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竜星の流れ人  作者: null
二部 三章 這い出る、鉱山の主

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死を拒む者

燐子は黒のズボンに白シャツという出で立ちですが、

いつか、日本風の衣装で戦わせたいですね。

 本能的に敵の動きを察して、相手の剣先に集中する。しかし、予想外なことに骸骨は愚直な前進を続けてきて、その圧迫感で燐子は反射的に後ろに飛び退いた。


 丁度、ランタンの辺りまで下がったが、骸骨は燐子の刃先など眼中にない様子でもう一歩前に踏み出した。


 ものは試しだ。斬ってみないことには分からない。案外、豆腐のようにするりと断つことができるかもしれないではないか。


 骸骨の前進に合わせて、急加速し懐に飛び込む。


 相手の得物からして、十分に力を発揮できない距離まで踏み込んだ。

 これならば、確実にこちらの一太刀のほうが先に届く。


 両手で持った太刀を、下から上へと振り抜く。


 黒い刃が三日月の軌道を描いて、相手の股ぐらを引き裂かんとするも、想像通りと言うか何というか、斬撃はまるで通らない。


「ぐっ…」手が、じぃんと痺れる。


 自らの頭上に影がかかり、嫌な寒気を感じて、瞬時に相手の股下を抜けて後方に回り込む。先ほどまで自分がいた場所を、骸骨が片手に持っていた盾が通り過ぎ、そのまま壁に激突する。


 轟音を立てて、地面も天井も揺れた。下手をすれば坑道が崩れ落ちて、生き埋めになるのではないかと不安になるほどの威力だ。


 まともに食らえばひとたまりもないことも間違いないが、このまま壁や床を殴られ続けては、別の危険が待っていることも確かだ。


 背後に回ったせいで、骸骨の巨体がランタンの光を遮り、急に辺りが暗くなる。


 これも危険だ。陽の光の届かない地下で生きているこいつと違って、自分は光無しではまともに身動きも取れない。


 急いで光源の近くに戻らなければ。


 骸骨が振り向いて追撃を仕掛けて来るものだとばかり考えていた燐子だったが、相手は視界から消えた彼女のことなど微塵も気にする素振りを見せず、まだ前進を続けていた。


 まるで雑魚に用はないと言っているかのような態度に、燐子は眼尻を吊り上げて、太刀を高く構え直した。


「眼中にないということか、いい度胸だ!」


 太刀を握った両手に渾身の力を込め、強く跳躍すると同時に、腰椎目掛けて袈裟斬りを叩きこむ。


 今度は骨が削れるわずかな手ごたえがあって、思わず「よし」と声が漏れる。だが、骸骨はちらりと燐子を一瞥しただけで、これといって行動を起こさぬまま更なる前進を続ける。


 舌を打ち、細心の注意を払いながら股下を抜けて骸骨の正面に回り込む。そのまま斬りつけようかとも思ったが、ランタンが近すぎたので、一度それを抱えて距離を取る。


 唯一の光源を破壊されては、自分に勝機はない。絶対にランタンだけは死守せねばならない。


 ぎりぎり光が届きそうな場所にランタンを置いて、その巨躯で天井や壁を削りながらにじり寄って来る敵を睨みつける。


 およそ同じ生き物とは思えない外見に一瞬たじろいだ燐子だったが、再び太刀を構え直し、もう一度攻勢に出た。


 次は関節を狙う。どんなに硬いものでも継ぎ目は脆いものだ。


 膝に横薙ぎを一閃、手ごたえなし。

 返す逆薙ぎでもう一撃入れるも、やはり手ごたえはない。


 ならば手首か、肘か。そう考えていた燐子の視界に、大きく振りかぶられた剣が映る。


 さっと後退し、その一撃を躱すが、物凄い風圧に無意識のうちに笑いが漏れた。


「ははっ…」


 動きこそ遅いものの、あの一撃がある以上、迂闊な真似は絶対にできない。剣先で逸らす、といった得意の技は通用しそうにもないし、防ぐなど論外だ。


 それにしても、と自分の刀へ視線を落とす。


 スミスの言ったとおり、切れ味に関しては自分が普段使っていた刀に遠く及ばないが、代わりに凄まじい頑丈さだ。


 元々この世界は、斬るよりも叩き斬ることに主眼を置いた両手剣を中心に技術が進んでいるからなのか、ちょっとやそっと硬い相手を斬りつけても刃こぼれしないことには感動する。


