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竜星の流れ人  作者: null
一部 六章 黎明は遥か遠く

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赤く照る、夜の帳 参

「燐子さん!またたくさん下りて来るよ!」


「ようやくか、遅いくらいだ…!」


 空元気ではあるが、言葉のほうは本音であった。


 どうやら相手の指揮官は慎重なタイプのようだ。

 まだ何か策があるのかもしれないと勘ぐっているのだろう。


 体力的にはありがたい反面、小娘一人相手でも冷静に戦を進める手法には、少しばかり嫌な狡猾さを感じる。


 一気に突撃して、何らかの策で全滅するわずかなリスクよりも、石橋を叩きながら、確実に、ゆるやかに相手を磨り潰すほうを選んだというわけだ。


「もうっ!夜明けに来るんじゃなかったの?」


「そうそう、予想通りいくまい」


「じゃあ、何のために準備したのよ!騎士団が間に合わなかったらどうするの?」


「そんなもの、知るか!」次に備えて、血と脂を拭き取る。


「準備や予想が全て思い通りに行くなら、私も今頃は土の下だ!」


「ああそう!アンタって、そういう奴よね!」


「喧嘩してる場合じゃないよ!」エミリオが怒鳴る。怒った時の声はミルフィにそっくりだ。


 エミリオの忠告通り、火の弱まった部分と、その右手から再び兵士がなだれ込んできた。


 挟み撃ちされるのも辛いが、こうして真正面からぶつかられるのも辛い。


 自分がしたいのは、反応速度に頼った電撃戦だ。


 こうも距離があると、向こうにも心の準備ができてしまう。


 不意を突きたいわけではないが、多対一の戦いではこれが一番避けたかった。


 だが、今出来ることは良くも悪くも突貫しかない。


 自分には、これしかないのだ。


 幸い援護射撃によって、先頭に続いていた数人の足並みが乱れた。

 三人同時に斬りかかって来られなければ、何とかなるはずだ。


 万全の体勢でぶつかってくる兵士の縦振りを避け、返す刃で胴を左から右へと薙ぐ。しかし、初段を剣の腹で防がれ、その衝撃で体が後ろに押し戻される。


 不味い、とゆったり流れる時の中で燐子が考えていると、後方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。


 もう一度攻撃を、いや、それでは間に合わない。


 一旦下がるか、馬鹿な、それも無理だ。


 不意に、燃え盛る炎が落城の日を思い出させ、左手の甲に焼き付いた火傷を疼かせる。


 全てが終わると信じ込んでいた、あの日の煙が目に染みた。


 死ぬ、そうか。


 死ぬかもしれない。



 眼前の男が、剣を横に構え直すその背後に、矢傷を受けた男たち二人が見える。


 その後方からだって、何十人といった数の敵兵が迫っているのだ。


 誰かが、笑うように息を漏らした。


 炎を反射しているのか、火傷の痕が、灼熱を帯びて輝きを放っている。

 それを、不自然なほど冷静な自分が遠くから観察していた。


 歪んだ喜びに満ちたその薄笑いが自分のものだと察したとき、燐子の右手が腰に佩いた小太刀に伸びた。


 それは決して、自分で意図して起こした行動ではなかった。


 ただ単に、燐子の中の生命としての本能が、迫りくる死に反撃して起こした、いわば獣同然の反射的行為であったのだ。


 自分の胴体目掛けて振り抜かれた一撃を、小太刀の抜刀に合わせて受け流す。


 驚愕に目を見開いた男の、頭蓋骨のど真ん中に、逆手に持ったままの小太刀で風穴を空ける。


 続いて後方から同時に斬りかかってきた二人の刃を、左手の太刀と、右手の小太刀で逸らし、受けたほうとは逆の手で喉元を切り裂く。


 生きている…。

 ぞっとするほど、私は生きているのだ。


 一つしかない命を、擦り減らすようにしてこの場所で生きている。


 ずっとそうしてきた。


 私にとって本当の『生』とは、誇りや誉れなどとは遠く離れた場所にあったのだ。


 気づいてしまった、違う、気づいていた。


 父の口にする言葉が、侍にはなれない娘への優しさと慈悲、そして残酷に満ちた詭弁だということに。


 もう、誤魔化しはいらない。


 憎悪や怒りで戦うのが獣?


 誇りや信念のために戦うのが戦士?


 私は、そのどちらでもない。否、本当はそんなものどうでもいい。


 戦うために戦っている。


 正確には、戦いの中で、自分を感じるために戦っている。


 女だからといった理由で、夢を黙殺された自分が求めた最後の居場所。


 強くなるため、ただ、強く。


 そうすれば、侍には成れずとも、何かには成れた。


 村を守るため、人を守るため、この美しい景色を守るため。それも確かに嘘ではない。


 だがそれ以上に、そうすることで自分が満たされていくのを既に知っていたのだ。


 だから、命懸けだろうが何だろうが、無謀な戦いの矢面に立てた。


 そうだ…。

 もう、誤魔化しはいらない。


 自分の中の本当の衝動を受け入れた時、今度は見間違いなどではなく、確かに左手の火傷の痕が燦々と輝いた。


 不可思議な力が脳の皺の一筋、一筋に行き渡っていくようだ。


 強く、両手の太刀を握りしめる。


 ああ、そうだ。


 私は今日、初めて望む私になれるのだ。

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