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竜星の流れ人  作者: null
二部 二章 炉と工芸の町 シュレトール

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二人のものだから

連休最終日ということで、更新も多めに致します。


二人にも、たまには仲良くしてもらいます。

仲良く…できていますでしょうか?

 がちゃがちゃと必要以上に音を立てて食事をするミルフィに、燐子は目を細めた。


 足を組み、頬杖をつきながら横を向いて食事する態度の悪さには、閉口せずにはいられない。


 注意しようかとも考えたが、むしろそれを待っているような気がして、いっそのこと黙って見守っていた。一言指摘すれば、それを皮切りに驟雨の如き愚痴や文句がこちらに向けられることは、その表情から容易に察せられる。


 自分も今は目の前の料理に集中しようと、テーブルの上の大皿で運ばれてきていたステーキに視線を落とす。


 豪快な肉料理が有名だと言うだけあって、とても肉厚で溢れんばかりの肉汁が食欲をそそる。かねてから人に与えられたプリミリティブな衝動に突き動かされて、次の一口を頬張る。


 肉をカットすること自体は、料理とセットで付いてきたフォークを使って行い、他のサラダやスープは箸を使った。


 こちらの食事風景に目を止めたミルフィは、初めは不機嫌そのものという雰囲気だったが、燐子の手元で器用に動かされる箸に目を留めると、どこか嬉しそうに尋ねた。


「持ってきたんだ」少しだけ目元が柔らかくなる。


 言葉の主語がその目線から察せられて、燐子は相槌を打つ。それに満足したのか、彼女も軽く返事をして再び食事に戻った。


 それだけで会話が終わったことが意外だったが、確かに、今は無闇に思い出を振り返ったところで、ミルフィの胸に寂寞の風が吹き込むだけだろう。


 きっと、その風はシュレトールの町並みを通る風のように乾燥していて、寂しさで心の水分を奪い去る。


 珍しく気を利かせた燐子は、胸の中だけで、大事なものだからなと呟いて、何か明るい話題に変えようと脳を働かせた。しかし、明るい話題などそもそも思いつきもしないことに思い至り、自分にかすかな失望感を抱く。


 …もう少し、自分を変えたいものだ。


 城に住んでいたときに自分の世話をしてくれていた下女たちは、絶えず笑いかけていてくれた。


 下らない話題が大半を占めていた気がするが、それでも、人の笑顔というのは緊張で凝り固まった精神を解す力を持っている。まあ、成長して戦場に出るようになってからは彼女たちもまともに話しかけてはくれなくなったのだが。


 たまに、ごくたまに思う。


 自分は、まともではないのではないだろうかと。


 元の世界でも、ここでも、戦う自分を見る周囲の目は、非常に少ない数の分類が可能だった。


 恐れと期待、それから憎しみ。それ以外のものは、本当に一握りの人間しか見せてくれなかった。


 ちらりと、その一握りの人間に目をやる。少しは落ち着いたようだが、未だに眉間の皺は消えていない。そもそも何に対してへそを曲げているのやら。おおかた、さっきの少女のことだとは予測は付くが。


 ミルフィの脳内を何とか読めないかと思考を巡らせ観察していると、その臙脂色の瞳と真正面からぶつかってしまい、慌てて目を逸らした。だが、それを目撃されていたようで、彼女は今度こそこちらに八つ当たりを始めた。


「言いたいことがあるなら言えばいいじゃない」


 それはこちらの台詞だ、という言葉が喉まで出かかったが、すんでのところで押し留めて辛うじて適当な誤魔化しを返す。


「いや、別に言うべきことなどない」


 ミルフィとしては小言で返されるのを期待していたのだろう、鬱憤を晴らすことができず不満げな表情をしたまま、食事を再開する。


 食事を終えて、ウェイトレスに声をかけ水のおかわりを頼む。派手な女性だが、明るく爽やかな受け答えに好感が持てた。ミルフィもこれくらいの愛想の良さがあれば問題ないと思うのだが。


