デートの切符
これにて、一章は終わりとなります。
次の章では、大きく物語が進展することはありませんが、
のんびりとお付き合い頂けると嬉しいです!
それでは、よろしくお願いします!
魔物の討伐を終え、城に帰り着いた燐子の背中に、ふわふわとした調子の良い声が投げかけられた。
「仲直りはできそうですか?」
体を反転させて、声の持ち主を探す。まあ、そんなことをせずとも、城内で自分に話しかける人間など、極一握りなので大体誰だか見当はつく。
開口一番にそれか、とうんざりする心地になった燐子だったが、気にかけてもらっていると考えれば文句は言えなかった。
「そんなことを聞くために、王女自らこのようなところにまで下りて来たのですか」
少し嫌味っぽい言い方になってしまったが、セレーネは特段気分を害した様子はなく、もう一度機械のように同じ質問を繰り返した。
「できましたか?」きっと答えるまで聞くつもりだろう。「いえ、まだです」
王女はそれを聞くと、上品に口元へ手を当てて笑い、「そうでしょうね」と愉快そうに言った。
城の三階部分に住んでいる彼女が、何の用事もなしに下へ来るとは考えにくい。おそらくは何か別の用件があるのだろう。
外廊を抜ける風が、城の石壁をなぞりながら外へと進み、セレーネの金髪をさらさらと揺らした。つい一時間ほど前に聞いた、草原の葉音が聞こえてくるような気さえした。
西日が二人の足元を明るく照らす。それは逆に言えば、足元以外は影に包まれたままだということだ。
数秒の沈黙が横たわった後、王女のほうから何でもないような様子で呟きが漏れる。
「城下町にはもう行かれましたか?」
その一言に、ぴくりと燐子の眉が上がる。何故かというと、あまり外を出歩かないように忠告をしてきたのはセレーネ自身だったからだ。
「いえ、勝手に出歩くなと申しつけられましたので」
「そうでしたね」と思い出したようにのほほんと王女が笑った。これもきっとわざとである。「行きたいですか?」
こちらがどう答えるか分かっているうえでの問いなのだろう。彼女のシナリオではこの後自分は、『良いのですか』とその提案に食いつくようになっているわけだ。
回りくどいやり口だと眉をしかめる。
「行きます。行けばよいのでしょう」
どうせそれが本題に違いない。何か頼み事があるのだろう。
「まあ!ふふ、王女に向かって何という口の利き方でしょう」
今回は冗談めかした様子で笑った王女だったが、前回、機嫌を損ねたときはあからさまに攻撃的な態度を取られて驚いたものである。
セレーネは無言のままで軽く頭を下げる燐子を見つめながら、優雅な所作でスカートのポケットから、折り畳まれた紙を取り出した。それから、そのままの状態でこちらに差し出す。
中身は何だろうか、と受け取った紙を広げると、そこには走り書きで何かが記されていた。
一見して、何かメモの類だとは分かるのだが、異世界の文字が読めない燐子には何が書いてあるのかはさっぱりだ。
「これは?」と分かり切ったことを尋ねる。「おつかいです」
両手を揃えて愛らしい仕草と共にそう答えたセレーネに、一体何のつもりなのだろうかと怪訝な視線を送る。
話を聞いてみると、どうやらミルフィが申請した物資に関する買い物だということだった。簡単に言うと、あの小屋で生活するのに必要だとミルフィが頼んだ物だ。
しかし、流れ人である自分に買い物を任せてもどうにもならない。
値段の感覚は何となく分かってきたが、文字に関してはほぼ読めない。いや、全く読めないというほうが正しい。
果たしてどう伝えれば良いだろうか、と頭を回転させようとした燐子に向けて、さらりと王女が告げる。
「何かお困りなら、デートついでに誰かをお誘いして下さいね」
そのわざとらしい爽やかな笑顔に、これが目的だったのかと得心する。
どうせミルフィを連れて行って、仲直りのきっかけにでもしろということなのだろう。
(余計なお世話だ。今誘ったところで、絶対にミルフィは首を縦に振らん)
いや、どうだろう。自分が本当に困るだろうことはミルフィなら理解できるだろうから、もしかすると共に来てくれるかもしれない。しかし、気が重いことだけは確かだ。
燐子は一つため息を吐いてから、肩を回し、冗談のつもりで王女に言った。
「それでは、セレーネ王女。一緒に行って頂けますか?」
「はい?」
その一言に目を丸くしたセレーネは、何度か素早く瞬きをすると、困ったように口元を緩めた。
一先ず、その顔が見たかっただけなので、「冗談ですよ」と口にしようとする。しかし、それよりも早く、意外なことに彼女が燐子の提案を承諾してしまった。
「しょうがないですね。構いませんよ」
「え?」今度はこちらが目を見開く。
「久しぶりに市井を見て回るのもいいかもしれません」
思ったよりもトントン拍子で話を進めていく王女に、慌てて声をかける。だが、セレーネは人差し指を立ててこちらの言葉を遮って、悪戯っぽく片目を閉じた。
「王女をお忍びデートに誘ったのですから。しっかりと、きちんと…エスコートしてくださいね?」
「いえ、あの、別にそのようななつもりでは…」
困ったことになった。とりあえず何とか断らなければ、と声を上げるも、今度はいやに低い声を出して王女が言った。
「まさかとは思いますが…王女に対して、冗談で逢引きの誘いを申し出たわけではありませんよね?」
誰が逢引きなどと口にしたのだ。勝手に話を盛らないでほしい。
声の低さと、明るい笑顔が酷く不釣り合いだったので、とても恐ろしく感じる。
質問に対して何も答えずに目を逸らしていた燐子へ、セレーネは釘を打つように告げる。
「そのような無礼は、死罪ですからね?燐子」
つくづく余計なことを言わなければ良かったと、燐子はひっそり肩を落として何度も頷いた。
早速、三部をお読み頂いている方々、
本当にありがとうございます。
少しでも楽しんで頂ければ、幸いです。
また明日もよろしくお願いします!




