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竜星の流れ人  作者: null
二部 二章 炉と工芸の町 シュレトール

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炉の炎は消えた

今回は少々短いですが、また明日も更新しますのでよろしくお願いします。


炉と工芸の町編の始まりです!

 門の両脇に立っている番兵を見た瞬間、嫌な予感を感じずにはいられなかった。彼らが明らかにこちらを殺気立った目で見つめていたからだ。


 未だにこちらの背中に頭突きを繰り返しているミルフィは、その気配に気づいてはいないようだったので、軽く彼女の手を叩き、顔を上げるように告げる。


 彼らが何か命じるより先に、馬の手綱を引いて速度を緩める。少しでも敵意が無いことを示しておいたほうが、後々の信頼にも繋がるだろう。


 馬の足並みがほとんど歩くような速度になったところで、二人の番兵に馬を降りるように命じられた。逆らう意味もないので、言われたとおりに馬上から体を降ろす。


 予想通り、彼らは自分たちが何者なのかを尋ねた。毎回ここを通るものにそれを聞いているのかと不思議に思ったが、自分が腰に下げている太刀とミルフィの髪色のせいかと自分で納得した。


 質問に対してありのままを答える。

 カランツから来た旅の者ということを伝えるが、やはり懐疑の目は弱まらない。


 二人はぼそぼそと何事かを話し合っているようだったが、一向に話し合いは進まず、ああでもない、こうでもない、といったふうな様子を続けていた。


 これでは門前払いになりかねないのでは、と考え、一先ず自分がここへ来た目的について説明しようか一歩踏み出したところで、門の奥、町のほうから何者かが大声を上げながらこちらに近寄ってきた。


「どうした」と大柄な壮年の男がのしのしと猪のように足を動かしている。


 いかにも偉そうな男であるが、騎士団のマークの入った鎧を着ておらず、はち切れそうなシャツに、下は作業着のようなズボンといった出で立ちだ。


 騎士たちは男に一通りの説明をすると、彼の後ろに下がった。ちなみに自分たちの紹介は、奇妙な武器を持った黒髪の女と、赤髪の女だった。もれなくその冒頭に『怪しい』という形容詞が付属していた。


 どうやらここでも疑われているらしい。アズールで上手く抜け出せたのは、ミルフィが時折訪れていたことや、最初に疑われたのが自分だったからなのかもしれないと、今なら冷静に考えられた。


