新たなる門出
みなさん、こんにちは。
an-coromochi というものです。
一度は完結としました、当物語ですが、
ついつい続きを作ってしまいました。
二部目という形で更新をまた始めますので、
百合が好きでご興味のある方、拙い作品でも勘弁してやろうという方は、
お読み頂けると光栄です。
それでは、よろしくお願いします!
an-coromochi
日の出の気配がして、目が覚める。開けっ放しの窓から鳥のさえずりが聞こえ、その声に連動するかのように数回瞬きをする。
隣のベッドで静かな寝息を立てている彼女を起こさないよう起き上がる。それから床板が軋まない程度にゆっくりとベッドから降りて、窓のそばへと近寄った。
黒と白の羽をかさかさと擦る、雀ぐらいの小さな鳥が三羽、窓飾りに乗せてある植木鉢の縁に止まっていた。
カランツの村で何度か目撃した鳥だったが、こんなにも近くで観察したのは初めてだった。人への警戒心も薄いようで、こちらが身を乗り出して覗き込んでも、飛び去る様子はない。
試しに指先を伸ばしてみると、不思議そうな顔をされ、じっと見つめられた。鳥に表情があるのかと問われると、返答に困るのだが。
舌を打って、寄ってこないかと待っていると、少しずつ少しずつ指先のほうに跳ねて来た。もう後ちょっとでくちばしが人差し指に触れるというところで、自分の背後から響いてきた大きな欠伸に驚いて三羽とも飛び去ってしまった。
ため息を吐き、後方を振り返る。声の主が誰かなど考える必要もない。この部屋には自分と彼女しかいないのだから。
「ふわあぁ・・・何してるのぉ、燐子」欠伸を噛み殺して、そばに寄って来る。「だらしないぞ、ミルフィ」
「しょうがないじゃない、昨日は夜通し馬の上だったんだから。まともに寝てないのよ」
彼女はそう言うと、不服そうに「誰かさんのせいでね」とぼやいた。
まあ確かにカランツの村で共に暮らしていたときは、彼女は日の出よりも先に起きる習慣があった。自分よりも大概先に起きていたのだ。
「私のせいだと言いたいのか」
「だって、そうじゃない。燐子がお姫様をたぶらかすから」
何と人聞きの悪い、と燐子は顔をしかめるも、寝ぼけ眼でにやにやとこちらを見つめる彼女の様子から本心でそう言っているわけではないことが察せられた。
たまには冗談で返すとするか。折角、第二の人生が与えられたのだ、色々と試してみなくては勿体ない。
「まあ、私は容姿端麗だからな」
「はぁ?」あからさまに苛立った様子でミルフィが睨みつけてくる。「もしかして、寝ぼけてんの?」
「・・・何もそこまで言わなくてもいいではないか」
やはり、慣れないことはするものではない。余計なことでショックを受けるハメになってしまった。
気を取り直して、再び窓の外へと視線をやる。
東の空に登った大きな太陽が、アズール湖の鏡面にその姿を映し、きらきらと白波に揺れている。
やはり、美しい世界だ。スケールが日の本とは違う。
自分が元いた場所では、どちらかというと静かで、細やかで、今にも消えそうなものに趣を感じる美意識が浸透していたように思う。だが、こちらでは、全く逆の性質を持つもののほうが奨励されているような気がする。
壮大で、存在感があって、見るものを圧倒するような美しさだ。
どちらにも甲乙つけがたい良さがあるのだが、やはり、新鮮で見慣れないものについ目が引き付けられてしまう。優劣は無いにしても、心を震わせるという意味ではこちらのほうが上手なのかもしれない。
顔を洗ってきたらしいミルフィが隣に来て、狭苦しい窓枠の中に体を無理やり捻じ込んでくる。どう考えても一人分のスペースしかないのにだ。
「おい、狭いぞ」無駄だと知りながら小言を漏らす。「詰めれば?」
「これ以上は無理だ」
「じゃあ我慢して」
彼女の傲岸不遜な態度に大げさなため息を当てつけのように吐き出すも、まるで気にしていない様子でミルフィは外を眺めていた。
「ワクワクするわ」と不意に彼女が小さくもはっきりとした口調で言った。
意味を尋ねると、彼女は不敵ともいえる笑みを浮かべてこちらを向く。だがあまりにも顔の距離が近すぎて、驚いたように目を丸くしてまた湖のほうを見据えた。
その横顔が暁の太陽に照らされて、朱に染まる。
「ずっと、旅に出たいと思ってた。色んなものを見て、色んな場所に行きたいって。あのままカランツとアズールの風景だけを胸に刻んで死ぬものだと思っていたから」
朝日に負けないぐらい爛々と輝く瞳が、とても印象的だった。
確かに、そうだろうなという予想はあった。彼女の部屋にはいつでも旅に出られるようにしている形跡があったし、地図には沢山の書き込みがあったからだ。
ミルフィの臙脂色の目を横目に、燐子は小さく相槌を打つ。
「ちょっとだけ、まだ、不安だけれど・・・」
太陽や月に雲がかかり光を遮るように、ミルフィの表情に影が差した。燐子は彼女が一体何に不安を抱いているのか分かる気がしたので、相手を励ますように低く、落ち着いた声音を意識して呟いた。
「大丈夫、エミリオとドリトン殿なら心配いらないさ。二人は強く、村の者は優しい。騎士団だって一応いる」
そう言って、燐子は一週間ほど前のことを思い出していた。
紅蓮に燃える斜面、散らばる遺体。
強敵、舞い降りる天使。
淡い緑色の光、そして彼女の泣き顔。
再び敗北の苦渋が蘇り、無意識のうちに窓枠を握る指に力がこもるが、隣で密着しているミルフィの気の抜けた声につられて、直ぐに脱力することになった。
「いやいや、何?慰めようとしてんの?ムカつくわねぇ」
そのやたらに高い声で紡がれた言葉に、今度はこちらがムッとして返す。「そういうわけではない」
「っていうか、その不安じゃないわよ」
彼女はそう言うと、小さく畳んだ手の先をこちらに向けて、悪戯っぽくはにかみながら指を指し告げた。
「燐子と旅する不安よ」
「何?」あまりに予想外な発言に反射的に尋ね返す。
「だって、燐子と一緒だと厄介ごとに巻き込まれそうじゃない?現に今だって、騎士団のお尋ね者みたいなものだし」
「それは・・・」
それを言われると返す言葉もない。いくら自分に責任はないと言ったところで、自分が追われているという事実に変わりはない。
言葉に詰まった自分を見て勝ち誇ったように笑ってみせるミルフィ。何だか負けたような気分だ。
「だが、ワクワクするのだろう」
咄嗟に皮肉が出る。ミルフィは驚いたようにこちらを見やった。相変わらずの距離の近さだが、もうあまり気にしてはいないようだ。
「騎士団に追われているうえ、ご丁寧に帝国にも喧嘩を売ってある。こんな旅は、誰にでも経験できるものじゃない」
ぽかんと口を開けてこちらを見ていたミルフィが、呆れたように小さく笑い、それにつられて自分も笑ってしまう。
楽な旅路にはならないだろうが、何はともあれ自由の身だ。
どこへでも行ける。自分を縛り付けるものは何もない。
今日は、良い旅日和になりそうだ。
燐子は雲一つない天空を仰いで、朝日に目を細めながら思う。
室内に伸びた二人の影が、一つに溶け合おうとしているかのように繋がっていた。
20時には続きを更新します。




