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竜星の流れ人  作者: null
三部 一章 衝突

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顔合わせ

私の百合小説には、男性も毎回登場しますので、

お嫌いな方もいらっしゃるかもしれません。


ですが私は、男もいる中でその選択をしない、ということに

百合の醍醐味があると考えているのです…。


勝手に熱く語ってしまいましたが、

是非、中身もお楽しみ下さい。

 第一王子アストレア、第二王子ヘリオス、そして第一王女セレーネ。その三人と各代表者が一堂に会し、場の空気は臨戦状態と言っても過言ではなかった。


 しかも、燐子とセレーネが相手を挑発するような発言をしてしまったから尚のことである。先に煽ったのはあちらなのだが。


 こんなに天井が高くては、掃除のとき困るのではないかと思えるほど広い空間で、床は大理石を加工して作られているようだった。


 明らかに過剰ともいえる豪華さを押し込んだ王の間で、自分だけが浮いているような気がするのがどうにも納得いかない。


 ミルフィは、チラリと自分の隣に戻ってきた燐子の横顔を盗み見た。


 普段の黒ズボンと白シャツというラフな格好ではなく、今の彼女は生地の良い白のズボンに、黒い軍靴、親衛隊のバッジが付いた半袖のジャケットに、濃いブルーのマントコートを羽織っていた。おそろいでないのは、左手にだけはめられた革手袋と、ズボンだけだ。


 どこからどう見ても騎士団員だ。いや、親衛隊か。この毅然とした佇まいは、その辺をうろついている一介の騎士ではない。


 ――綺麗だし、格好良いなぁ…。


 口が裂けても言えない言葉を、胸の中だけで呟く。


 キッチリとした服装が着慣れているように感じられる燐子に対して、自分は酷いものだ。煌びやかな衣装に着られている感が否めない。

 そのうえ、この膝丈のスカート。自分にはあまりにも似合わないし、スース―して落ち着かない。


 スカート以外は同じものを身に着けているのに、彼女とのこの差は何だろう。


 ミルフィがそんなことを真剣に悩んでいるうちに、眼鏡の男性が穏やかな声で話を始めた。いよいよ顔合わせが始まるようだ。


「それでは、竜王祭に関する打ち合わせを始めたいと思いますが、宜しいでしょうか?」


 良く通る声の持ち主だな、と男の顔を見ていると、ふと既視感に襲われた。


 あの男の顔をどこかで見たことがある気がするのだが…。それがどこだったか思い出せない。首都に、しかも、王宮に知り合いなどいないから、気のせいなのだろう。


「打ち合わせって、例年通りだろうよ?」ヘリオスが欠伸をしながら面倒そうに言う。

「まあまあ、形式上、必要なことですので我慢してください、王子」


 怠そうな声を上げて承諾したヘリオスだったが、彼の後ろに控えている女性二人がキャッキャと笑ったことで、真似するように朗らかに笑った。


 見てくれはセレーネと同じ血筋を感じさせる整った顔立ちであるが、いかんせん態度と発言が悪い。もっと言うと頭が悪い、ように感じられる。


 意図して被っている道化師の仮面なのかは定かではないが、だとしたら、その演技力はプロフェショナル級である。


「おい、僕は暇ではないと言ったはずだ。さっさとしろ」


 対して、こちらは鋼鉄の仮面を被っている。いや、これは自前の顔で間違いなさそうだ。


 アストレアも非常に整った中性的な造形の顔をしているが、第二王子との血の繋がりを疑いたくなるほど、違うタイプの人種だった。


 腰に剣をぶら下げ、苛立たし気に眉間に皺を寄せている立ち姿は、どことなく燐子に似ていた。彼女をそのまま男にしたら、こんなふうに不愛想な美青年になりそうだ。


 またも燐子のことを考えてしまい、強く目を閉じて、その空想を打ち消す。


 アストレアに小言をこぼされた男は、気分を害されたような様子は一切なく、恭しく頭を下げた。そして、その一方的な申し出を受け入れた。


 彼は片手を上げると、ほんの少し穏やかさを薄めた口調で高らかに告げた。


「それでは、代表者の方、一歩前へ」


 先程まで燐子がいた場所に、もう一度彼女が戻って行く。周囲の視線などまるで見えていないかのような堂々とした足運びに、ついつい感心してしまう。


 自分だったらああはいかない。きっと緊張で膝が震え出すに決まっている。


 セレーネの隣にローザ、そして燐子が並んだ。ローザも同じ服装なのだが、上には親衛隊のバッジの付いた鎧を装着していた。本来は燐子もあれが支給されたのだが、動きが鈍ると言って頑として受け取らなかった。


