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竜星の流れ人  作者: null
二部 四章 骸返し

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骸との対峙

骸骨戦も佳境に入っております。


拙い戦闘描写ですが、少しでも楽しんで頂けると幸いです。

 全力で両足を回転させて前に進んでいるうちに、外の光が痛いぐらい眩しく視界に飛び込んできた。まだ昼間だったことを思い出して、奇妙な気分になる。


 自分の少し前を、わけの分からない歌を歌いながら先導しているシュカの背中を懸命に追っているのだが、全く距離が縮まらない。


 こっちは全力疾走だというのに…。

 あちらの余裕のある笑い声が響く度に、負けた気がしてならない。


 というか、何がそんなに楽しいのだろうか。


 彼女の余裕への苛立ちと言うか敗北感というか、とにかく、そうした複雑なようで単純な感情が胸に湧き上がり口が開く。


「シュカ、本当に町に出て大丈夫なんだろうな!」

「大丈夫だって、さっき言ったでしょ」

「お前の説明では、ロクに状況が分からん」


 彼女の説明には擬音語が多すぎるし、主観が入りすぎているのだ。


「ばばーんとか、どかーんでは何も伝わらん!」


 だが、その分かりづらさが当の本人には伝わらないようで、こちらが何度問い返しても同じ答えが返ってくるという堂々巡りだった。


「ははは!燐子ちゃん馬鹿みたい!」彼女は心の底から愉快そうに笑う。「お前にだけは言われたくはない!」


 こちらが何と言い返そうとも大笑いして走り続けているシュカに、段々と感心に近い感情が芽生えてくる。


 走りながら喋る、というのは普通に考えてかなり体力を消耗する行為だ。もちろん、高笑いしながらとくれば尚の事。


 地を蹴る度に聞こえていた反響音が、外が近づくにつれてほとんど聞こえなくなってくる。足元に続く赤茶けた地面がくすんだこげ茶色に変わった辺りから、いよいよ外の新鮮な空気の匂いが嗅覚を刺激し始めていた。


 ラストスパートだと、今度こそシュカの背中に追いつけるよう、いっそう足の回転を速くする。しかし、そんな様子の燐子を首だけで振り返った彼女は一瞬こちらを向いて、器用に後ろ走りしたかと思うと、天真爛漫な笑みで告げた。


