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竜星の流れ人  作者: null
三部 一章 衝突

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重なる呼吸

 天に戴く日輪の王冠が、強い日差しを地上に向けて放射している。それを忌々し気に仰ぎ見た後、燐子は先頭を歩くミルフィの後ろ姿に焦点を当てた。


 青々とした草原を撫でる風が、彼女の赤い髪も梳くように流す。それを片手で抑えたミルフィは遠くのほうを一点に見つめたと思うと、足を止めてしゃがみ込んだ。


 今、王女とその親衛隊は、街道を行く商人を襲う魔物の討伐に来ていた。


 親衛隊、といっても全員が全員こうした戦闘に参加するわけではなく、基本的に彼女の公務を手伝う人員のほうが多いらしい。


 この場にはローザと燐子、ミルフィ、それから数人の騎士しかいなかった。王女は公務で部屋から出られないらしい。


 ぽっと出で親衛隊に抜擢された自分とミルフィを疎ましく思う者、あるいは信用したがらない者はやはり一定数いた。

 どこの馬の骨とも分からない連中に、大事なお姫様の護衛を務めさせることにも、その未来を託すような真似をすることにも、納得していないのは当たり前だ。


 当初、それに関して自分は関係ないと燐子は考えていた。相手がどう思おうと、自分がやることには変わりはないと思ったからである。


 しかし…。


 燐子は、昨日王女に言われたことを思い出し、鼻から深く息を漏らした。


(人の気持ちを考える、か)


 何だかんだ言いつつも、それができないことが悔しいと思うこともあった燐子は、その諫言を真摯に受け止めて、改善のために動き出そうとしていた。


 ただ、自分一人では何をしたら良いかも分からず、結局、王女に助言を請うたところ、とりあえず相手の求める姿を想像して動くのがその近道だと教えられた。


 その求めている姿を考えるのが難儀だと思ったが、その点については周囲の意見や評価を聞きながら、適宜王女に確認するように提案された。


 自分では分からない以上、今のところは人に頼るほかなさそうであるが、いちいち相談することを考えると、面倒極まりないと既に嫌になっていた。


 一先ずは、親衛隊が私たちを認めてくれるように立ち回ることから練習してみよう。


 自分の信念を捻じ曲げてまでは変わるつもりはないが、歩み寄ることはやってみるべきだろう。


 そのためにも、こうした任務のときに役に立つことを証明したいものなのだが…。


 茂みに伏せて、斜面の向こう側をじっと見つめているミルフィに呼ばれ、ローザが隣にしゃがみ込む。何かしら二人で話をしているように思えるが、自分はまるで呼ばれないことは不服だ。


 いつもは、あの場所に自分がいたのに。


 そのポジションに座り込んでいたローザの背中を、恨みがましく見つめる。もちろん彼女に罪はないのだが、どうしてだか苛立ってしまう。


 上手く行かないときに人のせいにするのは、子どもがすることだ。それに、態度や言葉に出してしまうのでは、ミルフィのことを悪く言えたものではなくなる。


 自分の恨めしく思う感情が届いたのか、くるりとローザが振り向き立ち上がった。足早にこちらに近寄ったかと思うと、そんなに小声になる必要はあるのか、と言いたくなる声量で告げた。