 それがスミスの技術力の高さの証明である可能性も捨てきれないが。


 飛び込む機会を窺っていた燐子へ、今度は向こうから攻撃を仕掛けて来た。


 左手に持った大きな盾が振り下ろされ、地面を抉る。その振動の余波で体がふらつきそうになるも、何とか踏み留まる。


 まともにやっている分には、直撃することはなさそうだが…。


 ぱらぱらと自分の身に落ちて来る砂粒を、頭を振って振り払う。


 いよいよ天井が崩れてきそうだ。ここで戦うのは危険かとも思うが、かといって、町中におびき出すのはもっと危険だ。


 こんな化け骸骨と生き埋めになるのだけは勘弁願いたい、と燐子はひきつった笑みを浮かべる。


 いたずらに攻撃を繰り返し、その度に壁や床を殴られてはたまらない。

 何か策を練って攻撃し、周囲への被害は最小限に留めて相手を撃破しなければ。


 前進を繰り返す骸骨から、再びランタン片手に距離を取る。


 そういえば、自分が背後から一太刀入れたときは気にも留めなかったくせに、正面から攻撃し始めたら直ぐに反撃してくるようになったな。何か意味があるのか?


 そもそもこの骸骨は、どうして自分を無視してでも前進を続けているのだろうか。


 町に出ることが目的?いや、それならいつでも出られたはずだ。坑道に棲みついている、というのは、それがこの骸骨にとって居心地の良い環境だからに他ならないだろう。


 ならば、何故こんなにも一心不乱に町の方へと進み続ける?

 まるで、鼻先に人参でもぶら下げられた馬のように…。


 もし、何かに引き寄せられているとしたら。


 燐子の脳裏に、鉄竜炉のコアに付着した甘い匂いが蘇る。


「…罠、か」


 あえてコアを持って帰らせ、それにこの骸骨を引き付ける何かを付着させておけば、こいつを町中まで引っ張り出すことはできる。


 だが、何のためにそんなことをする?

 多くの人間を巻き込んで得られるものとは何だ?

 事態を混沌とさせ、我々を攪乱することで、何の弊害もなく逃げおおせるためなのか?


