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竜星の流れ人  作者: null
一部 七章 さよなら、世界

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小さな勇気と、希望 参

 驚きの声を発したエミリオには、さっさと開門の準備をするように命じると、渋る弟の背中を叩いて、もう一度セレーネに呼び掛けたミルフィ。


「お願い!」


 初めは逡巡するような姿を見せた彼女だったが、数秒ほどで天馬を降下させ、その背中に柔らかく微笑んだ。


「大丈夫ですね?リリ」


 どうやら、天馬の名前のようである。


 リリはほんの少しセレーネのほうに首を寄せると、少しだけ声を漏らした。


 それを耳にした彼女は一層柔らかく破顔し、天馬の首筋を撫でた。


 その微笑みは、天空に咲く黄金の華のようにミルフィの網膜に焼き付いて、なおのこと彼女は不満そうに唇を尖らせる。


「乗ってください」セレーネが手を伸ばす。「お名前は?」


「名乗るほどの者じゃないです」と燐子の真似をしてみせると、彼女は一瞬不思議そうに眉を曲げて、それから目を丸く見開くと「もしかして、この間の…?」と尋ねた。


 気づいてなかったのか。

 だとしたら余計な真似をした。


「でしたら、燐子という方は…」


 もう彼女の中で結論は出ただろうに、相も変わらずこちらに問いかけるようにして呟いたためミルフィが仕方なく頷く。


 すると、彼女は勢いよく正面を向いて、天馬に声をかけた。


「リリ、行ってください!」


 今まで感じたことがない強烈な浮遊感と共に、体が空中に浮き上がる。


 思わずバランスが崩れそうな不安に駆られ、セレーネの腰に手を回したのだが、はっと我に返り謝罪する。


「すいません、セレーネ様」


 しかし、彼女はぐっと前を見据えたままだ。


 聞いちゃいない。


 まあいいか、さっきはタメ口を聞いたぐらいだし、とミルフィは開き直って腕に力を込める。


 リリと呼ばれた天馬は、加速度的にスピードを上げて、暁の空を切り裂くように飛んで行く。


 その勢いが想像以上に速くて、ミルフィは相手が王女だということも忘れ、思い切りしがみついた。


「く、苦しいです」セレーネが本気で苦しそうに言う。「直ぐそこなので我慢してください」


 その言葉の通り、実際、十数秒で門の向こう側まで出ると、眼下には夥しいほどの死体と、力なくうつ伏せになって倒れている燐子の姿が見えた。


 彼女の左腕辺りが血に染まり、白いシャツのその部分だけ真っ赤に染まっている。


 これをほとんど彼女一人でやったのだから、とんでもない人間だ。


 王女も、唖然とした目つきでリリを滞空させていた。


 ミルフィは自分が置いてきた燐子の悲惨な姿を見て、唇を震わせた。


「燐子!」


 上空から彼女に呼び掛けるも、横たわる燐子はおろか、周囲の帝国兵にも聞こえていないようだ。


 既に炎は消え、今や、燃えカスと灰だけが残っている。


 それらが風に巻き上げられ、黒い線が地面に描かれていた。


 無意味に燃える篝火だけが、バチバチと弾け、風に負けまいと必死に燭台にしがみついている。


「降下します」セレーネがいやに落ち着いた口調で言う。


「急いで、こんなに揺れるんじゃ狙いをつけられない」


 ミルフィが切羽詰まった様子で早口で言う。


「分かっています。焦らせないでください」


 無礼な言葉遣いに苛立ったのか、セレーネは唐突に冷たい語調になったが、視線が燐子一点に注がれていることからも、それどころではないというのが本音だろう。


 天馬の白い羽根が舞い散り、燐子の上に降り注いでいる。


 天の遣いのように仰々しく舞い降りてくる姿を見た帝国兵は、あからさまに動揺している素振りを見せたのだが、ただ一人、半裸の男だけが背中を向けたまま、首だけで振り向いて、愉快そうに口元を歪めていた。


 地表に近づくにつれて、燐子の姿がハッキリと視認される。


 全身切り傷だらけ、その上左肩はだいぶ深く斬られているようで、血が止まっている気配がない。


 これでは、出血多量で死んでしまう。


「もっと速く下りられないの?」


「ですから、急かさないでください!」


 ようやく天馬が地表から数メートルといった距離まで来たとき、半裸の男が部下に鎧を拾わせながら声を発した。


「こんな僻地に王女自らお出ましとは、一体どういう風の吹き回しだ?」


「黙りなさい、帝国の一将兵が、軽々しく私に喋りかけるなどと…!」


 途端に別人のような口調に変わったセレーネを横目に、地表までの距離を測る。


 飛び降りるには、まだ少し高い。


「ふん、やっぱりそっちの王族連中はつまらんなぁ。高いところから自分の足元だけ見下ろしているから、こうしてすくわれるのさ」


「これだけの犠牲を出しておいて、負け惜しみですか」


「はっ、それはこの燐子が、偶然この村に居合わせたからだろ?そいつがいなかったら、こんな村十分も経たずに征服出来た」


 ジルバ―は一気にまくし立てた後に、ふぅっと息を吐いて肩を竦めた。


「それとも王国騎士団は、僕たちの動きを把握できないほど頭が悪いのかな?」


「黙りなさい!それ以上の無礼は許しませんよ!」


 ジルバ―はぴくりと眉を動かしてセレーネを睨みつけたのだが、不意に門のほうを凝視すると、くるりと三人に背を向けた。


「もう直ぐ騎士団が来るぞ、急いで撤収だ」


「逃げるのですか?」と嘲るような調子で言う。


「そんな安い挑発には乗らん。君と違って子どもではないのでね」


「そちらこそ、安い挑発ですね」


 そんなやり取りはどうでもいいから、さっさと下降して欲しい。


 しかし、そんなことを言っても、自分を乗せた状態じゃ、きっとこれ以上速くは降りられないのだろう。


 すると、下で横たわっていた燐子がぴくりと動いた。


 まだ息がある、そう喜んだのも束の間、彼女は空中から糸で引き上げられているかのように少しずつ体を起こして、声を発した。

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