 確かに、燐子の危険極まりない戦い方から推測するに、ほんのわずかな動きの遅れさえ命取りになるだろう。


 一度、もう少し余裕をもって回避できないのかと尋ねたことがあったが、それでは意味がないだろうと跳ね除けられた。


 その後、戦いに関する蘊蓄が延々と語られ、右から左へ聞き流したところ、まるで記憶に残らなかった。別に惜しいとも思っていない。


 簡単な自己紹介をするよう眼鏡の男に言われて、ローザが口を開いた瞬間だった。


「お前はいい、ローザ」


 つい先刻までにやけ面を晒していたヘリオスが、今までとは違う侮蔑的な顔になって薄笑いを漏らした。


 それに関して、キッと目つきを鋭くしたセレーネだったが、ローザのほうは淡白な態度でそれに応じた。


 そんな彼女の姿が面白くなかったのか、ヘリオスはおよそ王子とは思えないほど不気味な眼差しをして声を発した。


「つまらねぇ女だ」猫毛のように逆立った金髪が、照明の光を吸い込んでいる。「恐縮です」


 その皮肉じみた返しに、ぴくりと眉を動かす。彼の後ろにいる女たちは、朗らかに笑っていたはず男の背中を見つめ、緊張したように口をつぐんでいた。


 首を左右に傾けて骨の音を鳴らしたヘリオスは、いよいよ凶暴な顔つきになる。


「楽しみだぜ、ローザ。テメェとまたやれるのがよぉ」

「ええ、私も楽しみにしております。第二王子」


 何かしらの因縁を感じるやり取りであったが、王子とその妹の従者の間に一体どんな因縁があるのかと不思議に思った。


 一触即発の事態の中、燐子だけは目を閉じたまま、我関せずといった様子だった。いや、よく見ればアストレアも同様の態度だ。やはり、この二人はどこか似ている。


 ギラリと瞳を鈍く光らせた彼らを窘めるような声が響く。片方はセレーネのもの、もう片方は司会の男のものだった。


「ローザ、度が過ぎます」

「失礼しました」


 すぐさま従者らしさを取り戻したローザは、平身低頭して謝罪した。一方のヘリオスは、耳の穴に小指を突っ込んで、反省はしていないようだったが、矛を収める気にはなったようだ。


 そのまま司会の男に促され、今度は燐子の番となった。


 天井から吊るされたシャンデリアの光を受けて、彼女の黒い頭に白の輪が浮かび上がっている。


 今目覚めたと言わんばかりにゆるりと目蓋を上げた燐子は、周囲の視線が自身に集中しているのを確認すると、大儀そうに口を開いた。


「燐子だ」


 誰もが、その先に続く言葉を待っているようだった。


 果たして、このふてぶてしい女は誰なのか。

 突然、王女の親衛隊に抜擢され、竜王祭という歴史的な催しに加わることになった彼女は何者なのか。


 この中で、一番に燐子のことを知っているミルフィでさえ、彼女のことはまだ分からないことだらけであった。


 つまり、周りの人間にとっては、もっとわけの分からない人間ということだ。


 じっと誰もが燐子を注視して、しばらく経った。しかし、一向に彼女は口を開こうとはせず、出窓に止まっていた白と黒の鳥が呑気なさえずりを上げているのを眺めていた。


 そんなローザを見て、ミルフィは我慢できず声を上げてしまった。


「そ、それだけ?」その問いかけに、きょとんとした顔になった燐子が答える。「それ以外、言うことがあるか?」


「あ、あるだろうよ、お姉さん、ひょっとして天然か?」


 ヘリオスの燐子を訝しんだような発言に、内心何度も頷き賛同したミルフィは、不愛想な顔になって王子を無視した燐子に一抹の不安を覚えた。


 もしや、このまま燐子の素性を探るような会話の流れになるのではないだろうか。そうなると、いよいよ不味い。

 この場でそれを聞かれて答えられないとあれば、出場取り消しになりかねないのではないか。


 そうなったら、何のために私はこんな短いスカートを、涙を飲んで履いたのだ。


 だが幸運なことに、その不安は杞憂に終わることとなる。


「お姉さん美人なのに、なぁんかそそられないなと思ったら…似てるんだな、兄貴と」


 最後は、ぼそりと真剣そのものといった調子で呟いたヘリオスは、「忌々しいほどにな」と付け足した。


 ローザへの態度といい、今のアストレアへの遠回しな批判といい、腹に一物ある男なのは間違いないな、と彼の様子を窺う。すると、彼は元の茶目っ気のある表情に戻って、どうしてかこちらへ視線を投げた。