「斜面の先に標的がいるようだ」

「数は?」平静を演じたまま返す。「三体、予定通りの数だ」


 居場所も数も、報告通りだった。問題なく済みそうではあるが、逆に言うとつまらない。


 念のため自分も確認しておきたい旨を伝えたところ、ローザはさっきまで自分が屈んでいた茂み、つまりはまだミルフィが身を潜めている場所を指し示した。


 偶然、こちらを見ていたミルフィと目が合う。

 彼女は無感情な面持ちをしたまま瞳を逸し、体を起こすと、さっとその場を離れた。


 あからさまに自分を避けたその態度に、燐子が鼻から静かに息を漏らす。

 本当に怒っているのだな、と今更ながらに深々と感じる。


 普段は怒ったような仕草や表情をしたとしても、すぐに元に戻っていたが、今回それがないということは、いよいよミルフィも本気だというわけだ。


 乾いた土の上を、燐子が履いた軍靴の踵がわずかに抉りながら進む。乾いていると言っても、シュレトールの地面とは全然違う。


 春から成長してきた豊かな草原は、生き物にとって格好の住処になっているらしい。葉の間には小さな虫もいれば、小動物らしきものも日陰代わりに利用しているようだった。


 当然それは、奴ら魔物とて例外ではない。


 草むらの影から見下ろした先には、話に聞いたとおり三頭の魔物の姿があった。意外にも草食なのか、青々とした葉をむしり取っていた。


 牛のようにも見えるが、鹿のようにも見える。それらと大きく違う点を挙げるとすれば、その大きな体躯と反り返った二本の角だろうか。


 隣に並んでしゃがみ込んだローザに向けて、魔物に気取られないように声を小さくして問う。


「草を食うのか、こいつら」

「ああ、そうだぞ」


 彼女は短く返事をした後、もう一度さっと魔物のほうへと視線を送って続けた。


「だが、縄張り意識は普通の魔物よりも強い。相手が人間だろうと、他の魔物だろうとお構いなしに襲いかかってくる」

「どんなふうにだ」

「どんなって…肉弾戦だ。あの角が見えないのか?」


 ローザの不思議そうな問いかけを無視して、魔物を観察する。


 のんびりと草を食んでいる姿を見た感じは、そんなに獰猛な生き物とは思えないのだが、実際に被害が出ている以上は、少なくとも臆病ではないのだろう。


 言うほど凶暴かどうかは、どのみちこれから分かる。


 どのような陣形で魔物を攻撃するか、という話を始めるローザを片手で制する。怪訝な表情を浮かべた彼女から視線を外して、ご立腹の相棒を探す。


 その姿はすぐに見つかった。ミルフィも隣の茂みに身を潜めて目標の様子を観察していたのだ。


「ローザ、ここは私とミルフィに任せてくれ」


「なに?どうしてだ?」驚いた様子で返すローザに事情を話す。


 もちろん事情とはいっても、人の気持ちが少しでも分かるようになる訓練中だなどと、個人的な話はしていない。あくまで、他の親衛隊員に認めてもらえるようにと説明してある。


「ははぁ、お前もお前なりに色々と考えているのか。まぁ、感心だな」

「含みがある言葉だな。好かん」


 適当に応じながら、加えて、ミルフィにもその話をしてきてほしいと頼む。


「どうして自分で言わないのだ?」

「それは…だな」


 質問に答えかねて口をつぐんだ燐子の気まずそうな表情から察したのか、ローザが呆れたように顔をしかめた。


「はぁ…、まだ仲直りしてないのか」

「しているように見えるか」ついムッとして返してしまう。「早く素直に謝ればいいだろう」


(お前がずっと近くにいるから、それができないのだ)


 子どものような苛立ちをぶつけたくなったが、自制して、とにかく真剣に頼み込んだ。


 ローザは一瞬悩むような仕草をしてみせたが、すぐに了承して、ミルフィのほうへ足音を消して寄っていった。


 話を聞いたらしいミルフィが、ほんの少し驚いたような表情を見せた。


 ちらりとこちらを一瞥したミルフィに、無言のまま頷く。


 ミルフィは目を閉じてから、こちらを見向きもせず、おもむろに背中の長弓を構えた。それから折りたたまれた両端を展開する。


 ミルフィは、何度見ても規格外のサイズに感じられる鋼鉄の弓を片手に、茂みからそっと抜け出し、斜面の先の平地が一望できる場所まで移動した。それから、首だけでこちらを振り向く。


 準備完了、ということなのだろう。


 身振り手振りだけで、先制攻撃を任せることを伝え、自分も彼女の一矢に続けるよう準備を整える。


 そうこうしている間に、茂みのそばに他の親衛隊が集まってきた。どうやらローザが呼んできたらしい。彼女らはお手並み拝見と言わんばかりに静観する姿勢を取った。


 夏の草原を勢い良く風が撫でる。その妖精の囁きのような葉音を合図に、ミルフィが大きな弓に張られた弦に矢を番えた。


 以前に見たような鉄製の太い矢ではなかったものの、すぐに折れてしまいそうな木の矢でもなかった。おそらく騎士団の装備なのだろう。標準的な質は備えているように見える。


 風とそれが揺らす草の音以外は何も聞こえていなかったこの空の下に、甲高い金切り声が響き始めた。長弓の弦が鳴っているわけだが、それでも魔物たちは気にせず草を食べていた。


 丁度、風が凪いだ瞬間に、三頭のうちの一頭が首をもたげてミルフィのほうを睨みつけた。すかさず異変に気づいた魔物が警戒の声を上げる。


 パシュン、という弦が跳ねる音が聞こえた瞬間に、燐子も勢いよく地面を蹴って駆け出し、斜面を滑り降りる。


 喧嘩していても、こういうときに互いの呼吸が分かってしまうのが、どこか嬉しかった。


 想像よりも凶暴な声で威嚇した魔物だったが、そのうちの一頭はミルフィの放った矢を首元に受けて、大きな悲鳴と共に崩れ落ちた。倒れてからもしばらくはのたうち回って、その生命力の高さに二人を驚かせる。


