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竜星の流れ人  作者: null
二部 六章 常在戦場の身

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王都プリムベール

 シュレトールで拉致同然に馬車に乗せられて、かれこれ三日が経った。


 揺れる荷台の後ろでは、自分とミルフィ以外は誰もいなかったが、顔だけ覗かせられる小窓から見える外の景色には、美しい王国の自然に水を差す、武装した騎士団が常に混じっていた。


 必要なとき以外は止まらぬ荷馬車の扉には、不愉快なことに鍵が掛けてあった。急な振動で荷物が落ちないように、とのことだったが、二人が逃げ出さないためであることは、誰の目にも明白であった。


 一体、いつまでこうして自由を奪われるのだろうか、と二人の口数が少なくなりつつあった三日目の夕方、やっとのことで馬車が止まった。


「…着いたのか?」燐子が独り言のように呟くと、ミルフィが疲弊した様子で答えた。「さぁ、また休憩じゃないの。本当、最悪だわ…」


「付いてきたこと、後悔しているのではないか?」

「は、はぁ?違うってば」

「…ならば、いいが」


 物言いたげな燐子の視線に、負けん気の強い眼差しで応じたミルフィが立ち上がった、そのときだった。


 ガチャリ、と扉の錠が落ちる音が聞こえた。何度も偽りの希望を与えられた、今となっては耳障りな音だ。


 しかし、直後に両開きの扉の先から覗いた顔に、二人は今までのぬか喜びとは違うと察した。


 夕焼けを頬に受けて佇んでいたのが、セレーネ王女だったからである。


「お待たせ致しました。燐子さん、ミルフィさん」

「セレーネ王女ッ…!」


 輸送中、散々無視されていたミルフィは、怒りに顔を歪めて扉のほうへとにじり寄った。


 今にも飛びかかるのではないか、と彼女の気性の荒さに内心でヒヤヒヤしていた燐子だったが、横からぬっと出て来た青髪の従者に、安心したような、辟易とさせられるような気持ちになる。


 また一悶着あるかと思ったが、ローザと呼ばれた従者が、「降りろ」と指示したことで、燐子たちは顔を見合わせ、それに従った。


 荷台に詰め込まれて、降車の指示を出されたのはこれが初めてだ。それ以外は、食料や水が与えられるときか、小休憩のときに外の空気を吸っても良いと言われるぐらいだった。


 どうやら、本当に目的地に着いたらしい。しかし、それにしてはやけに静かだが…。


 導かれるままに荷台の外に出る。すると、初めに鬱蒼とした森が遠くに見えた。つい先ほどまで真横に見えていた景色なので、どうやらあの森を抜けて来たらしい。


 許可を得ぬまま、荷馬車の側面に回り込んで、森の反対を確認する。馬の鼻面の先には、大きな橋があって、その少し先に、大きな城壁が見えた。


 あれは、と燐子が心の中で呟くと、それが聞こえていたかのように、セレーネが言った。


「あれが、この王国の首都、プリムベールです」


 どこか誇らしげな声音に、王女を振り返る。彼女の顔には選ばれし者の自信があった。


「ははぁ、荘厳だな」


 この距離から見ても分かる城壁の壮大さに、思わず感嘆の声が漏れるも、それに対してミルフィは目くじらを立てた。


「ちょっと、何を感心してるのよ!こんな誘拐紛いの真似をされたっていうのに」


 それを聞いて、ローザが眉間に皺を寄せたのだが、彼女が何かを言うよりも早く、燐子が早口で応じた。


「それでも、素晴らしいものは素晴らしいだろう」

「でもさぁ…」とミルフィは王女たち二人を睨んだ。


 直ぐに、ミルフィが個人的な苛立ちで声を荒げているのだと気付いた燐子は、肩を竦めた。


「苛立つのも分かるが、私に当たるな」


 そう言い残して、王女の導きに従った燐子の背中を、ミルフィが怒鳴り散らしながら追って行き、さらにその背中を、悪態を吐きつつローザが追った。


 いつの間にか、周囲から騎士団がいなくなっており、今ではたったの四人だけになっている。


 仮にも、一国の王女がいるというのに、警備が一人だけとは。しかも、直ぐそこには粗暴な猟師と、わけの分からない流れ人がいるにも関わらずだ。


 軽く見られているのか、それとも、信頼されているのかは不明だが、少なくとも、あまりに不用意すぎるのは間違いない。


 だが、何をどれだけ考えても、燐子が実行に移すことはなかった。ローザだけ叩き伏せて突破することも考えなかったわけではないが、今さらそれをしたところで、どれだけの意味があるか、分かったものではない。


 しばらく、道のりに沿って進み、橋を渡った。足元にはアズール湖よりも深い大きな川が流れている。


 一体、何のために自分にこだわるのかと問いても、セレーネは曖昧に微笑み、「もうしばらくお待ちください。時が来れば、お話致します」としか答えなかった。


 ――時が来れば、か。気に入らない。


 燐子は、心の中で独り言ちた。


 こちらの生殺与奪の権利を握っているつもりなのだろうか。


 もしも、この程度で私の太刀を錆びつかせることができると思っているとしたら、愚かにも程がある。


 やがて、橋を渡り切ると、不思議なことに、王女はプリムベールへと続く道のりから逸れて、今度は橋の下に潜った。


「ちょっと、どこに行くんですか」半端な敬語交じりのミルフィの言葉に、ローザがムッとして見せるも、王女が発した、「直ぐに分かります」という発言に誰もが口をつぐんだ。


