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竜星の流れ人  作者: null
一部 六章 黎明は遥か遠く

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黎明は遥か遠く 参

 二人で勝ち取った束の間の静寂に影響を受けたのか、自分の心は風のない湖面のように静かだった。


「ありがとう」


 今なら素直に口にすることができた。


「二度もエミリオを守ってくれたこと、私のわがままを聞いてくれたこと、村の為に誰よりも危険な役目を請け負ってくれたこと。全部、全部、ありがとう」


 ミルフィとしては、渾身の思いを込めて伝えたつもりだったのだが、燐子は眉一つ動かさずに握っていた手を放した。


「どうした。まだ何も終わっていないぞ、気を抜くな」


 そのぶっきらぼうな様子にミルフィは、この朴念仁め、と心の中で不満を漏らしたのだが、自分に背を向けた燐子の耳が赤く染まっていることに気が付き、吹き出しそうになる。


「照れちゃって」ナイフを鞘に納め、落とした弓を拾い上げる。「素直じゃないのね」


「違う、そもそも私は自分のために動いただけだ。結果的にお前たちのためになっただけで、それ以上でも、それ以下でもない」


「顔、赤いわよ」彼女の横に回り込んでそう意地悪く呟く。


「炎のせいだろう」


「へぇ」馬鹿にしたような声に、燐子がムキになって言う。「何だ」


「別に」


 チッと彼女が舌打ちをしたのが聞こえたが、それもきっと照れ隠しだ。


 ほどなくして、再び一団が斜面を駆け下りて来る音が炎の向こうから聞こえ始めた。


 遅れて燐子の耳にもそれが届いたらしく、怠そうに肩を落とし、「夜明けはまだか」と漏らした。


 確かに、戦闘が始まってからだいぶ時間が経っている。


 東の空を見つめる。しかし、まだ黎明の輝きは見えず、山の頂は暗黒に染まっているばかりだ。


「もう少しだとは思うけど」と希望を交えつつ答える。


「だといいがな」


 燐子は太刀の柄に手を伸ばし、凛とした目つきで抜き放つ。


「こちらの消耗が先か、騎士団の到着が先か、いい勝負になりそうだ」


 空気中に響き渡った、刃が鞘を滑る独特の音が消える頃には、燐子の息も整っていた。


 しかし、その横顔には疲労の色が如実に表れており、彼女にだって限界があることを示していた。

 そしてその限界は、決してはるか遠くの話ではないようだ。


 炎の向こう側でああでもない、こうでもないと帝国兵が議論しているのが分かるが、さすがに何を話しているかまでは分からない。


 とにかく準備だ、とミルフィが矢筒から矢を抜いて、それを弦に番えた瞬間だった。


 門の向こう側、つまり村の中のほうから悲鳴が聞こえた。


 反射的に振り返った二人の視線の先に、村の中に向けて弓を構えているドリトンの姿があった。


 つまりそれは、村の中に敵兵が侵入しているということだ。


 エミリオが、お祖父ちゃんが、皆が危ない。


「何をしている、早く行け」


「で、でも」


 燐子のほうだって、これ以上一人で凌ぐのはきっと限界だ。


「村の者たちに死なれたら、何のための戦いか分からなくなるだろうが!」


 彼女の言い分は正しい。


 だが、ここで燐子を置いていくのは、彼女を見殺しにするのと同じ意味であると、ミルフィには分かっていた。


 しかし、ミルフィの逡巡とは裏腹に、燐子はやけに真面目腐った様子で早口で告げた。


「今朝もミルフィの飯を食った」彼女の煤けた黒髪が左右に揺れた。「は?」


「さっさと行け、時は金だ」


 この非常時に突然何を言い出すのかと思ったら、どうやら、前話したことを持ち出して今の言葉を吐いたようだ。


 確かに、死ぬために飯を作ってやっているわけではないと伝えたが。


 この緊迫した状況を考えたら、あまりにも不似合いな発言に、ミルフィは呆れたように「馬鹿じゃないの」と呟いて、全力で門のほうまで駆け出した。


 同時に、炎の壁の向こうから敵兵が飛び込んでくるのが分かる。

 だが、ミルフィはもう振り返るつもりはなかった。


 剣戟の音が木霊する中、一気に門の下まで駆け付け、縄梯子を下ろすように声を上げる。

 しばらくして、村人の一人が青い顔で梯子を下ろした。


 それに足を掛けながら、「何があったの」と尋ねる。


「帝国兵が一人だけ、中に入ってきてたんだ」


 梯子を登り終え、目を丸くして彼の顔を見返す。


「入り込む隙間なんてなかったはずよ!」ミルフィが責めるような口調で言ったからか、彼のほうも「知らんよ!」と強い語気で返してきた。


 高台の上に立って、ドリトンのそばまで行く途中で、村の中を素早く観察する。


 帝国兵がどこに潜んでいるのか分からないのだろうと考えたからだ。


 だが、その必要はなかった。


 一人の男が、村の大通りのど真ん中で剣を片手に振りかざしながら、怒鳴り声を上げている。


 しかも、そのもう片方の腕には、村の若い女性が首を絞められるようにして掴まっており、一見して人質を取られているのだと分かる状況だった。


 だからみんな武器を下ろしているのか、とミルフィが周囲を見渡していると、目ざとく彼女の存在に気がついた帝国兵が荒い声で叫んだ。


「おいお前!お前も武器を捨てろ、いいか、妙な真似したらコイツを殺すぞ!」


 聞こえない程度の大きさで舌打ちして、片手に持っていた弓を床の上に放る。


 ここから帝国兵までの距離は、おおよそ30メートルといったところか。


 隙を見て弓を拾い、一撃で仕留めるには少しリスクが大きすぎる。


 他に仲間がいないか確認するために周囲に目を凝らしたが、まるで気配はない。


 どうしてこの男だけが、村の内側に入り込んでしまえたのか不思議に思い、相手を爪先からつむじまでチェックしたところ、一つだけ可能性が思い至ってしまった。


 こいつ、鎧も体も傷だらけだ。


 もしかすると、エミリオが突き落として殺したと言っていた帝国兵なのではないか?


 ミルフィの胸の中に、筆舌に尽くしがたい気持ちが込み上げてきて、彼女は何度か深呼吸を行った。


 エミリオは、弟は、人を殺していない。


 その事実が、彼女の中で渦巻いていた後悔を解き放ち、場違いにも救われたような気分になってしまう。


 だとすれば、間違いなく敵兵は一人だ。


 念の為にエミリオに顔を確認してもらっておこう。


 そう考えてエミリオの姿を探し始めたミルフィは、視線をあちこちに彷徨わせながら、次第に早鐘を打つ心臓の鼓動が速度を増していくのを感じ、呼吸が浅くなっていった。


 エミリオが、どこにもいない。

ここまでで、この章は終わりとなります。

次回からは最終章となりますので、

よければ、最後までお付き合いください。


読みづらかったり、もっとこうしたほうが良い、という意見がありましたら、是非お寄せください!


ご意見・ご感想、ブックマーク、評価が私の力になりますので、


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