で、そんな何も分からない様な組織の存在が分かったんすか?」
御上は俺の言葉に被せた。
「過去にね、エクリプスに仕事を依頼した人間の、身柄を確保した事があるの。勿論、その当時は奴らの存在なんて、誰も知らなかったわ。だから、偶々別件で追っていた人間の口から、偶然知った状態だった」
ルティナは新しいポッキーを手に取る。
「でも、その時エクリプスについて分かったのは、ほんの僅かだったの…。」
「僅か…?じゃあ、やっぱり依頼主でも、ほとんど知らない感じだったんだな…」
ルティナは首を横に振った。
「いいえ。死んだのよ…。取り調べ中に」
「死んだ!?」
「そう。正確には殺された…かしら。私達も驚いたわ。急に苦しみだしたかと思えば、次の瞬間…バンっ」
「──!?」
ルティナはポッキーを折る。
「破裂したの。木っ端微塵だったわ。再生が不可能な程に。あれが仮に自殺であれば、もっと早い段階で実行していた筈…。少なくともエクリプスの存在を仄めかして居た所を見ると、あれは本人の意図せぬ出来事だった。つまり他殺…。恐らく奴らに口封じの為、殺されたのでしょうね。手際も良ければ、後処理も完璧だわ」
「お、おぅ…マジでやばそうな奴らだな…。てか、何でそんなイカれた連中にお前が狙われてんだ?何か反感買う事でもやったのかよ」
「それはこっちが聞きたいわ…。確かに、私が特殊警察だからって事はあるでしょうけど、それだけの理由で、わざわざこの惑星ネムまで追って来たりするかしら…。」
「知らないうちに、奴らの尾を踏んじまったんじゃねぇか?」
「可能性としてはゼロではないわね…。ま、それはそれで、向こうから出向いてくれるのなら、こちらとしては願ってもいない事だわ」
「…でも、なんでルティナさんがこの星に来てるの分かったんしょーね…。家までバレてるし…。ルティナさんは、エクリプスを追って来た訳じゃないんすよね?」
「そう。そこが引っかかるわね。御上君の言う通り、今回私が追っていたのは、エクリプスとはまた別の組織。この星に無断で出入りし、出所不明のエネルギーや資金を元手に、急激な発展を遂げた企業グループ、通称〝Wグループ〟を追って来たの…」
ルティナはハッとした。
「?」
「でももし…もしも仮に、今回のWグループの一件に、エクリプスが絡んでいるとすれば…今回の調査、思ってたよりもずっと大変かも知れないわ…」
──
──
「てゆーか、この部屋狭いよなっ。ベットも二つしかないしー」
「ツインルームだから仕方ねぇだろ。いーよ、俺は明日休みだし、ここで寝るから、お前らベット使いなっ」
俺は一人掛けのソファに腰掛けた。
「あら、優しいのね」
「既にベットインしている奴のセリフかよ」
「そう言えば、おっちゃんって仕事何してんの?」
「俺の仕事?あー俗に言う、ホテルマンだな」
「ホテルマン!?え…どこのホテル?」
御上はやけに食いついて来た。
「どこのホテルって…家の近くにあったろ。凡河内ホテルって所だよ…」
「ぷっ!!それ俺の父さんの会社じゃんっ」
「──は?」
「いや、それはマジで草!!おっちゃん父さんの会社で働いてんのか!」
「…いや、ちょっと待て!まさかお前の苗字!〝みかみ〟って〝おかみ〟って書く方の御上なのか!?」
御上はベットを叩いて笑っていた。
「ギャハハっ…そうだけど?」
「──えぇぇぇぇ!!!???」
──御上会長が父さんだったのー!!?
そう。御上…元い、御上君の父親は俺の働く〝凡河内ホテル〟の会長であり、その他にもビジネスホテルやネットカフェ、旅館など、手広く事業を展開している、やり手中のやり手だ。
そんなビジネス戦闘力マックスの父親がいるとも知らずに、俺は息子の御上にカッコつけて、社会だの、人生だのとアドバイスしてしまった。
一体御上は、あの時どんな気持ちで聞いてくれていたのだろう…。
めちゃくちゃダサいじゃん…。俺…。
──【…発まであと一日】──