 男はじろりとこちらを見ると、口を開く。


「なあ、こんな砂と炉しかない街に一体何の用だ?」


 用事が無くては立ち寄れない町なのか、という皮肉が喉元まで出かかったのだが、ぐっと飲み込む。


「大事な刀――剣を研いでもらいに来た。アズールの鍛冶師スミスに、ここには腕利きの職人がいると聞いた」


 一際強い風が吹いて、熱っぽい空気を冷やしてくれたのはありがたかったのだが、そのせいで砂塵が舞い上がり、思わず咳き込んでしまう。


 燐子の咳が止まるのを待って、男が言う。


「その砥いでほしい刀とやらを貸してみろ」伸ばされたゴツゴツとした腕を見つめる。


 筋骨隆々としていて、掌には何度も豆を潰した痕がある。無造作に伸びた茶色の髪と無精髭も相まって、かなりダーティーな印象を受ける男だ。


 燐子は一瞬で相手のことを推察し、躊躇なく告げた。


「断る」背後でミルフィが燐子を咎める。「ちょっと、燐子!」


「ほぉ、何でだ」


 男が低く唸り声を上げてから、燐子に理由を問いかけたので、彼女は凛とした姿勢を崩さないままで口を開いた。


「これは私の魂だ。例え刃こぼれしていても、そう易々と信頼の置けない相手に預けるわけにはいかない」


 相手を真似るように低いトーンを意識して伝える。すると男は、「じゃあ、その場で抜いて刀身を見せてみろ」と返した。


 燐子は、何が目的なのか、と思考を巡らせたが、どうにも答えを導き出せる気がしなくて、無言で男を睨みつけて静止していた。


 そこで背中からミルフィに声をかけられる。


「ねぇ、一先ず抜いたら?」彼女にしては珍しく、少し不安な表情だ。「言う通りにしましょう」


 確かに、ここで拒めばいよいよ町の中に入れなくなるだろう。今はミルフィの言葉に従うのが得策のように思えた。


 馬に括りつけた太刀を取り外し、相手の正面に側面を向けて構える。


 辺りが神妙な空気に包まれ、誰かがごくりと唾を飲んだ音すらも聞こえる静謐の中で、何の前触れもなく燐子が鞘から刀身を引き抜いた。


 刃が鞘を滑る金属音が響き、一同の前に太刀の刀身が晒された。


 ぼろぼろになってはいるものの、未だにその白刃の煌めきは消えてはおらず、見る者の瞬きを静止させる、言葉にし難い魅力が吐息を漏らしていた。


 男はしばらくの間、その刀身を観察していたのだが、不意に、腕を組んで言葉を放った。


「なぁ、何を斬ったらそうなる」


 似たような質問を数時間前にされたな、と思いながら「さあな」と答える気はないことを暗に示した。


 呆れたような顔つきになった男は、首だけで二人の番兵のほうを振り返って言う。


「こんなんじゃ人は斬れん。そっちのお嬢ちゃんも、背負っているのは弓だ」


 それを聞いた番兵の一人がまだ納得していない様子で、彼女が腰に佩いた二本の刀を指差したので、燐子は面倒になって両手で刀を抜いた。


「これでいいか」


 黒の太刀と少し刃のこぼれた小太刀に、もう一方の騎士が情けの無い声を上げるも、かえって男は嬉しそうに刀を見つめ、何度か首を左右に振った。


「あれは新品だし、そっちは刀身が短すぎる」


 それから怯えた騎士を安心させるように低く笑うと、肩を竦めながら告げた。


「この二人はどっちもシロだ。俺が保証する」


 その言葉でほっとしたような騎士たちを尻目に、燐子とミルフィはじっと逞しい男の顔を見据えていた。


 間違いなく、この町では騎士よりも身分が高い人間なのだろうが、町長、というにはあまりにアウトローな空気が滲み出ている。


「一体何者なの、このおじさん」ミルフィが燐子の耳元で囁く。吐息が少しくすぐったい。「分からない。敵、ではないようだが」


 男はこちらを振り返ると、ニヒルな笑みを浮かべ、片手を伸ばして言った。


「黒髪のお嬢ちゃん」

「お嬢ちゃんなどと呼ぶな」と燐子が顔をしかめる。「じゃあ何と呼べば?」


 低く野太い声でそう聞き返され、一瞬燐子は逡巡したが、諦めたように自分の名前を呟いた。


 男は一度こちらの名前を独り言のように口にすると、珍しい名前だと頷いた。それから彼は町の中に入るよう促しながら、今一度太刀を貸すように言った。


「無理だと言っただろう」


「俺は別にいいんだがなぁ」男は意味の分からないことを言った。「でも、燐子嬢が困ると思うぜ」


 彼がしたその独特な呼称に、背後にいたミルフィが吹き出して笑う。


「燐子嬢だって」先ほどの話を思い出しているようだ。

「うるさい、少し黙っていろ」


 気を取り直して、男にその意味を尋ねる。


「どうして私が困る」


 燐子の警戒心を露わにした眼差しを真正面から受けても、彼は決して怯む様子を見せなかった。それどころか浅く笑い、その無精髭を撫でてこう言ったのだ。


「スミスが言っている鍛冶師とは、俺のことだからだ」

お読み頂き、ありがとうございます。


また明日も19時に更新しますので、

お仕事終わりのお暇な時間にでも、どうぞ!

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