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竜星の流れ人  作者: null
二部 一章 未知の世界は直ぐそこに

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黒い刀

二部の更新に関しては、

今までと違い、一日に一度の更新にする予定です。


その分、文章自体はやや多めになっております。

なにはともあれ、ゆっくりとお付き合い頂けると幸いです。

 日がある程度の高さまで昇り、周囲の人通りが多くなってきた頃合いに二人は宿屋を後にした。


 本当は人の少ない時間帯に旅に必要なものを揃えて回ろうと考えていたのだが、どうせ騎士団がカランツからアズールに辿り着くまでには、まだ相当の時間がかかるとの予測をミルフィが立てたことで、慌てずゆっくりと用意することに決めた。


 確かに、自分たち二人でもほとんど丸一日かかったのだから、部隊ともなれば少なく見積もってもそれ以上はかかるだろう。


 保存が効きそうな食料を買い、それから少し遅い朝食を済ませる。今日はオムライスだ。


 食事も、こちらに来てから楽しみに加わったことの一つだった。


 今までは食事などというものは、腹を満たし、戦うためのエネルギーを蓄える手段以外の何物でもなかったのだが、最近では食事自体に興味がそそられるようになっていた。


 朝食の感想を、隣を同じペースで歩く彼女に呟くと、今度自分が作ってやるという確約を取り付けることができた。それだけで気持ちが明るくなる。


 他にどんな料理が作られるのかという話をしているうちに、スミスの工房へと辿り着いた。


 一度話を切り上げて、無言のまま鍛冶場に足を踏み入れる。


 彼女の手入れのお陰で、前回の戦いを生き抜くことができたのだから、まずはそのお礼をと思って立ち寄ったのだが、一番奥の部屋で作業をしていたスミスの口から思いがけない話が舞い込んできた。


「派手にやらかしたみたいだな」とスミスが開口一番そう告げた。きっとカランツの一件に関することだろう。「耳が早いな」


「だいぶもう噂になっているぞ。それなのに、あまり不用意に辺りをうろつくのは感心しないな」


 彼女の言葉の意味がよく分からず、眉をしかめて相手の顔を見つめ返す。横で小首を傾げていたミルフィが、燐子の気持ちを代弁するように尋ねた。


「どういう意味?」

「そのままの意味だよ」


 要領を得ない回答に、今度は燐子がその真意を尋ねる。「どんな噂なのだ。カランツでの戦のことではないのか」


 スミスは相変わらずの無表情のまま首を左右に振った。


 他の部屋からは槌で鉄を打つ音が一定のリズムで響いてくるが、今この部屋では、炉が勢いよく火炎を昇らせる音しか鳴っていなかった。


 煤けた頬を腕で拭ったスミスは、先ほどと同様のトーンで声を発する。


「君が、王女の洗礼を拒否した、という話だ」


 洗礼、と一瞬脳裏に疑問が湧いたが、直ぐに例の癒しの力による、血分けのことだと思い至って、苦笑いを浮かべた。


「またその話か。そんなにも大事なのか?」


 スミスはちらりとミルフィのほうを一瞥したのだが、彼女にはその意図は伝わらなかったようで、目をぱちぱちさせるばかりであった。


「前代未聞だ。王女の洗礼を断ることなど、普通は考えられない」


 きっぱりと深刻な口調で言い切ったスミスの言葉を聞いて、思わずミルフィのほうへと顔を向ける。


 彼女の元々の口調なのだろうが、やたらに深刻な話になっているように聞こえる。だが、ミルフィも冗談交じりで話の種にしているぐらいだったのだから、やはり些か大げさなのではないのか。


