不機嫌な相棒
初めまして、an-coromochi と申す者です。
お久しぶり、という方がいらっしゃれば、嬉しい限りです。
この度、『竜星の流れ人』シリーズの続きを書くことと致しました。
拙く、百合成分も低めな作品ですが、
ご興味のある方は是非お読み下さい!
三部の終了までは、毎日19時にアップする予定ですので、
半端に終わることはないとお約束出来ますよ!
長々として読みづらいかもしれませんが、
ブックマークしてお読み頂けると幸いです。
それでは、お楽しみ下さい。
赤いベルベットのカーテンが晴れ渡る夏の風に吹かれて、涼しげに揺れていた。
風は波間にたゆたう笹舟のように滑らかに、軽やかに、静かに息をしている。
それに対し、室内の様子は重々しかった。もしも、この部屋の空気を固めて水に浮かべることができたのなら、確実に深く、深く水底に沈んだことであろう。
眩しい陽光が開け放たれた窓から入り込んでいるが、部屋の片隅を薄黄色に照らしているだけで、人が集まっている場所は薄暗いままだった。
つるつるとした天板の丸型テーブルに、ワインレッドのテーブルクロスが掛かっている。統一感を出すためか、カーテンやシーツも同色だ。
四人の女性が難しい顔をして、その高級感溢れるテーブルを囲んでいる。眉間に刻まれた皺からも、決して楽しい話をしているわけではないことが容易に予測できる。
そのうちの一人が、ようやく最近着慣れた始めたマントコートの裾を指先で扱いながら、黒曜石の瞳を目蓋で覆った。
つい半月ほど前、王女親衛隊の一人となった日の本の剣士、燐子である。
燐子は先刻から無言を保っていたのだが、彼女の相棒とも呼べる女性が忌々しそうに愚痴を吐き捨てたのを皮切りにして、同じように喋り始めた。
「何なのよ、あの態度」目くじらを立て、怒りを露わにする赤髪の女性。「ミルフィ、あの手の人種にいちいち腹を立てていてはキリがないぞ」
「そんなこと、分かってるわよ」と吐き捨てたミルフィは、忠告を受けても未だに怒り心頭といった様子で頬杖をついている。
そもそも怒っても仕方ないと言われ素直に従える人間なら、こんな態度は取らないか。
燐子は諦観した心地で目を開け、隣に座った彼女を盗み見た。
三つ編みにした後ろ髪を振り回すように首を左右に動かした彼女は、最後にふん、と鼻息を漏らし、斜め前の女性の顔を凝視した。
無遠慮なほどじっと見つめられた金髪の女性は困ったふうに笑うと、ミルフィをなだめるように優しい声で言った。
「まあ、殿方から見てとても魅力的に映った、ということは、誇っても良いのではないですか?」
あまりに逆効果なフォローに、思わず燐子の口元が歪む。
案の定、その発言を耳にしたミルフィは一層語気を強くして、相手に噛みつくように前のめりになった。
「元はと言えば、お姫様がこんなのを履かせるからでしょ!勘弁してよ…」
唐突に批判の矛先が自分に向いて、「私のせいですか」と小さく呟いたのは、この国の王女、セレーネである。他の王族と同様に、灰色の瞳をした聡明な女性だ。
ミルフィは、自分のスカートの裾を人差し指で持ち上げひらひらさせた。見え隠れする健康的な太腿へ、無意識に視線が吸い寄せられる。
まあ、確かにあの男の感想も自然なものなのかもしれないなと、一人得心する燐子の視線に気が付いたらしいミルフィは、バッと慌ててスカートを押さえた。それから、責めるような視線を燐子に鋭く向けて言った。
「ちょっとぉ、変な目で見ないでよ!」
一方的に悪者扱いされそうな気配を感じた燐子は、視線を正面に戻しながら無関心な口調を意識して、その言葉に応じた。
「別に、変な目などしていない。ただ、品がないと思っただけだ」別に嘘ではない。「まあ、いつものことだがな」
