表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜星の流れ人  作者: null
一部 一章 侍になれなかった女
9/187

追憶

 刃が激しくぶつかり合う音が、辺りに響き渡る。


 一際大きな音が高く空に木霊したかと思うと、間を空けずひたすらに鳴り響いていた風切りの声が止み、荒い呼吸音だけが後に残ることとなった。


 膝をつき、呼吸を整えながら苦々しく表情を歪めた燐子は、息も絶え絶えといった口調で言った。


「参りました」


 降参の宣言を受けて、男は大きな声で笑う。


 彼女の健闘を称える言葉と共に、改善点や気概の至らなさを叱った。


 叱られた燐子は悔しそうな顔色を浮かべていたものの、それは敗北から来るものとはまた違っていた。


 ひらりと桜の花びらが彼女の黒々とした髪の毛に舞い降りる。その黒は彼女の頑固さと、誠実さを表すのに適していると言えよう。


 高く後頭部で結った髪が、彼女が肩を上下させて息をする度に、桜の花びらを誘っているように揺れた。


 男は燐子がようやく静かに呼吸をし始めたのを確認すると、髭の生えた顎に手を当てながら荘厳な口調で尋ねた。


「して、何があったか」


 彼女はぴくりと肩を反応させたが、直ぐに平静を保って、「何のことでしょうか」と返事をした。


「剣筋が乱れておる。お前らしくもない」


「…すみません」


 そうして不甲斐なさに肩を落とした燐子へと、先ほどとは全く違う質の声で男が再度理由を尋ねた。


 勇猛果敢な侍から、父へと変わる時の彼の声が燐子は大好きだった。


 甘えるような歳でもないというのに、と内心では赤面しながらも、どうしても父の胸を借りたいという欲求が顔を覗かせてしまう。


「…父上、私は」


「うむ」


「侍の子です」


「左様」


「ですが――」


 顔を上げて、逆光で良く見えなくなった父の顔を縋るように見つめる。


 自分が言いたいことと、言うべきではないことを頭の中で整理しようと努める。


 だが、こんな日に限ってそれが上手く行かない。


「侍でも、武士でもありません」


 こんなことを言っても父を困らせてしまう、それが分からない燐子ではないのに、何かに背中を突き飛ばされるように泣き言を喚き散らしてしまう。


「どれだけ鍛錬を積んでも、どれだけ心を研ぎ澄ましても、それらにはなれない」


「何か言われたのか」


 父親の問いかけに燐子は沈黙をもって答えたのだが、しばらくして彼が「同じ道場の者にでも何か言われたのだな」と呆れたように呟いたことで、かすかに頷いた。


 彼は憎々しげに何事かを吐き捨てたかと思うと、娘の前に片膝をついてしゃがみ込み、その肩に手を置いた。


 黒目がちな瞳を、光を放つ宝石のように潤ませて燐子は首を振る。


 自分にとって、何もかもが今は無意味なもののように思えた。


 相手を斬り伏せる技も。


 逆境を乗り越える魂も。


 全て意味がない。



「侍にはなれぬのに、私は、何をしているのでしょう」


 自嘲気味に呟く燐子に、彼女の父は強い口調で叱る。


「何をしているのだと思う」


「そ、それが分からないから父上に聞いているのです!」


「甘ったれるな!」


「甘えております!それの何が悪いのですか、娘が、父に甘えて何が悪いのですか!」


 こうなれば自棄だと、燐子は父に食って掛かるも頬に一発平手打ちを食らって、耳が痛くなる。


 キーンと音が耳朶に鳴り響く中、彼がもう片方の手を呆然としている燐子の肩に置いて、言い聞かせるように告げた。


「お前は侍となる器だ」


「初めから割れた器では、何も注ぐことはできません」


「それは見た目だけの器の話」と首を振った男は、重々しく頷いて言葉を付け足す。


 父の男らしい喉仏が上下に動くのを、燐子は意識せずに見ていた。


「いいか、真の侍とは――」


 あのとき、父は何と言ったのだったろうか。


 父との試合の中弾き飛ばされた自分の刀が、哀れに横たわって地面に投げ出されていた。


 あの日の夕焼けが放った灼光を受けて、刃が赤白く輝いている。


 まるで燐子の潤んだ瞳で輝く、涙の玉のように。

 


一章はここまでで終わりとなります。


ほとんど戦闘シーンはありませんでしたが、


次の章では戦闘が多めになっております。



読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


応援よろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