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竜星の流れ人  作者: null
二部 一章 未知の世界は直ぐそこに

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砂塵を前に

日本中世の宗教観を考えると、

遠藤周作さんの『沈黙』を必ず思い出してしまいます。


私は無宗教なので信仰心も何もないですが、

形のないものを大事に出来るということは、美しい気がしますね。

 

 道の凸凹が目立つようになってから、ミルフィが鞍を掴んでいた手を燐子の腰に回した。先ほどまでは過剰に反応していたのが、何だか阿保らしく思える。


 ちょっとした荒れ野を進んでしばらくしたら、例の村に着くのだとスミスに聞いていた。

 ほとんど密着するような姿勢のまま、ミルフィが話を続ける。


「人間とは比べ物にならないくらい長寿で、不思議な力を持っていて、滅多に人前に姿を現さないの」

「不思議な力?」と燐子が尋ねる。「それはどんな力なのだ?」


 ミルフィは、燐子が時折自分を振り向く際に覗かせる黒曜石を真っすぐに見据えて言う。


「知らないわよ、そんなの」

「おい、この流れで知らないとは、随分がっかりさせるな」

「しょうがないじゃない。言ったでしょ、人前に姿なんか見せないって。伝承や本の中の知識でしか知らないのよ」


 道は、次第に整備されているとは言い難い路面状態へと変貌していく。


 次の町は荒れ地に建設されているという。つまりは、アズールのような瑞々しい美しい情景は期待できないということだ。


 そのことを考えながら話を聞いていた燐子は、しみじみとした口調で呟いた。


「なるほど、人以上の知能か。にわかには信じがたいが…」


 燐子の呟きに目くじらを立てたミルフィは、何がそんなに気に障ったのか、荒々しい口調でこちらを咎めた。


「人間が一番賢いってのが、そもそもの思い上がりなのよ」


 彼女のスイッチがどこだったのかは知らないが、その弁舌の勢いは留まるところを知らず、堤防が決壊したかのようにまくし立てる。


「資源は限られているっていうのに、それを使って日夜同族同士で殺し合う。そんな生き物のどこが万物の霊長なのかしら」


 その謂れのない怒りを叩きつけられる前にミルフィから目を背ける。


 彼女にしては随分と弁が立つではないか、と燐子は不思議に思って疑うような目をこっそりと向けた。


 やたらと理屈っぽいというか、偏屈というか、とにかく彼女らしくない発言だったため、思った通りミルフィに尋ねてみた。すると彼女は少し驚いたような顔をして、今の言葉の出所を語った。