「何ですってぇ?」と今度はセレーネから燐子へと牙を剥いたミルフィ。
どうやら、よっぽど先ほどの件が頭に来ているらしい。
互いに睨み合う二人の間に、ぬっと手が伸びてくる。それから、間髪入れずにため息が聞こえてきた。
コトンとテーブルに置かれたカップの中には、紅茶と呼ばれる不思議な飲み物が注がれている。
最近になって飲むようになった飲み物だが、お茶とは違った奇妙な香りがして、未だに飲み慣れない。
不味くはないのだが、美味くもない。ミルフィは、『さすが王家ご用達の茶葉ね』だの、『美味しいわ』だのと絶賛するが、自分にはよく分からなかった。
そんな紅茶を運んできたのは、セレーネの従者であるローザだった。
ほとんど青に近い髪を肩で切り揃えた彼女は、切れ長の瞳が示すように気が強い女だ。目元の黒子もそれを助長しているような気がする。
ローザは燐子とミルフィの目の前にカップとソーサーを並べると、呆れたように口元を歪めた。
「二人は相変わらず仲が良いな」
「ち、違うわよ、もう」
どう聞いても皮肉だというのに、相棒は顔を真っ赤にして否定している。
仲が悪いわけでもないが、仲良しというのはまた違う。
適切な表現が見当たらないが、自分は二人の関係をそういう陳腐な言葉で装飾されることを求めていない。
ミルフィのほうがどうかは知らないが、何となく、彼女もそうだという予感はある。
ローザはそのまま王女の斜め後ろに立つと、姿勢良く屹立したまま動きを止めた。
あそこが彼女の定位置だ。王女も構わないと言うのだから、いい加減同じ卓を囲めばいいものを、妙な意地を張って彼女は頑として椅子に座ろうとしない。
まあ、それは彼女の生き方に関わる問題だろうから、不要な口出しは避けるべきだろう。
ローザが動きを止めるのを待って、セレーネが口を開いた。
「どうでしたか、お二人とも」
「どう、とは?」分かり切ったことをあえて尋ね返す。王女の反応が見たかった。
燐子の思惑を察したのか、セレーネは用意されたような微笑みを浮かべて頷き、その綺麗な唇と容姿からは想像もできないような言葉を吐いた。
「ろくでもない人間だったでしょう?ヘリオス兄様は」
「姫様、お口が過ぎます」即座に咎めたローザ。「あらごめんなさい。つい本音が」
困ったように王女を見つめるローザと、気分が良さそうに微笑んでいる王女を見比べて、ミルフィが機嫌を良くしたように口元を綻ばせた。
「お二人も、相変わらず仲が良いですこと」
先程自分が受けた皮肉をそのまま返したつもりのミルフィだったが、セレーネは余裕のある表情を浮かべてそれに頷いた。
「まあ、小さい頃から一緒ですから」
ローザが否定するよりも早く、王女が当然のように言った。どこか誇らしげにも見える。
何か言いたそうに口を開きかけたミルフィだったが、思い直したように優しく笑うと、二人の関係を羨むような発言をしてから、紅茶を啜った。
その発言が意外だったのか、二人はミルフィの穏やかな顔を凝視していた。
激情に駆られやすいミルフィは、多少誤解を受けやすい性格をしているものの、しばらく時を共に過ごせば、人を思いやれる優しい人間だということが分かってくる。
つんけんした態度や、苛立っているような態度も悪気があってのものではなく、半ば癖のようなものだと燐子は理解していた。
決して、故意に他人とぶつかるような発言をしているわけではないのだ。
「まあ、屑ね、あの男。女の敵よ。許可があれば射殺してるわ」
こういう発言は考えものだが…。
過激な彼女の発言に、一同が呆れかえっている中、燐子は同時に、どうしてミルフィがここまでヘリオスを毛嫌いするのかを思い出していた。
時は、竜王祭代表者の顔合わせ、つまりは一時間ほど前に遡る。
明日もしっかりこの時間にアップ致します。
そちらもよろしくお願いします。




