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竜星の流れ人  作者: null
一部 七章 さよなら、世界

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一騎打ち 壱

これで最終章となります。


もうしばらく続きますが、

お付き合いください。



 炎はもうほとんど勢いを無くして、最早ただ地面を這っているだけだというのに、全身が酷く熱かった。


 息も絶え絶えな自分の体を意識して、燐子は苦笑いを浮かべる。


 本当は渇いた笑い声の一つでも上げて、自分を鼓舞してやりたかったのだが、そんな余裕すら、今のこの体という入れ物には残っていなかった。


 黎明は、直ぐ側まで来ているのではなかったのか。


 そんな考えてもしょうがないことばかりが、先刻から脳内をぐるぐると旋回しており、疲労感と、切り傷だらけの自分の有様を見下ろしているようだった。


 周辺には、足の踏み場に困るほど死体が散乱し、その多くが一太刀の元に絶命していた。


 自分が一度の戦いで斬り捨てた数を更新しただろうな、と薄笑いを零しながら、太刀を支えに前のめりになって、しゃがみ込んでいた体を起き上がらせた。


 丘の上には、もう兵隊は残っていない。


 だがそれは、決して燐子が敵兵を鏖殺したわけではなかった。


 その証拠に自分の周りには、沢山の兵士が陣形を組んで広がっていた。


 その中でも一際装飾の派手な鎧を身にまとい、馬上からこちらを見下ろしていた大柄の男が口を開いた。


「まさか、本当に女一人でここまでやるとは」自分の仲間の死体を、感心するようにしげしげと眺めている。「見事だなぁ」


 有り難いお言葉だな、と皮肉を返してやりたかったが、喉は焼け付いたように閉じ、唇は水分を失ってぱさぱさだ。まともに声なんて出はしない。


 ぐるり、と自分の周囲の兵士たちに目配せしてから、男が馬から身を降ろす。


 もうこちらに抵抗する力が残っていない、と確信しているかのような不用意さだったが、残念なことに、自分の間合いに入る数歩手前で男は足を止めた。


 気合を入れなければ、今すぐにでも倒れ込んでしまいそうな、途方も無い虚脱感だ。


 全てをあるがままに任せて地面に倒れ込んだら、どれだけ気持ちがいいだろう、と想像してしまう。


 危うく誘惑に負けそうになった自分へと喝を入れる気持ちで、燐子は声を振り絞る。


「大将か」


「まあ、似たようなものだ」


 年齢は三十半ばくらいだろうか、年季の入った鎧に負けないくらいの貫禄が体を覆っている。


 強いな、と燐子は頭の隅で考えた。


 とてもではないが、満身創痍のこの状態では、万に一つも勝てそうにない。


 大振りの攻撃では時間稼ぎにもならない。

 体力の消費が少なく、確実な一撃を放てる小太刀一本に持ち替えるべきか。

 だが、あの鎧の継ぎ目を狙うにしても、今の力では小太刀の刺突程度では、致命傷を与えられる自信が無いのも確かだ。


 万事休すか。


 燐子は諦め混じりの、だが、どこか満足げな微笑みを湛えて立ち尽くした。


 すると、男が燐子の太刀をじっと見据えて言った。


「お前、流れ人か」


「何故、そう思う」


 理由など分かっていながらも、少しでも体力を回復するためにそう問いかける。


「その武器を見れば分かる」


「は、だろうな」視線を刀に落とす。「私が珍しいか」


「あぁ、美しい艶のある黒髪、そして闇のように深い黒目、とても気に入った」


「結局それか、忌々しい」


「まあ落ち着け」と男はあろうことか、地面に腰を下ろして語りだした。


 いくら間合いの外とはいえ、危険極まりない行為だ。


 余程自分の腕前に自信があるのか、それともこの距離からでは飛び込まれることもないだろうという慢心か、はたまたただの阿呆か。


「貴様がどういう人種なのか、丘の上からでもよぉく分かった」


 その他の歩兵とは一線を画す、鋭い殺気を秘めた眼光は、片時も燐子から離れず向けられている。


 ただの間抜けではないことは間違いなさそうであった。


 男は兜を外し、それを横に置いて話を続けた。


 肩にかかりそうな長さの銀髪が、かすかに揺れる。


「お前は、命惜しさに敵に降ることも無ければ、男の道具になるような女でもない。僕と同じ、意地っ張りで、己が力を誇示するのに一生懸命な…そう、子どもみたいな人間だ」


 やたらに色気のある低い大人の男の声が空気を震わせ、自分の手元にまで響き、思わず燐子はぐっと歯を食いしばった。