「えぇ、私とかけっこするのぉ?」対する燐子は必死の形相だ。「いいよ、遊ぼっか?」


 これまでが本気ではなかったことを証明するかのように、くるりと正面を向き直し、さらに最高速度を増したシュカは、一目散に光の先へと駆け抜けた。


 まるで疾風のようだ、と苦笑いでその後ろ姿を見送る。


 逆に、自分の背中を追っているはずの骸骨を振り返るが、全くその気配は感じられない。まだしばらくかかるようだ。


 外に飛び出た途端、フラッシュに焚かれたような光を浴びて、燐子は目を細め天に手をかざした。


 降り注ぐ初夏の陽光を厭う風に顔をしかめた彼女は、しゃがみ込んで自分の名を呼んでいるシュカのほうへと歩み寄った。


「遅いよ」と愚痴を垂れるシュカの暗い金髪が、陽の光を反射して、実際の色以上に明るく見える。


 放たれる言葉とは裏腹に、その表情には満足げな微笑みが浮かんでいた。


 本当に、何が楽しいのか。いよいよ不思議に思えてきて、燐子がそれを尋ねる。するとシュカは、小首を傾げて燐子の表情を真似るように呟いた。


「何で楽しくないの?」本気のようだ。「今が手放しで楽しめる状況か」


 そもそも、かけっこが楽しいと思える年頃ではない。それは彼女も大して変わらないように思えるのだが…。


 町に危機が迫りつつある。しかも、その危機はほぼ不死身なのだ。首を落としても死なない以上、そう形容するのが相応しいだろう。


 例え鉄竜炉の核を取り戻せたとしても、この町そのものが破壊されてしまっては、全てが水泡に帰す。


 しかし、どんな言葉で現在の危機的状況を伝えても、シュカは首を捻るばかりで納得する兆しはない。


 燐子は一つため息を吐き出して、少女の菫青石に輝く瞳をじっと見つめた。そこに宿る何ものかを見定めたかったのだ。


 だが、何も見えない。


 あの深海を模したガラス玉の奥には、一切の光が届かぬようで、その不可視の世界の様相を探ることは誰にもできない気さえする。


「下手をすれば、死人が出るのだぞ」

「知ってるよぉ」ずっとこの調子だ。「ならば、ふざけるのはやめよ」


「ふぅん」

「何だ」

「燐子ちゃんだって、楽しんでたじゃん」一つ低いトーンで彼女が呟く。


「何?」燐子が眉をひそめ問う。

「あの怪物との殺し合い」

「私は、楽しんでなど」


「笑ってたよ」かすかに嘲笑が含まれたような声。「私が迎えに行ったとき」


 ドキリ、と心臓が強く拍動する。


 彼女に自分の中の汚い部分を見透かされたような気がして、ぞくりと肌が粟立つ。


 そうか、自分があの濃い青の瞳を覗き込んでいるときは、あちらだって自分の瞳を覗き込んでいるはずだ。


 予想以上に勘が鋭いらしいシュカに見抜かれたとしても、そうそう不思議ではない。


 別に、隠さなければならない望みでもないはずだ。


 強くなりたい、そのために強い相手と戦いたい。

 誰よりも高い場所へ。その遥かな頂へ。


 侍なら、いや、武芸を嗜む者なら全ての人間が一度は考えることに違いない。


 なのに、それを指摘されることが恐ろしいと感じるのは何故だ。


 シュカはこちらの狼狽に気づいたのか、鈴を転がすような声で含み笑いを漏らした後、何でもないといった口調で言う。


「別にいいじゃん。それで。悪いことでも何でもないんだしぃ」


 共感されているというのに、否定したくなるこの感覚は一体何なのだろう。


「隠さなくていいよ。多分、私もだから」


 途端に、初夏のかすかな熱が地上から一掃されたのかと錯覚するほどの冷たい気配を感じた。


 燐子が一つの疑心を胸に、ぽつりと呟く。


「シュカ…お前は、やはり…」


 肝心のその先の言葉は、坑道に続く鉄の扉が、何か強い衝撃を受けて空中に跳ね飛ばされる音で遮られる。


 ――来たか。


 轟音がした方向を振り向くと、狭い坑道の出入り口を無理やり広げながら通り抜ける巨大な骸骨の姿があった。


 大きい、地下では天井の低さも相まってその長身がはっきりとは分からなかったが、こうして見ると凄まじい背格好だ。5、6mはあるのではないか。


 あのように真っ直ぐ立たれたのでは、先刻のように腕づたいに飛びつくといった芸当はできそうにない。


 忘れていたが、こっちの問題だって重要で未解決のままだ。


 刃も通さない、首を吹っ飛ばしても再生する。


 そんな化け物相手に、どんな有効手段があると言うのか。


 とにかく戦闘態勢を整えなければ、と燐子が太刀を抜刀すると、一拍遅れて背後でシュカが声を発した。


「頑張ってねぇー?」


 くそ、呑気なものだ。


 あんなナイフ投げの技術や体力があるのに、手伝う気は皆無。まあ、今更それに関して驚くことはない。むしろ予想通りだ。


 騎士団か、誰かが辺りの民間人は避難させているらしく、この場には自分とシュカの気配以外感じられない。それは燐子にとって何よりも安心できることだった。


 じわりと滲む気持ちの悪い汗が、額をつたい顎に移動する。


 確かに強敵との戦いが糧になるとは言ったものの、正直、こういう滅茶苦茶な相手はお呼びではない。


 顎の先端で雫となっていた汗の玉が、重力に引かれて変形し、そのまま耐えられずにとうとう地に向かって墜落した。


 弾けた水滴が渇いた土に飲み込まれたのを皮切りにしたように、骸骨が大きな足音と共に一直線に突進してくる。


 こんなにも速く動けたのか、と坑道内の鈍重な動きを思い出して仰天するも、直ぐに気持ちを整え、一先ず回避に専念する。


 自分の頭上から振り下ろされる大剣を走って躱す。

 続いて繰り出される横薙ぎ一閃も、しゃがんで避ける。


 さっきよりも速い。開けた空間に出たせいか、相手の攻撃も思い切りが良くなっているように感じる。


 躱し続けるのは至難の業だ。もしも、直撃したらと思うと、どうしても身が竦んでしまう。


 恐怖心を完全にコントロールするというのは難しい話だし、常に捨て去った状態というのも芳しくない。


 相手の出方が分からないとき、隙がないときにまで飛び込めてしまう勇気は要らない。無謀と勇敢は違うのだ。


 一筋の希望に向けて恐れることなく切り込める、というのが本当の勇気だ。


 周囲の建物からは人気は微塵も感じられないが、だからと言って町に被害を出しても良いというわけではない。なるべく最小限に被害を留めて、この骸骨を片づけたい。


「しかし、そうは言ったものの…っ!」


 再度、自分がいた場所に盾の形をした鉄塊が振り下ろされる。

 それを何とか横飛びで躱して、次の一撃に備える。


 再度の叩きつけを前進して潜り抜け、膝の間接を袈裟斬りに素早く斬りつけるが、やはり効き目はない。


 大トカゲといい、この骸骨といい…。自分の相手はこんな奴ばかりだ。


 そもそも刃が通らなければ、自慢の剣術も無に等しいではないか。


 やはりもう一度、自分で自分を殴ってもらう他なさそうだ。


 股下を抜けて、一旦距離を取る。それから太刀を納刀し、再度、骸骨の足元に戻る。


 頭部に被弾させることは難しそうだから、次は自分の足を吹き飛ばしてもらおう。そう考えた燐子だったが、彼女の予想に反して、相手は機敏に足元で動きまわる燐子にしっかりと狙いを定めて一撃、一撃を放っていた。