 驚きで、思わず身が縮こまる。


 ヘリオスの視線は下から上へ、それから下へと動くと、感慨深そうに唸り声を上げ、満面の笑みで告げた。


「こんな二人じゃなくて、そっちの君のほうが出場者なら大歓迎だったんだけどな」


「え」と声が漏れる。「何に関しても、どうせなら可愛い子のほうがいい…ってのが男心だからよ。なあ、兄貴」


 当然、第一王子は答えない。無視をしているというよりは、完全に感覚遮断して自分の世界から弟を締め出しているような感じだった。


 ヘリオスの背後でブーイングを上げている女性二人に睨まれ、どうして自分がこんな目にとうんざりする一方で、正直、ちょっとだけ嬉しく思う気持ちもあった。


 目の肥えた男性に褒められる。彼には微塵の興味もないが、それだけで少し自信になるものだ。


 誰だって、どうせなら可愛い子のほうが良い。なるほど、確かに。きっと、彼女だってそうだろう。そうに違いない。


 どことなく誇らしげな気持ちになって、燐子の横顔を見つめる。しかし、彼女は再び目を瞑って静止していた。そのうち鼻提灯でも膨らますのではないか。


(聞いちゃいないんだから、もう)


 不服そうに唇を尖らせたミルフィに、ヘリオスが続けて言う。


「特に、その太腿が最高だな!」

「え?」予期せぬ言葉に空気が凍った。「ふ、太腿?」


 ゆっくりと視線を自分の足に向ける。膝上のスカートから覗く自身の太腿を凝視する。


 数秒掛けてその言葉の意味を噛み砕いたミルフィは、一瞬でも喜んでしまったことへの羞恥と、デリカシーの無い褒め方をしてきた彼への怒りとで顔を赤らめる。


 仮にも相手は王族だ。今にも飛び出そうになる罵声を必死で抑え込み、どうにか愛想笑いを捻り出す。その枯れた水脈の最後の一滴のような微笑みは、次にヘリオスが発した言葉で弾け飛んだ。


「そういう初々しい反応も良いし、やっぱりその太腿が良い!是非膝枕してほしい」


 ぷつん、と頭の中で何かが千切れた。


 目の前で、まだ歯の浮くような台詞と、料理に添えられたパセリみたいなセクハラ発言を繰り返すヘリオスを睨みつける。


 肺いっぱいに空気を吸い込み、もうどうなっても構うものかと大声を上げる。


「死ねッ!変態!」


 その怒号にヘリオスも、アストレアも、取り巻きの女たちも、それどころか入口にいた衛兵たちもこちらを見つめて目を白黒させていたのだが、彼女のことをある程度知っている王女とその従者、燐子の三人は、まるで黙祷しているかのように瞳を閉じて沈黙していた。


「さっきから黙って聞いてれば、王族だからって何でも言っていいわけじゃないわよ!」

「え、あ、悪い悪い、でもただ俺は褒めただけで…」

「今みたいのは褒めたって言わずに、セクハラっていうのよ!」


 蓄積されていた怒りと不満が、瞬く間に解き放たれていくのを感じる。膨らませた風船に針で穴を空けたような、ドキドキするスリルがもたらす快感。


 これよ、これ。やっぱり言いたいことは言うに限るわ。


 誰かに助けを請うように周囲を見渡したヘリオスだったが、誰一人として彼と目を合わせようとはしなかった。


 辛うじてフォローに来た衛兵たちも、ミルフィの凄まじい剣幕に圧され、直立したまま動かない。


「えぇ、とお嬢さん、そろそろ機嫌を――」

「何でこいつはお姉さんで、私はお嬢さんなのよ!子どもに見えるわけ?ねぇ!」


「…おい、こいつとは何だ」


 こいつ呼ばわりされた燐子が、わずかにこちらを向いて不満を呟くのが分かった。だが、今の自分にとっては些細なことなので燐子は無視する。


「仮にも俺は王族なんだが…」と独り言のように漏らした言葉が、ますます彼女の怒りの炎を熱く滾らせる。


「私はアンタら王族に搾取されてきただけの田舎者よ!憎みこそすれど、感謝したことはない!」


「なら、何でセレーネと一緒にいるんだよ…」と彼が視線を王女に向けると、いつの間にか目を開けていたらしいセレーネは、にっこりと微笑んでから、また目を瞑った。


「分かったら、二度と私に話しかけんじゃないわよ!」


 最後に叩きつけるようにぴしゃりと言い放ったミルフィは、荒くなった呼吸を整えると、着ていたマントコートを突然脱いで、自分の腰に巻いた。


 確かに、これでミルフィの太腿はだいぶ見えなくなった。とはいうものの、由緒ある親衛隊のマントがラフな使われ方をしてしまったせいで、王女とローザは眉をひそめてため息を吐いた。


 ふん、と鼻息を一つ漏らした彼女は、腕を組んでそれから先は会合が終わるまで終始無言であった。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます!

今後もお楽しみ頂けると幸いです。

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