 たちの悪い男だ、というのが、燐子が男の印象を直ぐさま更新した結果であった。


 腕が立ち、頭も良く、人心を掌握することに長けたタイプの人間だと直感する。


 父とよく似たタイプであるが故に、その危険性も十分承知している。


「男のくせに、お喋りが好きなのだな」


「ああ悪い、歳を取るとどうも若い女性と喋れるのが嬉しくてね」


 申し訳無さそうな笑みが、かえってその余裕を体現しており、一層燐子を苛つかせた。


「口の軽い男だ。気に入らない」


「僕も、昔はお前みたいに寡黙だったんだがねぇ」


「いつまでも敵とくどくどと話をするつもりはない。用が済んだのなら…、さっさとかかって来い」


「まあ待てって、本当に日の本の侍というのは気が短いなぁ」


 初めは自分の空耳かと疑ったのだが、目の前で胡坐をかいて座っている男の顔に、不敵な色が差したことで、聞き間違えではないのだと確信し、驚愕した。


 その瞬間、どこからこんな活力が湧きだしたのかと不思議になるような力が漲って、燐子は大声を張り上げ、男のそばに詰め寄った。


「貴様、どこでその言葉を――」


 燐子が全てを言い終わる前に、男が機敏な動作で剣を抜いた。


 その切っ先が、自分の喉元に突き付けられていることに一拍遅れて気づいた燐子は、自らのあまりに無思慮な行動、それから男の攻撃に気配がなかったことに顔をしかめた。


 いよいよ手練れであることが証明された今、まともにやりあっても勝ち目がないことは明白だ。


 男は燐子の自制の効いていない行動を見て、愉快そうに喉を鳴らすと、警戒心の無い朗らかな笑顔で告げた。


「若いなぁ、全く」


 とても、命のやり取りをする相手に向けた声音ではなかった。


「僕がその気なら、もう終わっているよ」


「殺す気がないのは分かっていた。馬鹿にするな」


 自分でも負け惜しみだと分かっている。

 相手にはそのつもりがなかったことに気が付いたのは、喉元に剣先が向けられた後だったからだ。


 男は、その言い訳が苦し紛れだと分かっている様子でまた笑い、剣を鞘に戻してからじっとこちらを見つめた。


 値踏みするような視線だ。気に入らない、と燐子は目元を厳しくする。


 やれやれと肩を竦めた男へ、再び同じ問いをぶつける。


「どこで聞いた」


「何をだい?」


「惚けるな!」今度は燐子が太刀を真っすぐ相手に向けた。「日の本という言葉だ!」


「あぁ、そんなことも言ったかな」


「貴様いい加減に…!」


 今にも爆発しそうなほど真っ赤になった燐子へ、軽い口調で謝罪をすると、男は唐突に真面目腐った表情になった。


「うちにもいるんだよ、君と同じ日の本、いや先生は日本って言ったかな?とにかく、そっから来てる流れ人が」


「そんな都合のいい話…、嘘に決まっている」


 とても信じられないといった様子で拳を握りしめて、燐子が言う。


「流れ人自体かなり珍しいと聞いた。それなら、同じタイミングで二人も現れるなど不自然なはずだ」


「おいおい、別に同じタイミング何て、僕は言ってないだろう」


「何?」


「先生は、もう二十年近く前からうちに来ている」


 その言葉を聞いて、燐子はまた愕然とした表情で硬直した。


 そうか、何を勘違いしていたのだ。


 ここに飛ばされて来たからといって、時間まで同じとも限らないのは当然ではないか。


 だが何にせよ、二十年…。


 この数字が意味するものは、とても重要だ。


 それだけの時間をここで過ごしても、元の場所へ帰る術は見つからなかったということだ。


 いや、待て。帰る気すらなかった、という可能性も考えられる。


「そ、そいつは今、何をしている」


 確かめなければ。


「ん、あぁ、先生は今、俺たち帝国軍の大将をやってるよ」


「た、大将だと…?」だらりと、刀を持つ腕が下がる。「馬鹿な」


「本当さ、僕が君くらいの歳の頃からずっとさ。こっちの世界で嫁さん捕まえて、君くらいの子どもだっている」


 そんなことがあるのか、と燐子は唖然とした。


 しかし、よく考えてみれば、納得できない話でもない。いや、それよりもむしろ自然だ。


 忠義を尽くすべき相手をこの世界でも探したのか。

 あるいは、戦いの中に身を置きたいと考えたのか。


 どんなタイプの侍であったとしても、結局、彼らや自分にできることは一つなのだから。

 



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