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竜星の流れ人  作者: null
二部 四章 骸返し

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骸返し

 引き付けた注意が分散しないように、直ぐに駆けだす。


 自分でも、大した策が無いままの無意味な猛進だと理解しているが、今攻勢の手を休めれば、この骸骨は確実にまた脆弱な騎士団を追い回すだろう。


 全く、余計な真似をしてくれた。

 誰かを庇いながらの戦闘など、ほとんど経験がないというのに。


 落ち着いて考えろ、これを強大な一体の敵と見るから万策尽きたように感じるのだ。この骸骨を、一つの城と考えるのだ。


 燐子は相手の大振りの一撃を繰り返し躱しながら、効果的な一打を懸命に模索していた。


 攻城戦、とくれば門を破る火力のある兵器だ。


 ――…破城槌、大砲。


 眼尻を吊り上げて、首を左右に振る。


 そんなものがどこにある。大砲など、こちらの世界に来て未だ目にしていない。


 文明レベルだけを見て考えたら、とっくに製造されていてもおかしくなさそうなものであるが、無いものは仕方がない。


 次に破城槌だが、それも攻城戦が想定される軍隊でもなければ保持していないに決まっている。


 だが、どれだけ考えても結論は一つだった。


 再生不可能なまでに骸骨を粉砕する、絶対的な火力が無ければ、奴は倒せない。


「チッ」と大きく舌打ちをして、燐子は後方の物陰にいるシュカのほうを、正面を向いたまま振り向かずに叫んだ。


「シュカ!別料金でも何でも払ってやるから、火力のあるものを探して来るのだ!」


 この際、なりふり構っていられない。あの小憎たらしい少女にだって頼るしかない。


 しかし、いつまで経ってもシュカは顔を覗かせもしなければ、返事も返さない。


 まさか自分一人逃げたのかと振り返ったところ、ようやく、巣穴から顔を出す小動物のように顔を覗かせた。


 聞こえているなら返事ぐらいしろ、と怒鳴り付けようかと思ったが、彼女が何を考えているのか分からず、その嬉々とした表情を見て言葉が詰まった。


 いよいよ気でも狂っているのかと、考えた刹那、シュカは悪びれる様子もなく口を開いた。


「怒ってる燐子ちゃん、かぁわいい」


 まるで、吠え立てている子犬でも愛でているかのように、シュカが両手を頬に揃えてわざとらしく体を揺らす。


 きらきらと光る、彼女の瞳と金糸。それを呪うように黒く染まった、対象的な燐子の瞳と髪。


 辺りに蔓延し始めた死の臭いが、燐子に残っていた最後の冷静さを弾き飛ばした。


 ぶちん、と自分の中の堪忍袋の緒が切れる音を耳にして、今度こそ燐子は、激昂のままにシュカを怒鳴りつけた。


「斬るぞッ、貴様ぁ!」


 大気が震えているのではないかというほどの怒気にも関わらず、シュカは表情一つ変えずに、右手の人差指を真っ直ぐ燐子に向けて伸ばした。


 一瞬、また何か舐めた態度を取っているのかと、眉間の皺を深くした燐子だったが、直ぐさま自分が危険な相手との命のやり取りの最中だったことを思い出して、視線を正面に戻した。


 そこから先は、ほぼ反射的な動きであった。


 防ぐことは不可能だと自分で言っていたのに、燐子は、骸骨を中心として扇状に薙ぎ払われる大剣を左手の太刀と、即座に抜いた鞘とで防御しようとしてしまった。


 時が止まったかと思えるほどの静寂の後、今まで自分が味わったことのない衝撃を全身に感じた。同時に、これまた経験の無い浮遊感を数秒覚え、自分が吹き飛ばされていることを悟った。