 運ばれてきた水を受け取り、お礼を告げると目の前の彼女に向き直った。一先ずは今後のことを話し合っておく必要がある。


「なあ、ミルフィ」


 名前を呼んで注意を引こうとするも、彼女は既にじっとりとした目つきをこちらに向けているので、その必要はないように思えた。


「あの少女、どう思う」なるべく彼女の神経を刺激しないよう、最低限の単語だけで質問する。


「はぁ?」失敗したようだ。「あの少女の提案だ」


 ミルフィは鼻を鳴らすと、「初めからそう言いなさいよ」と無愛想な顔で唱えて、「怪しい」とこちら以上に少ない言葉で感想を述べた。


「それはそうなのだが…実際、私たちに具体的な打つ手がないのも事実だ」

「へぇ、そう。いいんじゃない別に。好きにしたら」


 その物言いにさすがに腹が立ったが、相手にしたら負けだと思い、冷静な口調を意識して会話を続ける。


「盗人風情の力を借りるのも癪だが、背に腹は代えられない。報酬に関してはフォージにかけ合うとしよう」

「ご勝手に」


 投げやりな言葉と、左手で頬杖をついたまま、右手の人差し指で机の上をトントン叩くその仕草に、とうとう燐子は我慢の限界に達し声を発した。


「おい、ミルフィ、いい加減にしろ。何がそんなに気に入らないのだ」


 自分でも思った以上に低い声が出て驚く。それは目の前の彼女も同じだったようで、一瞬きょとんとした表情になって、それから眉間の皺を濃くして窓の外へ視線を逸らした。


「別に、何でもないわよ」

「何でもないという態度か」この期に及んではっきり言わないのか。「こっちを見ろ」


 挑戦的な目がじろりと燐子のほうを向く。


「言ったじゃない、勝手にすればって。そもそも私じゃなくて燐子の刀のためにやってるんでしょ」

「それもあるが、決して刀のためだけではない」


 燐子は周囲の様子を窺い、できるだけ会話が聞こえないようにミルフィのほうへと身を乗り出した。


「例の流れ人をこのままにはしておけない」かすかに彼女の瞳が曇る。「騎士団に任せようとは思わないの」


「彼らに任せていては無用な犠牲が出る。相手は相当な腕の持ち主だ」


 嘘は吐いていない。ただ、少しだけ自分の本音を隠しているだけで。


 しかし、隠し通せると思っていた考えも、ミルフィが、「そんなこと言って、自分が戦いたいだけじゃないでしょうねぇ」と尋ねたことで、そう上手くはいかないのだと思い知る。


 ミルフィの鋭い指摘と視線に言葉が詰まり、思わず目を背けてしまう。彼女は深くため息を吐いた。


「そんなことだと思ったわよ。燐子ってば凶器のことが分かってから、やけにやる気だったもの」


「それだけではないぞ」と言い訳するもまともに取り合ってもらえない。


「本当、そういうのばっかりなんだから。綺麗な場所も好きみたいだけど、それ以上に血生臭いほうが好きだものね」


 もうこれ以上は火に油を注ぐだけだと判断して、咳払いをしながら前のめりになっていた体を戻し、腰を椅子へと落ち着けた。


 燐子が頭を掻きながら、「よく分かっているな」と悔し紛れで呟くと、瞬間、顔の筋肉を硬直させたミルフィは直ぐに声を高くして言った。


「そうよね、燐子の頭の中なんてそんなことばっかりよね」


 何を得心したのかは分からないが、彼女はしきりに頷いている。


 見た限り、ミルフィの顔には『上機嫌』という張り紙がされていても可笑しくないほどにご満悦な笑顔が浮かんでいたので、燐子は安堵した。


 とにかく、これで話が進められそうだ。


「あの小娘に協力を仰ぐ、問題ないか?」質問をまともに聞いていない様子の彼女に、もう一度声をかけて尋ねる。


「言ったじゃない、好きにすればって」


 今度は本心から言っているように感じたが、いまいち、こういう投げやりな発言は好きではない。


 燐子は真剣な表情をして、目の前で既に違うことを考えているらしいミルフィに向けて言った。


「そういう物言いは好かん。そもそも、二人の旅だ。二人で決めるべきだと私は思う」


 その発言を耳にしたミルフィは、「二人の…」とうわ言のように呟くと、視線を空になった皿に落とした後、しばらく静止していた。かと思うと、突然机の上を叩き勢いよく立ち上がり叫んだ。


「よしっ!じゃあ早速、あのガキのところに行くわよ!」


 酷い言葉遣いであるうえに、つい耳を塞いでしまいたくなるほどうるさかったため、愛想笑いが上手なウェイトレスが近くまでやってきて、彼女の行動を笑顔のまま咎めた。


「あ、ご、ごめんなさい…」


 しゅんと小さくなって蚊の鳴くような声で謝罪する声を耳にして、自分にもこれくらい素直に接してはくれないものだろうかと、燐子は片眉だけ上げた。

いつもどおり、19時に続きを更新しますので、

よろしければそちらもお願いします!

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