【REGULATION】《12話》「珈琲」
『ガチャ』
扉を開けると、そこには見慣れた真っ暗な空間が広がる。
外廊下から、わずかに差し込む光を頼りにスイッチを押し、電気を付けた。
「ただいま…」
毎日のルーティンである、独身特有の独り言を吐き、俺は…いや、俺達は帰宅した。
「すー、すー」
彼女は、俺の背中で寝ている。
俺は彼女を起こさないよう、ゆっくりとベットに下ろし、布団をかけた。
彼女は起きる事なく、ぐっすりと眠っている様だ。
「さて…」
俺は冷蔵庫を開け中身を確認する。
「結局、水も買ってきてないし、食べ物何も無かったよなー。買い物行くか」
──三十分後。
『ガチャ』
「よいしょっと」
俺は近くのスーパーで買い物を済ませ、大きな袋を両手に帰宅した。
部屋の中はまだ暗い。彼女はまだ寝ているのだろう。
俺は、小さく細い廊下に買い物袋を置き、彼女が寝ている部屋の扉を閉めた。
──迎え酒するか…。
んーいや、明日は仕事だし今日は大人しく飯食って寝よう。
スーパーで買ってきた、ビールに水、冷凍食品やその他もろもろを冷蔵庫にしまい、大量に買って来たカップラーメンやつまみを棚に並べた。
そう。俺は自炊がめっぽう苦手だ。
と言うか正確には〝苦手〟では無く〝全く出来ない〟。
これは食わず嫌いならぬ、やらず嫌いでは無く、本当に出来ないのだ。
何度か挑戦した事はあったものの、やはり料理とやらの工程すら理解出来ない。
仮に自分で料理を作ったとしても、とてもじゃ無いが〝食べ物〟とは呼べない〝異物〟が出来上がってしまう。
自分で作っておきながら、食べずに捨てる。
食材に失礼だ。
だから俺は、一人暮らしを始めてから自炊は一度もした事が無いし、試みた事も無い。
調理器具?包丁、まな板?
そんな物、この家にある訳が無い。
あるのはお皿が数枚とコップ、お箸、あとはカップラーメン用のポットだけだ。
俺は、寒い廊下で手早くカップラーメンを作り、手早く平げ、音を立てない様ゆっくりと部屋に戻った。
「すー、すー」
相変わらず彼女はぐっすり寝ている。
俺は毛布に包まり、この日はソファで眠りについた。
──
──
──
「──ね。…ね!ねーてば!!」
「ん…」
俺は、鉛のように重たい瞼を少しだけ開いた。
「こんな所で寝てたら風邪ひいちゃうよ!」
カーテンの隙間から、僅かに月明かりが差し込む。そこには女性の姿があった。
──あぁ。彼女か。
「…あのな、俺だって好きでこんな所で寝てたんじゃないんだよ。君が…」
「私が…!」
「──!?」
「私がベットで寝てたせいでしょ!?」
彼女が、食い気味に言葉を被せてきた。
「そ、そう…」
「本当…ごめんなさい!」
──驚いた。天真爛漫、破天荒、利己主義。そんなイメージだった彼女の口から、まさか素直に謝罪の言葉が出るなんて…。
「お、おう…」
「…どうぞ。ベットを使って下さい」
彼女は、申し訳なさそうに部屋の隅へと下がった。
「あり…がとう…」
俺はベットに入り、彼女に背を向け横になる。
「……」
「……」
「──気になるな!」
「あ、ごめんなさい!」
「ずっとそこに立ってるつもりかよ。別に怒っちゃいねぇし、君も起きたんだったらまた調査?とやらにでも行ってこいよ」
「そう…。だけど…もう朝みたいだし、目立ってしまうのはあまり良くないかなって思って…」
──朝?
