【REGULATION】《19話》「ワームホール」
「御上、お前…」
「そ、そうね…。御上君の言う通り光の速度、すなわち〝光速〟を超える事は不可能。ま、これに関してはある種、この宇宙の絶対的ルールみたいな物だから仕方がないわ。それより、ワームホールの存在を認知していたのには驚いたわ…。確かに私達は、ワームホールを通ってこの星までやって来たの。ただ、厳密に言えばワームホールを〝作って〟来た訳じゃなくて〝そこにあった〟から利用しているだけなの」
「え、じゃあルティナさん達でもワームホールは作れないんすか?」
「えぇ。今の所は…。化学者達による研究は続いているものの、未だ満足のいく成果は出せていないのが現状だわ」
「おいおいおいおい…。ちょっと待ってくれ。何ニ人で異次元の話をしてんだよ!全くついて行けねぇじゃねーか!」
俺は突然始まったニ人の会話に入る事が出来ず、まさに蚊帳の外だった。
「あ、え?おっちゃん宇宙の事、全然知らない感じ?ごめんごめん。おっちゃん、ネカフェでも宇宙人について調べてたし、なんなら宇宙人?と一緒に住んでるから、てっきり宇宙についてある程度は知識あるかと思ってたわ」
「いや、だからコイツと会ったのは一昨日だし、この家に勝手にやって来たのは、昨日なんだよ」
「なるほど。それで困惑したおっちゃんは、宇宙人について調べてたって訳か…」
「ま、そう言う事だな。…つか御上、お前!何でそんなに詳しいんだ!?あん時、俺が調べてたの馬鹿にしてただろ!」
「ははっ。そうだった、あれはマジでごめん。実は俺、元々小さい頃から、宇宙にすっげぇ興味あったんだ。でも少しずつ大きくなるに連れて、周りと話が合わなくなってきてさ、それで俺の中では封印してたんだ」
「ふーん」
「んで、そんな時、いきなり見ない顔のおっちゃんが現れて、宇宙人について調べてたから気になってたって訳」
「気になってたなら普通に話しかけて来いよな。俺だっから良かったけど、さっきみたいに最近はイカれた大人も多いから気をつけろよ」
「だな」
「ところでさっき言ってた〝ワームホール〟ってなんなんだ?」
俺の質問に対し、御上は水を得た魚の如く、目を見開き、前のめりになる。
「ワームホールって…」
「ワームホールは…」
ルティナと御上の声が揃う。
「ごめんなさい…いいわ。御上君、説明してみて」
「はい!あ…じゃあ、おっちゃん紙とペンとかある?」
「紙とペン?」
俺はテレビ台の下から、広告の裏紙とボールペンを取り出し、御上に渡した。
「ほい」
「サンキュー。じゃちょっと待ってな」
そう言って、御上は紙に何かを描き始めた。
「これでよしっと」
御上はこちら紙を見せた。
その紙には、ニつの黒い丸が描かれていた。
「例えば、こっちの黒い丸の所に地球があるとして、こっちの黒い丸の所をルティナさん達がいる星とするじゃん?んで、この間の距離は大凡ニ千光年…。」
「わりぃ。その、ニ千光年って一体どれくらいなんだ?」
「えっとね…距離にするとだろ…ちょっと待ってな…」
御上の先程までの勢いは失速し、突然オロオロとし始めた。
それを見たルティナが口を開く。
「光年。それは光が一年間掛けて進む距離。ここは分かるわよね?」
「お、おう…何となく…」
「御上君、この星で一般的な速い乗り物は何?」
「あ、はい!えっと…新幹線とかかな?」
「その新幹線とやらは時速どのくらいなのかしら?」
「時速は…三百キロとかそのくらいだったはずっす!」
「分かったわ。ありがとう」
ルティナは顔パックを付けた間抜けな顔で、語り始めた。
「一光年を貴方の為に、分かりやすくキロメートルに換算すると、光の速度は時速三十万キロメートル、掛ける事一年間…約九兆五千億キロメートル…」
「九兆!?五千億キロメートル!!?」