「学習するのか…!」脳味噌がないくせに、と歯噛みした燐子の脇すれすれに大剣が振り下ろされる。


 直撃こそ回避したものの、その衝撃の余波に当てられて、燐子は尻もちを着いてしまった。


 素早く立ち上がり、慌てて距離を取る。


 いよいよ不味い。次の策が思いつかない。


 燐子が苦虫を噛み潰したような顔をしていると、少し離れたところから、見覚えのある旗を掲げた一団が近づいてくるのが見えた。


 この町の騎士団だ。


 砂埃を巻き上げながら、堂々たる行軍で骸骨と燐子の元に接近してくる。


 役に立つかどうかを瞬時に判断した彼女は、自分の胴体を両断しようと斬り払われた鉄の刃をスライディングして躱し、骸骨の反対側に回り込む。それから大きな声を出して、騎士団に伝える。


「危険だ、来るな!」


 しかし、その声が聞こえていないのか、彼らは依然として前進を続け、一定の距離まで近づいたかと思うと、先頭の騎士の号令に従って後列の何人かが弓を構えた。


「くそっ、私もいるのだぞ!たわけが」文句を言いながら、物陰に隠れる。


 驟雨の如く、とまではいかないが、骸骨に一斉に降り注いだ矢の小雨は、その硬い骨に当たって軽い音を立てただけで何の役にも立っていない。


 当然だ、スミスの太刀が効かなかったのに、あのような気休め程度の攻撃が通用するはずもない。


 矢が巻き上げた砂塵が収まったかと思うと、奴は紫の玉を妖しく光らせて騎士団のほうに向きなおった。


「まずい…!」


 燐子が声を発すると同時に、奴が先ほどとは比較にならないほどの砂塵を巻き上げて、突進を開始した。


「はは、死んじゃうね」


 ふと、声のしたほうを振り向くと、シュカが他人事のように首を横に向けて事態を見つめていた。どうやら、ここで自分と骸骨の戦いを見物していたらしい。


「で、どうするのぉ?」


 今直ぐにでも彼女の襟首に掴みかかりたい衝動に駆られたが、そんな暇がないことは自分でもよく分かっている。


 煮えたぎる憤りの感情を何とか抑え付けて、物陰から飛び出る。


 全速力で怪物の後ろを追うが、散り散りとなった騎士団に迫る魔物のほうが明らかに速い。


 別に、彼らに対して特段の仲間意識があるわけでもない。

 以前、騎士団に味方するような形で帝国と戦ったのも、ただの成り行きに過ぎない。


 個人が国家間の諍いに、理由もなく介入するべきではないと自分は考えているが、今回は人対魔物、ひいては、この町そのものを守るための戦いだ。


 可能な限り、犠牲者の数は最小限に抑えておきたい。


 だが、燐子の願いも虚しく、あの大剣の一振りを背中から受けて、何人もの兵士がありえない角度に体を捻じ曲げながら地面に転がった。


 鎧のお陰で両断されることはなかったが、べっこりと無残にへこんだ胴当てが、中身は挽肉になっていることを物語っていた。


 これは、人の死に方ではない。


「背中から斬るなど…ッ!」


 逃げ惑う兵士の背中を後ろから斬るなどといった真似は、燐子が激しく嫌悪する所業の一種だった。


 倒れた兵士の鎧の隙間から垂れる、ドロリとした真っ赤な血液を見て、燐子の怒りは瞬く間に沸点を超える。


「やめろおぉ!」喉が裂けそうなほど大声で叫ぶ。


 注意を引き付けたい一心で、小太刀を素早く投擲するも、前回コウモリにしたように真っすぐは飛ばず、柄の部分が渇いた音を立てて当たっただけだった。


 ただ、本来の目的を果たすのには十分だったらしく、奴の無感情な目玉は確かにこちらを捉えていた。


「貴様の相手は、私だろう!」太刀を肩の高さに天を突くように構え叫ぶ。「よそ見などするなぁ!」


 燐子の大声を厭うように首を振った骸骨は、標的を有象無象の騎士団から、何度叩いても潰れない燐子へと戻した。

明日ももちろん、更新致します!


よろしければ、そちらもお楽しみください。

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