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竜星の流れ人  作者: null
一部 七章 さよなら、世界

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小さな勇気と、希望 弐

 一体何だろう、とエミリオが視線を動かすのと、男が天を仰ぐのはほぼ同時であった。


 白い、翼。


 朝日を乱反射させる、雪のような羽根。


 最初は、女神様なのかと思った。だがじっと見据えているうちに、それが天馬に跨った人間だということが分かった。


 ペガサスなんて初めて見たが、こんなにも綺麗な人間も初めて見た。

 いや、綺麗なだけではない、髪の毛も自分と同じ金色なのに、まるで違うものみたに思える。


 こっちが麦の稲穂だとしたら、あの人は純金の糸だ。


 彼女の天馬はほんのわずかに上体を反らすと、そのまま、とてつもない勢いで急降下し、呆然と立ち尽くしていた帝国兵の直ぐそばをかすめるように飛んだ。


 そして、すれ違いざまに槍を一薙ぎして、男の体を弾き飛ばす。


 ようやく呼吸ができるようになったかと思ったら、今度は咳が止まらなくなって、苦しくなる。


 夢中になって咳き込んでいると、いつの間にか先ほどの女性が天馬と共にそばに佇んでいて、思わず息を呑んだ。


「大丈夫ですか?」黒みを帯びた灰色の瞳。「遅くなってしまい、申し訳ありません」


 そんなことはどうでもよくて、とにかくお礼を伝えたかったのだが、どうにも呼吸することすらままならなくて、それが出来ずにいた。


「う」という呻き声と共に、吹き飛ばされた男が四つん這いになって起き上がる。


 それを警戒するように女性も天馬も真っすぐ相手を見つめていたのだが、男が二本の足で完全に直立するよりも早く、そのこめかみに矢が突き刺さり、男はそれ以降全く動かなくなった。


「くたばれ、くそ野郎!」


 殺意を漲らせ、忌々しく吐き捨てた女の声が背後から聞こえてきて、二人は振り返った。


 当然、エミリオにはそれが誰の言葉なのかも分かっていた。


「お姉ちゃん」エミリオの瞳に映ったミルフィの表情は鬼のようだった。「ごめんなさい」


 先手を打って謝罪するが、彼女は無言のままで、座り込んでいたエミリオを起き上がらせた。


 叩かれる、とエミリオが目をぎゅっと瞑った時、ふわりと嗅ぎ慣れた姉の匂いとその両腕にくるまれるのを感じ、目を開けた。


「あぁ、もう。馬鹿、馬鹿ね、本当に」


 涙声になって耳元で囁いたミルフィに、「本当にごめんなさい」と少年が返す。


 心配かけすぎたなぁ、と安堵からか、罪悪感からか、はたまた遅れてやってきた恐怖心からか、自分も涙を流す。


 ミルフィは少ししてから、身を離すと、慈しみに満ちた表情から一転、先ほどと同じ鬼の形相に変化し、容赦なく拳骨を振り下ろした。


 殴られたところが割れて、脳味噌が垂れてくるのではないか、と思えるほどの激痛に再びしゃがみ込む。


「え…」と突然の鉄拳制裁に女性が驚きの声を上げた。


「どうかされましたか」


 ミルフィの声には恩人に向けられる感謝というよりも、反抗的な響きのほうが宿っており、彼女は不思議そうに目を瞬かせるだけであった。


「あ、あの、騎士様、ありがとうございます」


 声が出るようになったのだから、何よりもまずお礼を、と思って口を開いたエミリオの頭上に再び鉄拳が振り下ろされる。


「痛ぁい!何するの筋肉女!」


 再び拳骨。


「馬鹿!燐子はともかく、何でアンタまで知らないのよ!」


 ミルフィは困ったような、引いているような顔をしていた女性のほうを向き直り、ぺこりと頭を下げた。


「助かりました、セレーネ様」だが、言葉とは裏腹にその表情は不服そのものだ。「でも、騎士団はどこですか」


 天馬から降りた女性――王女セレーネは、真剣な面持ちだった。


「騎士団なら、もうそこまで来ているはずです」


 そう言ってセレーネが振り返った草原の先に、確かに蠢く集団が見える。


「無理を言って、私だけ先行させてもらったのです」


「姫様自らですか…」


「ええ、その甲斐もありました」とエミリオの頭を撫でる。「あ、ごめんなさい」


「いえいえ、とんでもないです!」


 満更でもない様子で満面の笑みを浮かべた弟に、鋭い視線を向けたミルフィだったが、エミリオが思い出したように大きな声を出して、セレーネに詰め寄ったことで、より一層その眉間の皺は深くなった。


「セレーネ様!燐子さんを早く助けてあげて!」


「燐子さん?」


 その言葉に素早く頷いたエミリオは、門のほうを指さして、「今も一人で、門の向こうの帝国と戦ってるんだ!」と言った。


「ひ、一人で…ですか?」


「とっても強い人なんだけど、いくら何でも死んじゃうよ!お願い!」


 王女はもう二百メートルほどの距離に迫った騎士団を一瞥すると、深く頷き、騎士団が来たら門を開くように告げてから、天馬に飛び乗り、間もなくふわりと宙に浮いた。


 やっぱり女神様だ、と朝日をその身に受け、自らの内側から光り輝くようなセレーネと、天馬の姿を見てエミリオは愚直にそう思った。


「待って!」とミルフィが上を見上げた。「私も乗せて!」


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