 いや、こんなところで頭を捻っていても何も分からない。変わらない。


 一つ確かなことは、こいつをここで止めないと町が滅茶苦茶にされるということだ。


 それだけは避けなければならない。来て日の浅い町だが、罪もない女、子どもが犠牲になるのは忍びない。


 だが、どうする。こちらの刃が通らない以上、足止めさえままならないのが現状だ。大砲か何かでもなければ、この骸骨を破壊することは不可能そうに思える。


 無いもののことを考えても仕方がない。他に何か策はないか…。


 思考を巡らせていた燐子の頭上に、再び盾による殴打が振り下ろされる。


 一瞬反応が遅れた彼女だったが、あまりにも鈍重な一撃だったため、未だ余裕を持って躱すことができた。


 再び地面が抉り取られて、ぼっこりと穴が開くと同時に、次は坑道全体が揺れた。その振動にひやりとした燐子だったが、何とか天井は崩落せずに済んでいるようだ。


 本当に何という一撃だ。それこそ大砲のような――。


 そこまで考えて、燐子はハッと目を見開いた。


 そうか、無ければ作ればいいだけのことではないか。


 ここには、お誂え向きの筒と弾が既に用意されている。

 後はこちらがその弾道を制御してやればいい。


 自分の考えた荒唐無稽な打開策に、口元が緩む。


 できるかできないかはさておき、やってみる価値はありそうだ。少なくとも、それができそうなくらいには相手の一撃は遅い。


 太刀を納め、ゆっくりとランタンのそばに鞘ごと置く。


 今からやることは、出来る限り身軽にしておいたほうが成功率が上がるものだ。かといって丸腰なのも危うい。小太刀だけは佩いたままにしておく。


 手首足首を回し、軽いストレッチを行う。


 ――恐れは、太刀と共にここに置いていく。


 臆病さが自分の判断力と体の動きを鈍くすることを、燐子はよく知っていた。

 いかに、そういう相手が殺しやすいかも。


 足の裏に力を込めて、一気に最高速度まで加速する。


 殺気以外一切の感情が死に絶えたような紫の玉には、燐子の行動に対する驚きも、恐れも、歓喜も映りはしない。


 自分が考えた通り、この骸骨にはほとんど思考力といったものがない。

 見た目どおり、脳味噌はスカスカなわけだ。


 あえて足元までは踏み込まず、その手前、丁度、相手が自分を殴りつけやすい位置で一度止まる。


 案の定、一拍置いて振り下ろされたシールドバッシュを後ろ飛びで躱し、その左腕に飛び乗る。


 天井から零れ落ちる土の臭いが、かすかに鼻先をくすぐる。


 そのまま一気に肩まで駆け上がり、頭部に飛びつく。


 天井の低さによって折り曲げられた首のおかげで、何とか頭まで届く。

 ただ、思いのほか掴まるところがなかったため、素早く小太刀を引き抜き、体勢が安定するように切っ先を眼孔に引っ掛ける必要があった。


 どうだ、と燐子は下を振り返り相手の動きを確認した。すると、相手には何の躊躇もないのか、既にこちらに向けて盾を振りかぶっている状態だった。


 思考力がない、というのはほとんど反射で生きているようなものなので、普通の生き物ならば躊躇するような場面でも、まるで気にしないようだ。


 予想よりも速い挙動に肝が冷える。十分に離脱する時間が残る計算だったが、明らかに今直ぐ離れないと危険だ。


 小太刀を外し、壁に向けて跳躍。

 そのまま、逆三角飛びの要領で地面に落下、それから前転し距離を離す。


 刹那、先ほどまでとはまた違った轟音が坑道内にけたたましく響き渡った。


 振り返ると、骸骨が自分の左手で自分の顔面を強打していて、その頭部がずり落ちるように首の上から地面へと落下し、続いて本体もゆっくりと背中から崩れ落ちた。


「ふう…」ひやっとするシーンはあったが、想像以上に上手くいったな、と燐子は長く息を吐いて、冷や汗を拭った。


 骸骨の骸、というとおかしな感じになるが、それを背にして燐子は太刀を拾い佩き直し、抜いていた小太刀をゆっくりと鞘に納めた。


 切り刻めないなら急所を突く。

 大トカゲ相手にも通用した術だった。


 どんな絡繰りで動いていようと、首から上が胴体と離れれば、生き物である限りこれで万事、即死である。


「頭の足りない屍風情が、私のことを甘く見るからだ」


 忌々しげに捨て台詞を吐き、後は地上に上がって二人に合流するだけだ、と燐子が考えた、そのときだった。


 何かが、地面を引きずられるような音が背後から聞こえた。


 まさかと思い、緩慢な動作で振り返る。


 すると、信じられないことに、外れた骸骨の頭部が紐で引っ張られているかのようにして、胴体のほうへとにじり寄って来ているではないか。


 あまりにショッキングな光景に、燐子は唖然と口を開いたまま棒立ちでそれを見つめ、とうとう首と胴体が一つになったときには、無意識のうちに後ずさりしてしまった。


「おい…おいおい冗談だろう、不死身かこいつ!」


 斬りつけても駄目、急所を突いても駄目、頭と胴を切り離しても駄目。

 …これでは、とてもではないが為す術がない。


「まさか本当に、死なないのか」


 こうなれば生き埋めにするしか、とも考えたが、頭と胴体を切り離しても死なないような相手がそんなことで殺せるとは思えず、いよいよ万事休すかと顔を険しくした。


 有効な手段が思い浮かばないまま、さらにもう一歩後退した燐子の耳に、遠鳴のような音が聞こえた。


 初めは、動揺している心が、拾った音を人間の声のように錯覚したのだと思ったが、もう一度聞こえたときは、はっきりと聞き覚えのある声だと分かり、その声の持ち主の名を口にした。


「…シュカ?」

次回より、四章が始まりますので、

今後もお付き合い頂けると幸いです。

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