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REGULATION(レギュレーション)  作者: 凸凹天神
15/30

【REGULATION】《15話》「Iam a hotel man」

『──ガチャ』

ロッカーの扉を開き、制服へと着替える。

久しぶりの出勤…。

…ではない。何故か長期間休んで居た様な気がするが、実は暦は一日しか進んでいない。

確かに、一昨日の仕事終わりに彼女に会ってから、色んな事が起きたし、色んな事を知った。

幼い頃の遠足で〝行き〟の道のりより〝帰り〟の道のりの方が、短く早く感じるあの現象と恐らく同じだろう。

何年も同じ毎日を繰り返して居た俺にとって、ここニ日間の情報量は、優にその数百倍はあった。

「あれぇー?これはこれは、きょーすけさんじゃぁないですかぁ」

「黙れ。喋りかけるな」

眞武幸助マタケコウスケ

こいつは同僚であり同期である男。

俺は高校を卒業し、別の会社で働くも上司と揉め、二年足らずで退社。今の会社には二十歳から中途採用と言う形で入社した。

つまり俺には同僚は沢山居ても、同期はほぼ居ないのだ。

そしてこいつは、その数少ない同期の内の一人。

女好きで、〝悩みなんて一切ありません〟と言わんばかりにいつも明るい男だ。

「何だよぉ。冷たいなぁ」

「……」

「なぁ!なぁ!聞いたぜぇ。きょーすけお前…警察のお世話になったんだってぇ?」

「はぁ…。何でお前が知ってんだよ」

「いや!多分もうみんな知ってるぜぇ?昨日食堂で飯食ってたらさ、みんなその話ばっかり!」

──最悪だ。あんな場所で、事情聴取を受けていた所を誰かに見られていたとすれば、この会社での俺の生活に未来は無い…。

「あれは事故だったんだ。それ以上は聞くな。いいな?」

「へいへい。どぉーせ、女っ気が微塵も無いきょーすけの事だ。そんな所だろうと思ってたよぉ」

「女っ気が無いは余計だろ」

俺達は着替えを済ませ、男子ロッカーを出た。

「それでな、こないだの合コンに来てた女が、みんなバリバリ可愛いくてさ!ただ、俺には全く興味なしって感じでよぉー。何で俺って女にモテないんだろ…」

「まずはその〝女性〟を〝女〟って言う所から直してみれば?」

「女…?何でダメなんだよぉ」

「はーい。私もきょんさんに同意しまーす」

背後から会話に割って入って来た、1人の女性。

「さとみちゃんかぁー。えー、何でだよぉ」

本城聡美ホンジョウサトミ

着物を羽織ったこの子は、俺の同僚であり同期であるもう一人だ。彼女の年は俺と幸助のニつ下。

人懐っこく、小動物みたいな容姿から、お客さんからも人気がある子だ。

「おー本城。おはよう」

「おはようございます♪」

そしてこのニ人が、俺の数少ない同期って訳だ。

え?中途採用なのに同期が三人も居るのがおかしいだって?