 あれを受けて自分が絶命していないことに驚きつつも、地面にぶつかる前に、本能的に空中で姿勢を丸くして受け身の体勢を取った。


 直後に地表に叩きつけられるも、勢いのままに体を横に回転させてその力を受け流そうと努める。


 全身が砂と土で擦れて、焼け付くような痛みを感じる。

 しかし、それ以上に両腕のしびれが凄まじく、骨折したのか、いや、それどころか削ぎ落ちたのではないかと不安になってしまう。


 視線だけを動かして確認したところ、何とか体にくっついているようだった。


 世界が何十回も回転して、上も下も、左も右も前も後ろも分からなくなっている。


 せり上がる嘔吐感に口を押さえようとするも、両腕が痺れて動かず、結局、胃の中の吐瀉物を吐き出すことになるかと思ったが、出てきたのは多少の血であった。


 何故、死んでいない。


 普通に考えて、あの質量の大剣が直撃したら、刀と鞘の上からでも即死が妥当のはずだ。


 ふと、弱い光が視界の隅に映ったのだが、まともに体が動かずそれを確認することすらできない。


 生きているのはありがたい事だが、自分を取り巻く状況が理解できなさすぎて、身動きが取れない。

 脳と体を繋いでいる神経が全部千切れたか、気絶しているみたいだった。


 だが、余計なことを考えられたのも束の間で、骸骨が仕留め損なった得物の息の根を今度こそ止めるために、大きな足音を響かせながら近づいてきていた。


 未だにシャットダウンしてしまっている自分の神経に動くよう強く願いながら、燐子は激しく呼吸を繰り返す。


 動け、まだ死んでいない。

 早すぎる。

 なあ、そうだろう。

 何のために、生き延びたのだ。

 まだ、終われない。

 したいこと、見たい景色。

 話したいことが、沢山あるのだ。


 そのとき、燐子の生にしがみつく想いに呼応したかのように、左手の甲に残った火傷の痕が激しく明滅を始めた。


 夕刻の灼光を連想させる、赤紅の光。


 ――これは、以前もカランツの村で感じたもの…!


 自分の中心で胎動する力が、燎原の火の如く全身に広がっていき、停止していた自分の体という機関を徐々に駆動させていくのが分かった。


 この力、まさか、これのお陰で助かったのだろうか。


 前回は勘違いだろうと思い込んでいた力の感覚に、奇妙な高揚感を覚えつつあった燐子だったが、辛うじて立ち上がることができたくらいで、今直ぐ逃げおおせることは困難を極めた。


 ふらりとよろめく体を骸骨のほうに向けて、太刀を構えようとする。しかし、両腕が思ったように上がらず、結局は、切っ先は地面に着いたままだった。


 折角立ち上がれたのに、万事休すか。

 せめて、最後の瞬間まで目は逸らさずにいよう。


 相変わらず、唸り声一つ上げずにゆらりと立つその姿が、陽の光を遮った。


 自分の体に覆いかぶさる影が、今にもこちらを食い散らかそうという黒い獣のようだ。


 反則としか思えない再生能力。

 今こうしている間にも、それを上回る火力のある兵器を誰かが探してくれればいいのだが…。


 ほとんど祈りに近い願望を抱いていた燐子の頭上に、その大きな剣が振りかぶられる。

 確実に自分を仕留めようとする徹底ぶりには、全く感心しないわけでもなかった。


「最早、これまで…」燐子がそう呟いて、苦笑いを短いため息と共に漏らした、そのときだった。


 刹那、雷鳴が轟いたかと思うと、一秒も過ぎないうちに周囲を夥しいほどの砂塵が舞った。


 軽い振動さえも感じた衝撃の後、さっきとは違うふらつきでその場に倒れ込んだ燐子だったが、目や口に入る砂粒が鬱陶しく、咳や涙がこぼれ、その場に蹲る。


 何が起こっている。生きているということは、誰かがあの骸骨を食い止めたのだろうか。


 自分の鼓膜を揺さぶった轟音を思い出して、何者かが大砲を持ち出して、奴を爆撃したのかとも想像した。だが、だとしたら、火薬の炸裂で自分自身も吹っ飛んでいるはずである。