 彼女はスミスと燐子から同時に視線を受けて、呑気な声を上げた。それから首を激しく横に振る。


「そ、そんなにヤバいことになってるの?」


「前例がなさすぎて何とも言えない。ただ、王女にも面子があるからな。親衛隊でもないただの女に泥をつけられて、彼女も、そして彼女の従者も黙ってはいないだろう」


 従者、あの女か、とぼんやりとセレーネの隣に立っていた女の顔が浮かぶも、やはり朧気で、まともに記憶にはない。目元の黒子だけは覚えている。


 不意にスミスが、トントンと自分の首を指で突いた。初めはその行動の意味が分からず、不思議そうに眺めていたのだが、はっと燐子は思い当たった。


「まさか、う、打ち首か!?」


 頓狂な声を上げた燐子を他の二人が見つめる。それから、呆れたようにミルフィが額に手を当て唸った。


「いや、殺してどうすんのよ」


 そういう意味ではなかったのか、とほっと一息ついたところ、スミスが自分の身に懸賞金がかかる予定らしいと説明してくれた。


 大して変わらない気がしたが、あくまで生かして連れてくることが必須条件とのことだ。


 なるほど、そうなると自分を捕まえようとする人間を斬りづらくもなる。


 やるなら本気で首を取りに来てほしいものだが、それもまた偏った考えかと反省する。


「とにかく、早々にこの町から出た方が良い」

「ほう、私を騎士団に突き出さないのか?」と冗談めかして口にするも、スミスは至極真面目な顔で、「金に興味はない」と淡々と返した。


 その返答に何とも言えない表情で燐子は頷く。


「まだ行先も決まっていないのに、本当スリリングな旅になりそうね」ミルフィが肩を竦めて呟く。


「折角のハネムーンなのに、残念だったな」


 スミスがぽつりと漏らした言葉の意味が分からずに、オウム返しで燐子が聞き返すと、突然ミルフィが大声を上げ、燐子の体を乱暴に押しのけてスミスの前に立った。


「おい、何だ」


 短くミルフィに非難の声を上げるも、彼女は全く意に介した素振りを見せず、顔を赤くして叫んだ。


「違うから!」まるで感情が死に絶えているように、スミスは顔色一つ変えない。「そうは言うが、結び合ったのだろう?」


 その言葉から、何となく何の話をしているかが推察できた。しかし、今は口を開いても混乱気味のミルフィに力ずくで黙らされそうだったので、大人しく口を閉ざして二人の会話を観察する。


「ど、どうしてそれを」


 その言葉に対して、スミスは絡繰り人形のようにのろのろとした動きで、自身の短い襟足を指した。ミルフィはそれではっと気が付いたのか、片手をおさげに持っていって口を開け放った。


「ち、違うの、これはこの馬鹿が勝手にしたの」

「おい」とさすがに黙って聞いていられなくなって咎める声を上げるも、やはり彼女にキッと睨まれて、黙る。


「だが、ミルフィが勝手にそんなことをさせるとは思えないし、お前の髪留めを燐子が盗るとも思えないのだが」


 ぐうの音も出ない話をされて、ミルフィは言葉に詰まった。


 彼女の顔色は、ごうごうと燃える炉の灼炎と、良い勝負ができそうなほどに真っ赤であった。


 ミルフィは、その後もしばらく言い訳を並べ立てていたのだが、事実は事実だったので、結局相手に論破されて、終いには無理やりにでも話を切り上げ本題に戻った。


 無論、こちらには何の謝罪もなしである。


「だから、燐子。申し訳ないが、君の刀を手入れすることはできない」

「そうか・・・。確かに、難しいかもな」


 時間も無い。それに、自分の刀を扱うことはスミスにとってリスクしかない。

 ここで彼女を責めるのはお門違いというものだろう。


 無感情な謝罪を口にしたスミスへ、その必要はないと告げ、むしろ感謝の言葉しかないことを伝えた。


 すると、スミスは自分たちの今後の旅の指針となる提案をしてくれた。


 それは次のようなものだった。


 ここから東のほうへ2、3時間ほど進むと、シュレトールという町がある。

 ここほど栄えてはいないが、腕利きの鍛冶屋と施設が存在して、その人なら刀の整備ができるだろうとのことだった。

 おまけにスミスの名前を出せば、良くしてくれるとのお墨付きだ。


 実際、太刀がこのままの状態では、まともには戦えない。早急に手入れをしてもらう必要がある。


「そんなに不味いのか」とスミスが尋ねたので、黙って太刀を彼女に渡した。


 スミスは鞘から少しだけ刀を抜くと、珍しく感情を顔に出し、ぶっきらぼうな態度を見せた。


「なあ、一体何人斬ったら、あの状態からこうなる?」

「数えてなどいない。少なくとも両手両足の指でも足りんくらいだ」


 それを聞くと、今度は少し声を高くして、嬉しそうに「それじゃあ仕方がないか」と鞘に太刀を戻した。


 それからそのままの調子で、刀の切れ味に関して感想を求めてきたので、正直に思ったままを話した。


 それがスミスにとっては満足のいくものだったらしく、一度深く頷くと「そうだろう」と繰り返し呟いた。


 珍しく上機嫌になったらしいスミスは、早口で燐子に問いかける。


「で、このままその短い剣だけで行くのか?」


 燐子はその問いかけに小さく唸り声を上げ、腕組みをして考える姿勢をとった。


 当然それも気になることではあったのだ。道中野盗に会わないとも限らないし、この世界では魔物だってあちこちを闊歩している。


 小太刀以外にも、何かしらの武器が欲しいところではあった。しかし、自分には騎士団や帝国兵が持っていたような両刃剣が使えるとは思えない。いや、使えないわけではないのだが、自分の長所を殺してしまうような武器は、持っていても無意味だと考えてしまうのだ。