これは普通の会社なら考え難い事かも知れないが、人の入れ替わりが激しいホテル業界では、そこそこある事なんだ。

「──ん?本城お前何笑ってんだよ。もしかしてあの事…」

「ふふーん♪知ってますよ」

「はぁー。本城…。あれはな、事故なんだ。信じてくれ」

「ふーん。事故ですか…。ふむふむ」

「絶対信じてねぇだろ!」

「あははっ♪それじゃ私は遅刻しちゃうんでお先でし♪」

パタパタと草履の靴音を残し、彼女は小走りで去って行った。

「可愛いよなぁー…さとみちゃん。あ…そうだ。きょーすけ今日暇?終わったら久しぶりに飲み行かねぇ?」

「今日?あー今日は無理だ。予定あるわ」

「つれねぇなぁー、いっつもそれじゃん。どうせパチンコだろ?」

「ちげぇよ。俺は忙しいんだ」

「へいへい。そうですかい…。じゃ、また行こーなぁ。グッパイ青春!!」

「じゃあな」

そう。俺達三人は同じ屋根の下、同じホテル内には居るものの、本城聡美は和食、眞武幸助は中華、そして俺は洋食と、全員配置は異なる。

だから同期で同僚とは言え、いつも一緒にいる訳ではない。

会社の同期と言えば、互いにライバル意識を持ち、我先へと出世争を繰り広げたりするものだが、俺達はそうギスギスはしてはいない。

変に近過ぎない所がまた良いのかも知れない。

長い従業員通路を抜け、俺は職場の裏口へと到着した。

店内とは比べ物にならない程、安っぽくペラペラの扉を開けると、そこには巨大な冷蔵庫や食器、ワイングラスなんかが所狭と並べられたパントリーへと繋がる。

さらにその奥には、シェフ達の声が飛び交う大きな厨房が広がる。

そう。ここが当ホテル一番有名な洋食レストラン〝Le meilleur〟の裏側だ。

表と裏を繋ぐ、コの字型に形成された通路を通り、お客様の居る店内へと出る。

出勤後まず初めにする事は、入り口に突っ立っている…元い、お客様をお出迎えしているマネージャーへの挨拶だ。

「おーい、かーなーどーめー…」

──ほら、いたいた。

「おはようございます。支配人…」

「お前聞いたぞ?」

──挨拶くらい返さんかい…。

笹木謙三ササキケンゾウ

コイツは…元い、この人は俺の直属の上司。

この役職の人間の事は〝マネージャー〟と言う名称で呼ぶのが一般的である中、コイツは何故か自分の事を支配人と呼ばせている。

確かに一昔前までは、そんな呼び名もあったようだが、今ではほとんど耳にしない。

俺の中では、死語同然だと思っている。

大体、俺は支配人と言う言葉が嫌いだ。

お客様が勝手にそう呼ぶのは別に構わないが、俺ら社員全員に、強制的に呼ばせる事が気に食わない。

会社と言う組織の中で、上司と言う名目だからこそ部下として、指示に従っているだけであって、コイツに支配された覚えは微塵も無い。

「は、はぁ…。昨日の事ですか?」

「そーだよ。そーだよ。当たり前だろ?それ以外なんかあるか?頼むから迷惑はかけるな…」

──確かに、このホテルのホテルマンが、警察沙汰を起こしたとなれば、ホテルのイメージダウンに繋がり兼ねない。

理由ともあれ、そこは反省すべきか…。

「おい。聞いてるのか?俺の出世に関わるだろが?」

──笑止。少しでもコイツの言葉に耳を傾けた俺が馬鹿だった。

「すいませんでした」

その後もたらたらと説教を垂れていた様だが、ほとんど覚えていない。俺は嫌いな人間の事は〝そういう動物〟だとして見るようにしている。

そうする事で変にイライラする事も無くなり、無駄な労力を使わなくて済むからだ。


──昼時。

「ちょっと貴方!これは何!?冷めてるわよ!」

「申し訳ございません」

「おい、君。この雑な盛り付けは何だ?客を舐めているのか?」

「申し訳ございません」

「今日のスープ、味が濃過ぎるわ。シェフを呼びなさい」

──黙れ、成金マダム。お前が注文したそのくそ安いスープは、市販品だっつーの。壊れてんのはお前の舌の方だ。

とは、言える訳もなく…。

「申し訳ございません…」

俺の使命は、ただただ謝罪ロボットへと化す事だ。

そう。ホテルマンは弱い。圧倒的に弱いのだ。

こちらに落ち度が無くとも、毎回の様にウエイターを怒鳴りつけ、それを生き甲斐にしている化け物のような客がいる。

そんな客には〝御〟も〝様〟も付けなくて良いと個人的には思っている。

勿論、そんなお客様ばかりでは無いが、そう言う客も一定数存在するのは事実なのだ。


──十九時三十分頃。

そろそろ退勤の時刻だ。

俺は笹木マネージャーに挨拶を済ませ、サービス残業をせがまれながらも軽く受け流し、定時きっちりに地下の男子ロッカーへと向かった。

前からニ人の女性が歩いて来る。

「お疲れ様でーす」

従業員通路では、色んな社員やアルバイトの人とすれ違う。

「お疲れ様です」

「聞いてよ!うちの所の田中がほんっと使えなくてさ!」

「あー噂のね。どうせすぐ辞めるでしょ?」

「そうね。はははははっ…」

──そんなに大声で他人の悪口を言わなくても…。

俺は男子ロッカーの扉を開き、自分のロッカー前に着くや否や、すぐに着替え始めた。

「アイツまじでムカつくよな?」

「それな。大体何様だってんだよ」

何処からか会話が聞こえて来る。

──また愚痴か…。

何処に行っても不平不満、罵詈雑言のオンパレード。いくら表ではニコニコしていようとも、これがホテルの裏側だ。

そう。そして俺もその内の1人…。

正直、俺は元々口が悪いし、ホテルマンと言うニコニコとした仮面を被っているが故に、よく腹黒いと言われる。

それもそのはず。俺は極論、他人がどうなろうとどうでもいいし、自分さえ良ければそれでいいと思っている…。

これに関してはみんなそうなのかな?

結局、自分が一番可愛いんだ。

俺が人の喜ぶ姿を見るのが好きなのも、厳密に言えば他人の為、他人を喜ばす為にと言うよりかは、俺がその顔が見たい。見て自分が満足したい。と言う言わば私欲を満たす為だ。

とは言え、頭の中ではこうは言っているものの、実際は自分の考えと行動が食い違う事は多々あるのが現状だ。

もしかすると、〝冷血非道〟そんな自分が好きなだけであって、実際は演じているだけに過ぎず、どっち付かずの中途半端な人間なのかも知れない。

まーそんな俺でも一つ確かな事は、仮に心の中で思ったとしても愚痴を溢したり、他人を貶めたりする様な発言は、控える様に心がけている。

何故か?

結局、それらは自分の弱さが具現化した物に過ぎないからだ。

そう。そんなダサい真似はしたくない。こんな俺でも、そこら辺の〝信念〟みたいな物は持ち合わせている様だ。

俺は着替えを済ませ、ロッカーの扉を閉めた。

「それならそれで先に言えっつーの!」

「アイツはそう言う奴なんだよ」

「死ねよ、マジで…」

──まだ続いてたのね。ご苦労様。

俺は男子ロッカーを後にし、出口へと向かう。

だけど、この閉鎖的でどんよりと曇った環境に身を置いていると、時々自分を忘れてしまいそうになる事もある…。

だからこうして、自分と向き合う時間を作ったりしている訳だ。

…と言っても行き先と言えば、ただのパチンコ店。

自分と向き合う時間を作るどころか、下手すれば何も考えていない。あれやこれやと理由を付けてはみるが、結局の所の、何も考えなくて良い時間を求めて通っているに過ぎない。

〝物は言いよう〟って事だな。

俺は、薄暗い従業員出入り口から外に出た。

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