 ようやく両腕の痺れが治まり始めて、燐子はしっかりと太刀を構えたまま、砂の霧が晴れるのをじっと待った。


 たとえ、もう一撃放たれてもいいように、細心の注意を払う。


 乾燥地帯特有の風が、呆然としている燐子の横顔を撫でる。


 水資源溢れるアズールはそう遠く離れていないのに、こんなにも空気感に差があるのは不思議なものであった。


 黄ばんだ煙のような砂霧が、その風に吹かれて、やっとのことで消え失せ、視界が開けてきた。


 直ぐにでも状況を確認したかった彼女は、未だ砂埃でしばしばする瞳を見開いて、標的の姿を探した。


 そこには、大剣を握っていた右腕が胴体から削ぎ落ちた骸骨の姿があった。


 大砲が炸裂した、というよりも、もっと先端の鋭いものが勢いよく衝突したという感じだ。


 誰が何をぶつけたのだ、と辺りを見回すが、そのような大型兵器を発見することはできない。そもそも、どこから飛んできたかも分からないので、発射位置の見当もつかない。


 剣を持つ手が欠損しても、決して気勢の削がれる様子の無い目の前の強敵に、燐子は力を振り絞って太刀を構える。


 今の援護をまた期待してもいいのか、それとも一発限りの攻撃なのか。


 もしも、次弾があるのであれば、あまり自分がコイツのそばをチョロチョロしていては邪魔になるだけだ。むしろ、こちらが相手を撹乱して援護に入るべきだろうか。


 意思疎通の取れない謎の味方に、燐子が自分の起こすべき行動についてあれこれ悩んでいると、気にかけていた二発目が再び飛来し、轟音と共に骸骨の残った左腕を肘の辺りから寸断した。


 直ぐに目を瞑り、距離を離す。お陰で砂塵に呑まれずに済んだし、その物体が飛んできた方向も予測できていた。


 バッと後方を振り返る。今度はそれが視認できた。


 鉄竜炉がある小高い丘の上。

 陽光を浴びて輝く、銀の三日月。


 それが何なのかは理解できなかった。投石機でもなければ、大砲でもない。


 弧を描き反り返る姿に、一瞬大弓を想像したが、およそ弓矢の火力ではない。


「何なのだ、あれは」無意識に呟く。


 きらりと、月光が瞬く。


 直後、丘の上から真っ直ぐ何かが飛んで来て、両腕を欠損し膝をついた魔物の頭蓋骨に直撃した。


 粉々になった魔物の頭部を唖然と見つめながら、自分が目撃したものについて思考を巡らせる。


 矢だ。今、飛んで来ていたのは矢に違いない。


 とても常人では捉えようもない速度で空間を駆け抜けた物体だったのだが、常に戦場に身を置き、持ち前の動体視力で無数の一振りを躱し続けてきた燐子には、確かに見えていた。


 先端の尖った、細長い棒状の物。


 ただ、サイズ感が自分の知る矢とは違っていた。弓のほうも明らかに巨大すぎる。


 振り返り、その問題の弓を確認しようとした彼女だったが、そこにはもう何もなかった。移動させたのだろうか。


 もう一度、骸骨のほうを振り返る。


 膝を綺麗に折り曲げて、少し胸を張って天を仰ぐような姿勢を取っていた骸骨だったが、肝心の頭部が無いのでは、もう二度とその双眸が陽の光を捉えることは叶わないだろう。


「あーあ。いいところ、持っていかれちゃったね」


 いつの間にか隣に並んでいたシュカが、陽気な声を上げてこちらを横目で覗いた。


 シリアスな感情が軒並み死に絶えたような調子を続けている少女を、浅い呼吸を繰り返しながら見つめ返す。


 猫のように丸い大きな瞳に宿ったアイオライトは、塵ほどの不純物も含んでいないかのように澄んだ輝きを放っている。


 獲物を横取りされた?違う、どう考えても助けられたのだ。


 また死にかけた。もうしばらく、あの暗闇には近寄りたくないものだ。


「礼を言わなければな」あの謎の射手に。


 すると、何をどう勘違いしたらそうなるのか甚だ疑問なのだが、その謝辞が自分に向けられたものだと考えたらしいシュカが、満面の笑みを浮かべて言った。


「いいよぉ、面白いもの見られたし」両手を後ろ手に組んで、くるりとターンして見せる彼女。


「そうか」と微笑みながら燐子は呟く。


 先ほど感じた激情の全てを拳に込めて、のほほんとした顔のシュカの脳天に叩きつける。


 どうやら本当に殴られないと思っていたらしい彼女は、甲高い悲鳴を上げながら砂塵の積もった土の上を転げ回った。


「い、いたぁぁあいっ!」

「あれだけの無礼を、しれっと無かったことにするな…!」


 初めて笑顔以外の表情を見せた泣き顔のシュカに、燐子は吐き捨てるように告げた。


 その冷たい氷のような視線に見下ろされても、シュカは自分勝手に自らの無罪を叫んで回るだけだった。

骸骨戦、終幕です。


二部の個人的な見どころはこれからですよ!

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― 新着の感想 ―
[一言] チマチマと読み進めて最新話、こちらの作品も面白いです。 燐子とミルフィ、険悪だった二人の仲が少しずつ良くなっていく様子が良き哉です。 それに、刀を用いた戦闘描写もカッコイイですね。 燐子も…
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