「そう。だからニ千光年は、単純に九兆五千億キロメートルに二千を掛けた数学…一京九千兆キロメートルよ」
「いっけい…きゅうせんちょう…」
想像も出来ない程の単位の登場に、頭が付いて来ない…。
しかし、ルティナはそんな俺を置き去りにし、お構いなしと話を続けた。
「貴方でも理解出来る様に、もっと分かりやすく言うのであれば、貴方達にとって速い乗り物、しんかんせん?とやらで向かうとすると、時速三百キロメートルと仮定すれば、一年間で進む距離は大凡二百六十三万キロメートル…」
目眩がして来た。
「一京九千兆キロメートル割る事の一年間で二百六十三万キロメートルをすれば…しんかんせんで私達の星まで辿り着くには、約七十二億年掛かる事になるわ」
「……」
俺は白目向いた。
「七十二億年がイメージ出来ないのであれば…分かったわ。時間換算してあげる。七十二億年を時間に直すと…」
「おっちゃん…!おっちゃん…!ルティナさんもう辞めてあげて!おっちゃん息してない!死んでるよ!」
・・・・・・
「つまり!話を戻すとワームホールって言うのは、この途方も無い程離れた場所にある黒い点と点を、一瞬で移動する事の出来る技術なんだ」
「一瞬で?瞬間移動でもするのか?」
「ちちちっ」
御上は人差し指を自慢げに振った。
「ワームホールは漫画みたいな非現実的な代物じゃないよ。見ててな。この点と点をただ進むだけだったら、さっきルティナさんが説明してくれた通り、桁違いの時間がかかる事になる。じゃあどおするか?」
そう言って御上は黒い点の描かれた紙を、半分に折り曲げ始めた。
「こうするんだ」
半分に折り曲げた紙に、ボールペンを突き刺した。
「ほらね。一瞬で移動出来た」
御上は突き刺したボールペンを抜き、折り曲げた紙を広げて見せた。
確かにボールペン一突きで、二つの黒い点に穴が空いていた。
「んー…何となく理解した様な、してない様な…。要は空間を折り曲げて、最短ルートを作ってそこを通るって事だよな?理屈は分かるけど、そんな事が現実問題出来るのか?」
「ルティナさんがここに居る事が何よりの証拠だよ。ま、さっきは一瞬でって言ったけど、厳密に言えば一瞬で移動出来るのかどうかは分かんないけどな」
「凄い…。ワームホールの説明も、ほぼほぼ正しいわ。御上君、何処でこんな知識学んだの?」
「あ、いや、昔本で読んだだけっす。それで本当にこんなこと出来たら、すげー面白いだろうなぁって思って覚えてたんすよ」
ルティナは顎に手を添えた。
「つまり、この星にもワームホールの存在を認知している者が居るという事よね。この星はレベルIにも満たないと思っていたけど、どうやら私の測り間違えかも知れないわね…」
ようやく、会話に一区切りが付いた。
俺は席を立ち台所へ向かう。
「お前ら何か飲んだり食べたりするか?…」
「ところでルティナさん!」
「ど、どうしたの?」
御上は俺の言葉が耳に届いていない様だ。
前のめりな御上少年に、流石のルティナも困惑気味の様子だ。
何はともあれ、御上を家に連れて来て正解だった。
初めて御上に会った時は顔が、と言うか目が明らかに曇っていた。あれは間違いなく何かを抱えた目…。少なくとも、高校生の目では無かった。
特にアイツには、恩も義理もへったくれも無いが不思議とほっとけず、こうして今に至ると言うわけだ。とは言え、楽しそうで何よりだ。
俺は少し離れた台所からニ人を眺める。
「さっきのレベルIがどうとかって話は何なんすか!?」
「あ、あれはね、この宇宙には文明のレベル分けがされていてね…」
「ロズウェル事件って知ってます!?」
「え、知らない。何それ?」
「何でこの星に来たんすか!?」
「ふふーん♪その質問を待っていたわ。それはね…」
「普段は何食べてるんすか!?」
「え、虫…」
「──虫!!??」
「──虫!!??」