「これ、ちょっと前に噂になってた新興宗教の教祖様が言ってたのよね」

「やはりミルフィの言葉ではなかったか」納得した様子を見せる燐子。「やはりって何よ」


 彼女のそのストレートで殴る前のジャブみたいな言葉は無視して、燐子は目の前に広がりつつある荒涼の大地を見つめながら考えた。


 新興宗教、か。日の本でも海を渡ってきた宗教に押しつぶされそうになった時代があった。


 …いや、正確には押しつぶしたのは日の本側だ。


 あそこまでする必要があったのかと内心思っていたが、父曰く、日の本を守るためだったそうだ。


 そうして、はるばる海を越えてやって来た神は、お上の手で弾圧されてしまった。


 だが、それでも貧困に喘ぐ人々の中では確かに長く息づいており、いかに人間の中から形のないものを奪い去るのが難しいか証明されていたものだ。


「戦争が長く続いているのだ、民の中に新しい光を求める者が出てきても当然だろう」


 ミルフィはその言葉を耳にすると、「へぇ」と少し感心したふうに言葉を漏らして続けた。


「元々傭兵だったって言ってたっけ?」


 一瞬、何の話か分からなかった。そのうち、そういえばそんな嘘を吐いていた気がすると思い至った。


 頭の中で、嘘だと正直に答えた際のことをシュミレーションする。


 背中を肘か拳骨で小突かれる自分の姿が脳内に描き出されて、とりあえず小さく首を縦に振った。


 ミルフィはそんなこちらの動きに何の疑いも抱かなかったようで、そのまま声を発した。


「それにしては、燐子って偶に統治する側の目線で話すわよね」


 甘かった。疑っていないのではなくて、初めから信じていなかったようだ。


 ぎゅっと彼女の右手が拳骨の形に変わった。肘で小突くのではなく、どうやらグーで叩くつもりのようだ。


「気のせいだろう」適当に濁す。「アンタ、嘘吐いてないでしょうねぇ?」


 自分の腰に添えられた左腕に、力が入るのが分かる。どう考えても、もう殴る気満々であった。


 何故、そんなにもこだわっているのか分からないが、とにかく今は何とかして誤魔化さなければならない。


 そう思って燐子は、「そもそも私が統治する側に見えるか?」と呆れた感じを装って問いかけた。


 すると、ミルフィは目をパチパチさせたかと思うと、唐突に吹き出して、肩を震わせて笑った。


「おい、何だ」怪訝そうに呟く。


 ミルフィはしばらく笑い声を上げていたかと思うと、ちらりと燐子の顔を見て、それからもう一度大きな声で笑った。


 やたらと乾燥していた空気に、彼女の高い声が響き渡る。


 地はところどころひび割れ、どうやって生きているのか分からない背の低い草木が、点々と辺りに散らばっている。


 小さな虫や、野ネズミのような生き物はよく見かけるものの、それ以外の命は一見した限り存在していないように見えた。


 このような辺境に、本当にアズール並みの規模の町があるのだろうかと不安になる。誰かの見た蜃気楼ではなかろうか。


 草原を抜けて荒れ地に入ってからは、季節が変わったかと思うほど空気が乾いて、気温も上がっているように感じた。


 その暑さのために、自分でも気が付かない間にシャツのボタンを三つほど開けていた。


 周囲の様子を観察していた燐子の背中を、ようやく笑いが止まったらしいミルフィが、軽く叩く。

 どうやら自虐的な返しによって、本来受ける可能性のあった背中の痛みは大きく激減したようだった。


「アンタが統治者側だったら、多分お姫様ってことになるでしょ?ないない、絶対無いわ。それこそお姫様に失礼だったわ」


 こいつ、とその柔らかそうな頬をつねり上げたくなる衝動に駆られたが、何とか踏み留まって、ミルフィの言葉に頷いた。


 最近の自分は、我ながら手綱の具合が上手だと思う。もちろん、自分のである。


 背中のミルフィに聞こえない程度のため息を吐く。口から洩れたかすかな呼気は、乾いた空気に吸い取られていくように消えた。


 それ以降、随分上機嫌になったミルフィと下らない会話をしながら、荒れ野を進んだ。


 人間の作った街道にはあまり近寄りたくないのか、魔物の姿もほとんど見受けられないまま馬は野を切り裂いていった。


 アズールの町を離れて2時間ほど経ったかどうか、というところで燐子の目に灰色で横に長い壁が映った。


 どうやら蜃気楼ではないらしい。


 二人の目的地、シュレトールの町だ。


 近づけば近づくほど、その大きな壁とそれを囲むように掘られた塹壕が目に留まる。


 一体彼らは何と戦っているのか、と不思議に思ったが、それを尋ねるよりも先にミルフィがこの町の特徴を語った。


 この壁と濠は、数世紀昔の戦争で使われたものが、そのままの形で残っているということ。

 町の中に、鉱山に続く古い坑道が存在しているということ。

 肉料理が有名であるということ。


 抜け洩れなく調べられたような内容に、燐子がぼそりと声を発する。


「随分と詳しいな」


 そういうバックボーンを意識して聞くと、これはこれで壁と濠にも中々趣を感じてくるから不思議だ。


「ちゃんと調べてきたのよ」とミルフィは誇らしげに胸を張った。「わざわざか?」


 その言葉が気に障ったのか、彼女は語調を強めてこちらを見上げるようにして言った。


「何よ、そのほうが、アンタが喜ぶだろうと思って――」


 ミルフィはハッとした表情で言葉を区切ると、頬を紅潮させながら燐子を睨みつけた。それが照れ隠しだということぐらいは、朴念仁の自分にも分かる。


 そうか、私のためか、と燐子はその言葉を何度か心の中で反芻させると、一度息を吸った。


 正確には言葉を発しようとしたのだが、少し照れ臭くて空気を吸い込んだだけになったのだ。


 気を取り直して、再び口を開ける。


「ありがとう」


 久しぶりに、こんなにも素直な気持ちでお礼が言えた気がする。


 灰色の壁をくり抜くようにして作られた、大きな門へと馬を向ける。


 壁の方から迫って来るような錯覚を覚えていた燐子の背中を、ミルフィがごつんと頭突きした。


 振り向かずとも、今度はその意味が分かるような気がした。

後書きまで目を通していただいている方々、いつもお世話様です。


拙い作品をご覧になって頂いてありがとうございます。


さらにご意見・ご感想、ブックマークや評価をして頂けている方、

いっそうの感謝を申し上げます!


今後とも、よろしくお願い致します!

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