 仲間の死に動揺することもなく、すぐさまミルフィのほう目掛けて突進を開始した一頭に狙いを定め、腰の右に差した太刀を抜刀する。


 その刀身は、日差しを浴びて透ける黒曜石のような薄い黒で染まっており、峰の部分はゴツゴツとした魔物の爪牙で作られている代物だ。


 スミスが打ってくれたこの一振りは、左の鞘に収められている太刀のような切れ味は持っていないが、凄まじい頑強さを誇る一刀になっている。


 今回のように魔物相手のときは、相手の攻撃を受け止められるこちらの刀のほうが使いやすいことに、最近気が付いた。


 少し重いので振りは遅くなるが、大抵の攻撃はこの刀身の硬さと、とある力によって致命傷にならずに済むはずだ。


 革手袋をはめた左手の甲がほんの少しだけ疼いた。火傷の痕のように残っている紋章が輝いたときに発揮される、不思議な力。


 致命傷を防ぎ、さらに、集中力を高める効果があると私は考えている。まぁ、後者に関しては自分の勘違いという可能性も捨てきれない。


 真っすぐ自分のほうへと巨体が突っ込んできているというのに、ミルフィは恐れることなく第二の矢を番えた。それから目標を、その魔物ではなく、さらに後ろで燐子に襲いかかろうとしているほうの魔物へと切り替えた。


 もう一度金切り音が鳴り始めたとき、ミルフィへ頭を突き出していた魔物の左前足を燐子の刀が薙ぎ払った。そして、そのまま滑り降りていく勢いで左後ろ足も寸断する。


 一瞬で左側の重心を支える全てを失った相手は、成す術もなく崩れ落ち、斜面を滑り落ちていく。


 それに驚いて動きを止めた最後の一頭の脳天に、構えていた二発目の矢をミルフィが放ったものの、わずかに狙いが外れて肩口を貫通するに留まった。


 威力は十分だったのだが、手負いとなった魔物はそれでは抵抗をやめず、もう一度大きくいななくと、再び突進の構えを見せた。


「燐子!」


 ほぼ反射的にミルフィが名を呼んだ。

 それが不思議と嬉しくてたまらず、気合の入った声が口から飛び出す。


「任せろ!」


 滑走する勢いを利用して、高く飛び上がる。

 天光を浴びた青のマントコートが、翼のようにはためく。

 しっかりと太刀を両手に握り、魔物の頭上へと飛翔する。

 落下の勢いを活かして、大振りの袈裟斬りをその首筋目掛けて叩き込んだ。


 しっかりと着地の際まで体勢のコントロールを怠らず、無理のない姿勢で細かい草の生えた地面へと着地する。


 息の合った二人の連携と、個々の技量と火力の高さに、丘の上で静観していた親衛隊の口から感嘆の声が漏れた。しかし、その声に安堵するよりも先にすることが燐子にはあった。


 息を深く吐き、吸い込みながら、斜面を戻っていく。そうして、途中足を切り払った魔物のそばまで来ると、燐子は流れるような動作でその首元をかき切った。


 鮮血がシャワーのように吹き出て、燐子の顔とコートを赤く染める。


 彼女はまるで気にも留めない様子で、きちんと魔物が眠りに就くことができたかを確認して、今度こそほっと一息ついた。


 魔物とはいえど、命に変わりはない。

 無闇に相手を傷つけ、苦しめるために自分の剣は存在しているのではない。


 真剣勝負をした相手には、どんな禍根があろうと丁重に扱うべきだ。


 ――その相手が、よっぽど深い業を背負っていない限りは。


 懐から懐紙を取り出し、赤黒く染まった刀身を拭き取る。紙をそのまま風に流したところで、上に立っている相棒のほうを見上げた。


 ぴったりと目線が合った彼女へ、燐子が静かに告げる。


「私の動きがよく分かっているな、ミルフィ」


 実際に二発目の矢は、別に何の打ち合わせもなく燐子のカバーに入るように放たれた一射だった。そのため、彼女が感心するのもおかしな話ではなかった。


 しかし、ミルフィはじっと燐子を冷たく見下ろすと、燐子の言葉を無視して丘の向こうへと去って行ってしまった。


(やはり、そう簡単には許してくれないか…)


 こっそり肩を落とした燐子の近くに、ローザが苦笑いのまま寄ってくる。


「まぁ、一筋縄ではいかないみたいだな」


 そう言って肩を竦めたローザに、思わずこちらも苦笑いが漏れる。


「そのようだ。世話をかける」

「いいさ、私も姫様も、二人が仲睦まじいほうが安心する」


 初めの頃は選民思想の塊で、人の話も聞かず、王女に服従しているだけの腰巾着だと思っていたが、最近では中々どうして、意外と真面目で気の遣える人間だと分かった。


 敵対しているときは面倒で堅物に感じていたが、同じ場所に立って過ごしてさえみれば、その人の良さが自然と分かるようだ。


 もしかすると、これが人のことを理解するということなのかもしれない。


「ふ、心配無用だ。私は諦めが悪いからな」


 半分ほど冗談だったが、残りの半分は本気だった。


 そんな燐子の言葉を聞いて、ローザはまた呆れたように苦笑してみせるのだった。

 


後書きまで目を通していただいている方々、いつもお世話様です。


拙い作品をご覧になって頂いてありがとうございます。


さらにご意見・ご感想、ブックマークや評価をして頂けている方、

いっそうの感謝を申し上げます!


今後とも、よろしくお願い致します!


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