 そうしたこともあって、燐子は結局小太刀一本で旅に出ることをスミスに申し出た。


 すると、彼女は落ち着いた様子でじっとこちらを見つめて言った。


「そういうことなら、私から君へプレゼントがある」

「プレゼント?」燐子が少し横に首を傾ける。


 スミスは少し待つように二人に告げると、一旦作業場から出て行った。そうして、2、3分もしないうちに戻って来た彼女の両手には、布が巻かれた棒状の物が抱えられていた。


 一見して分かるが、武器の類であることは間違いない。


 おそらくは自分への贈り物とはこれなのだろう。しかし、スミスに以前用意してもらった武器は、重すぎて自分では使い物にならなかった。そのため、今回もそうなのだろう、と既に少々気が引けていた。


「これだ」そう言って手渡された物を両手で受け取る。


 中身を見ることもなく突き返すのは、さすがに悪いと思っての行動だった。だが、想像していたよりもずっと軽かったので、燐子は直ぐに中身へ興味が湧いた。


 スミスに促されるよりも先に、布を剥いでその全身を露にする。


 燐子は手渡された物の中身を見たとき、仰天のあまり、「これは・・・」と声を漏らした。ミルフィも覗き込むようにして中身を尋ねる。


 派手さのない黒の細身の鞘。

 今まで何度となく見てきた形状。


 違うとすれば、柄の先端がどういうわけか尖っているという点だけだった。


 直ぐに燐子は柄に手をかけて、鞘から刀身を引き抜いた。


 待ちきれないと言わんばかりの素早さと期待の表情は、ほとんど子どもに近い。


 きらりと光る刃は薄い黒に染まり、背の部分は削った骨か牙か、あるいは爪か何かで作られている様子だ。


 美しいというよりも野蛮、繊細と言うよりは無骨。


 そんな太刀だった。


「良かったじゃない、燐子」と能天気に自分の背中を叩くミルフィに、今は何の反応も返すことができない。


「言いたいことは良く分かる。ただ、今の私にはこれが限界だった」


 スミスが弁解する声が、遠くのほうで鳴っている。

 彼女はこの一刀にあまり納得していない様子であったが、燐子からしてみれば十分どころの話ではなかった。


「一日だぞ」目を丸くしたまま、スミスを捉える。「たったそれだけで、製造法を思いついたのか?」


「見た目だけなら」

「見た目だけ?」

「燐子が持っている太刀に比べたら、切れ味は雲泥の差がある。同じ感覚で使うと、きっと悪い意味で驚く」


 スミスが、少しだけ自虐じみた笑顔を浮かべたように見えたが、一瞬だけ目を逸らすと、既に能面のような顔つきに戻っていた。


 彼女がどう考えようとも、実際大したものなのは間違いない。

 一日手元に置いていただけで、これだけ再現できるというのは普通ではない。


「そんなに凄いの?」ミルフィが小声で問う。「ああ、馬鹿にでも分かることだ」


 先程の意趣返しで呟いた言葉の意味が分からなかったのか、彼女は「へぇ」と呟いてまじまじと刀身を眺めていた。


「本当に貰ってもいいのか?」

「ああ、今度感想を聞かせてくれ」


 そう言った彼女は、二人の旅の無事を祈ると、人格が切り替わったかのように再び作業に戻った。


 あまりの変わり身の早さに、二人は目をパチパチとさせたものの、これ以上話しかけられるような雰囲気でもなかったため、刀を鞘に納め、簡単なお礼だけ残して鍛冶場の出口まで向かう。


 スミスは、二人の姿が自分の作業場から見えなくなる直前に、背中を向けたままもう一度だけ口を開いた。


「気をつけろよ」


 本当に心配しているのか疑いたくなるぐらい淡白な声に、燐子は思わず苦笑いを零すのだった。

ここまでお読み頂き、ありがとうございます。

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