俺は時計を確認する。
時計の針は七時を少し回った所だった。
「あぁー。もう、なんか目覚めちまった」
俺は勢いよく布団を剥ぎ、ベットの横にあったボタンで部屋の電気を付けた。
『ピッ』
「……」
「──で?昨日の事は覚えてんの?」
「ひっ…」
彼女は自身の体を抱き寄せた。
「嘘…。もしかして私…貴方と…」
「…してねぇよ。本当に何も覚えて無いんだな。ったく、どんだけ呑んだんだよ」
「違うの!お酒何て呑んでないの!ただ…昨日ここで目を覚まして、貴方に貰った黒い飲み物を飲んだ所から思い出せないの…。はっ!まさか貴方…!そんな卑劣な方法で私を…」
「だからしてねぇって!」
「……」
彼女は目を細め、俺を見ている。
「なんだよ。俺がそんなゲス野郎に見えるのかよ?」
「見える…」
「何だと!!」
「…あははっ」
彼女は笑い今始めた。
「今のは冗談。よく覚えて無いけど、昨日はありがとう」
不意に彼女は、俺に対し微笑みかけた。
「お、おう…」
──何だよ。その急な笑顔…。反則だろ。
「ん?ちょっと待てよ…。そう言えばさっき黒い飲み物って言ったよな?もしかして、コーヒーの事知らないのか?」
「こーひぃー?」
彼女は首を傾げた。
「やっぱり…」
俺は部屋の扉を開け、台所に置いてあるインスタントコーヒーの入った瓶を手に取り、彼女に振って見せた。
「これ。コーヒーって言うんだけど、見た事ない?」
彼女は、俺の持ってきたインスタントコーヒーを瞬きもせず、穴が開くほど見た後、ようやく口を開いた。
「知らないわ…」
「へー。なるほどな。って事は、君の星にはコーヒーは無いんだな。んでもって、君は恐らくこのコーヒーに弱いみたいだな」
俺は、彼女の前にあるテーブルの上に、インスタントコーヒーの入った瓶を置いた。
「確かに変な匂いがするなーとは思っていたのよね。それにすっごく苦かったし」
彼女は舌を出した。
「別に無理して飲まなくても良かったのに…。と言うか、君にコーヒーを出した時、飲まずに寝てたからてっきり嫌いなのかと思ってた」
「私は、熱いのは苦手なの」
「ふっ。なるほどな。猫舌なんだ」
──見た目通りだな。
「あ、そう言えば何か食べるか?昨日、君が寝てる間に色々買って来たんだ」
「なになに!」
彼女は台所に飛んで来た。
「腹減ってたんだな…。ってもカップラーメンとかしか無いけど…どうかな?これとか?」
俺は彼女に、醤油ラーメンを見せた。
「何それ。見た事ない食べ物だわ」
その他のカップラーメンも見せてみた。
「これとか、これとか、これとか?好きなの選んでいいよ」
「んー…」
彼女はあまりぱっとしない様子だった。
「あ、じゃあこれとかどうだ?」
俺は、冷蔵庫からアロエヨーグルトを出した。
「うゎー!何それ!これが良い!!」
「良かった…良いの見つかって」
俺は、プラスチックのスプーンとアロエヨーグルトを彼女に渡した。
「これって…ここから開けるのよね?」
「そそ」
「んー…。んー…。やっぱりダメだわ」
「あ、そっか、そっか。確か君はこの星に来て、力が無くなってたんだったよな。にしてもこれすら開けれないんだな」
「うるさいなー」
俺は、彼女の手からアロエヨーグルトを取り、蓋を開けて渡した。
「──ほい」
「ありがとう!」
「向こうのテーブルで食べな。俺もコーヒー入れたらそっち行くから。君には色々と聞きたい事があるん…」
「美味しいぃぃぃい!!」
彼女は急に大声を出した。
「びっくりしたー。もう食べてたのかよ。まーお口にあって良かった」
「何この白い食べ物!!甘くて、柔らかくて、冷たくて!!もう最高!!」
「はははは…」
俺はお湯を沸かし、彼女のテーブルに置いてあるインスタントコーヒーをコップに入れ、お湯を注いだ。
「さてと…。まずはどこから聞こうか」
部屋のカーテンを開け、コーヒーを飲みながら彼女の隣に座った。
「おかわりある?」
「早っ!!もう食ったのかよ!!」
以後、彼女。ルティナ・サンタ・ビトニュクスの好物は〝アロエヨーグルト〟となったのであった。
──【…まであと三日】──