 王女は少しばかり早足になったかと思うと、一番端の斜面に突き刺さるような形で立てられた橋桁の辺りで立ち止まった。石を組み上げて作られた橋桁は苔生して、煌びやかな水色のドレスを身にまとった王女とは対照的なものに見えた。


 氷のように静止していたセレーネは、首だけで燐子たちを振り向くと、いつになく真剣な表情をした。


「ここから先のことは、他言無用でお願い致します」


 ここから先、とは何だ。燐子がそう口にしかけていたとき、おもむろに、王女が石積みの一部に手を伸ばした。


 およそ、王女が触るものとは思えない、苔生した箇所だったので、不思議になって目でそれを追う。


 すると、彼女が触れた部分が深く沈み込んだ。鈍い音を立てて石の橋桁が独りでに動き出しているのを見て、すぐにそれが隠し扉なのだと分かった。


 確か、自分の城や屋敷にもあったな、と思い返す燐子だったが、結局はそれを使わずして敗北したことも思い出し、無意識に顔をしかめた。


 ただの橋桁と思っていた部分が秘密の入り口へと姿を変えていくのを、ミルフィは唖然として眺めていた。言葉は出ないのに、ぽかんと口を開けっ放しにしているのが、どこか笑える。


 程なくして、道ができた。

 先のまるで見えない、暗く湿った、嫌な道だ。


 合図を待たずして、ローザがセレーネの前に出た。そのまま、闇の中へと手を伸ばし、さっとランタンを取り出すと火を点ける。


 揺れる炎に照らされて、暗黒の細道がわずかばかりに明るくなる。とは言っても、道の先はどこまでも深い暗闇が続いているだけで、依然として何も分からなかった。


「な、何なのよ、これ」とミルフィが分かり切ったことを尋ねる。

「どう見ても隠し通路であろう。しかも、王家御用達のな」


 腕を組んだ姿勢で、燐子はセレーネを一瞥した。こくりと頷く彼女から目を逸らしつつ、言葉を続ける。


「良いのですか、こんなものを我々に見せて」


 こうした通路は、国が攻め込まれ、非常事態に陥ったとしても、要人たちが逃げおおせられるように設計されたものであるはずだ。


 国が亡んでも、王家の血が絶えぬよう。あるいは、反逆の目を残せるよう。


 帝国にこの情報を売れば、それだけでも相当な金額になるに違いない。もちろん、そんなことは死んでもしないが、得体の知れない流れ人に教える情報としては、些か行き過ぎている。


 しかし、王女は涼しい顔で再び頷くと、「構いません。それだけ私も本気なのだと知ってもらえれば、それで」と告げ、「では、参りましょう」とローザと共に木の虚のような通路へと入って行った。


 その大胆な振る舞いに、ミルフィが驚いたような目を燐子に向けた。


「ねぇ、ここに入ったら、二度と出られないなんてことはないわよね…?」

「馬鹿を言うな。王女も入って行ったのだぞ」

「うん…まぁ、普通に考えたら、そうよね」


 そうしている間にも、ローザとセレーネはぐんぐん先に進んで行く。まるで、燐子たちがついて来ないわけがない、とでも言いたげな背中だ。


 はあ、とため息を零し、燐子も暗闇に足を伸ばした。


「ちょっと、本当に行くの?」

「ここまで来て、行かないという選択はないだろう」

「そうだけどぉ…」


 珍しく煮え切らないミルフィを振り返ると、彼女の青ざめた表情に燐子は驚かされた。


「どうした、暗闇が怖いのか?」と他意なく手を伸ばした。つい、昔の癖が出ていた。


 日の本にいた頃は、時折、他国の姫君の相手をすることもあった。

 男勝りだが、男ではない自分が丁度良かったらしく、色んなところから声がかかったものだ。


 女の長くて遠回しな話に付き合わされるのは、多少、面倒でもあったのだが、侍連中を差し置いて自分を指名してくれる、というのは、どこか、侍になれないこの身の救いにもなっていたような気もする。


 足元の覚束ない場所を通るときは、必ずこうして手を差し出した。初めは抵抗があったものの、いつしかそれが当たり前になっていた。


 こうした仕草に、多くの女性たちは喜んでくれたものだが、それは、高い身分に生まれ付いた姫であることが前提になる。


 その証拠に、手を差し出されたミルフィは、一瞬で妙な顔になった。


 怒っているわけでも、照れているわけでもない。あまり見慣れない表情を浮かべた彼女は、ゆっくりと視線を壁のほうにやってから、もごもごと何かを呟いた。


「何だ、聞こえんぞ」


 燐子がそう言うと、何故かミルフィはムッとした顔つきになった。


「だから!燐子って、誰にでもこういうことしてるの?」

「そんなわけなかろう」


 思っていた以上に下らない問いに、肩を竦めて答える。


「そ、そう…」とどこか嬉しそうな声を出したミルフィは、少しばかり逡巡した後、差し出された燐子の掌に、自分の掌を重ねた。「じゃあ、許してあげる」


 ぎゅっと指を絡めてきたミルフィに、燐子も暗闇の中で目を白黒させた。


「お、おい…」

「なぁに?どうしたの」

「どうしたの、と言われても…」


 確かに、特段問題はない。手だって、自分のほうから差し出しているのだ。


「何もないなら、行くわよ」


 光差すほうから、闇の溜まるほうへと進み出たミルフィに手を引かれ、珍しく、燐子はされるがままに彼女の後ろをついて行った。


 背後では、地鳴りの音と共に隠し扉が閉まっているようだった。

ダラダラと続けてしまい、申し訳ありません。


後、2回の更新で二部は終了となりますので、


よろしければ、それまでお付き合い頂けると嬉しいです…。

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