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竜星の流れ人  作者: null
一部 六章 黎明は遥か遠く

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赤く照る、夜の帳 弐

 まるで燐子の言葉に呼応するかのように、大地を激震させながら騎馬隊が数騎と、歩兵が数十人駆け下りてくる。


 残りは高みの見物でも決め込むつもりなのか、未だ丘の上から動く気配を見せない。


 舐められたものだ。すぐに後悔させてやる。


 背後では村人たちが血相を変えて走り回り、怒鳴り散らす声が聞こえる。


 懐かしい、戦の声だ。


 急斜面を勢いよく駆け下りすぎて、そのうちの何騎かが防護柵に詰まって転倒する。


 あまりにも愚鈍な馬の扱いにため息が出そうになるも、いよいよ敵の第一陣がもう十何秒の距離に迫ってきて、燐子は身構えた。


「今です!」そうドリトンの嗄れた声が叫ぶのを聞いて、思わず口元が綻ぶ。


「最高の塩梅です、ドリトン殿」


 高台から放たれた数本の矢が、丘から真っ直ぐ続くように作られた道の脇目掛けて降り注ぐ。


 一見すれば、素人が射った矢があらぬ方向に飛んだように見えるだろうが、そうではない。


 途端に油の嫌な匂いが辺りに充満して、先程まで澄み渡っていた夜気を穢す。


 本道の脇に並べてあった油入りの樽に矢が突き刺さって、中身を散乱させたのだ。


 こちらの作戦に気がついたらしい帝国兵は、何とか速度を緩めようとしたものの、それも既に時遅かった。


 ほとんどの兵が減速に失敗し、横転し、滑り降りてくる。

 一度倒れてしまった馬は、もう起き上がれはしない。


 馬には申し訳ないが、兵隊諸共炭になってもらおう。


 さっき放たれた矢とは明らかに精度が違う一矢が、燐子の頭上を、輝きながら通り過ぎていく。ミルフィだろう。


 まるで流れ星のような火矢は、団子になって動けずにいた兵士たちの足元に刺さったかと思うと、たちまち灼炎を巻き上げ、そこにいる全ての命を焼き焦がした。


 人の悲鳴、馬の断末魔、転げ回る真っ黒な炭、髪の燃える臭気。


 戦場だ、と燐子は背筋にぞくりとしたものを感じて空を仰いだ。


 そのとき、瑠璃色の海を転写したかのような夜を切り裂いた流星が目に飛び込んできて、何か確信めいたものに突き動かされ燐子は駆け出した。


 丘の上から続いていたらしい後続部隊が、火の弱い箇所を選んで門の数十メートル先に迫ってきていた。


 背中には村人たちの声を感じたが、そんなものはもうどうでも良かった。


 第一陣に向かって突入し、先頭を薙いで斬り捨てる。


 致命傷にならずとも、動けなくなった敵兵は高台からの射撃で確実に葬る。


 夜を切り裂く流星、流れ人、異世界からやって来た、違う世界の住人。


 駄目だ、笑いが込み上げてきそうだ。


 この世界で、たった一人の、日本人。


 誰も、私を知らない。


 誰も、もう私を縛れない。


 燐子の自分の身を顧みない、特攻じみた勢いに圧されて、兵士の何人かが炎の中に後退する。だが、結局はその熱にやられ、泣く泣く彼女の前に引っ張り出されてしまい、そのまま返す刀で流れ作業のように殺されていく。


 果敢に振り返される両刃の剣をかい潜り、すんでのところで喉元をかき切る。


 こんな戦いを続けていては、いつか紙一重で斬られそうであるが、ずっとこうして生き延びてきたという狂信的な矜持が、燐子を危険な戦闘法に駆り立てていた。


 当たる直前で躱して、斬る。

 再び躱して、斬る。

 時には刃で刃を流し、隙間に差し込むように斬る。


 力のない自分が、日本刀という最強の武器を最大限に活かすために習得した、身躱し斬り。


 敵が圧倒されているのが分かる。

 自分を恐れているのが分かる。


 自分を戦いに駆り立てていたものの正体に気が付きつつある燐子は、その思考をかき消すためか、それとも受け入れるためかは知らないが、我武者羅に踊り狂うように刀を操っていた。


 自分が片腕を切り落とした兵士が、倒れ込んだその先で、矢の驟雨を浴びて絶命するのを視界の隅で見ながら、次の標的に向かって猛進する。


 炎が生み出す煙が肺に入り、途端に咳が溢れる。

 その隙を突いて槍を向けてくる相手の矛先をいなし、懐に飛び込んで逆袈裟に切り払う。


 前に出過ぎているのが自分でもよく分かった。あまり離れすぎると、ミルフィたちの援護が届かない位置になってしまう。


 一旦冷静にならなければ、と数歩後ろ向きに下がった次の瞬間、思いがけない方向から槍先が飛んできて、慌てて身をよじる。


 しかし、完全に躱しきることに失敗したようで、脇腹の辺りに熱い感覚が奔った。


 どうなっている、と攻撃を受けた方向へ視線を向けると、右側を流れる川に沿って建てられた防護柵の先から、数名の兵士がこちらに向かって来ているのが見えた。


 目の前では、その先駆けらしき帝国兵が決死の形相で再度、槍を振りかぶっていた。


 炎の勢いが強すぎて、防護柵が焼け落ちたのか。


 何と間抜けなことだ。


 今退けば、死ぬ。


 一度押し込まれれば最後、敵兵は濁流のように流れ込んできて、とてもではないが一対一などとは言っていられなくなるだろう。

 実際、今も半ば集団戦に突入しかけている。


 ここからが本番だ、と気合を入れ直し、自分に傷をつけた男の顔を睨みつけたところ、その側頭部に勢いよく矢が突き刺さった。


「燐子!右は私たちに任せて、少し下がりなさい!」


 炎によってあらゆるものがバチバチと弾け散っている中、良く通る聞きなれた声が背後から鼓膜を揺らし、はっと我に返った。


「ああ!」


 気が付けば、ほとんど炎の中にいる。


 それを意識した途端に、肌をチリっと焼けつく感触が襲い、顔をしかめ、後ろを振り返らずに素早く門のほうへと戻る。


 空気が多少は澄んだ場所へ出てから、高台の上を首だけで振り返ると、慌ただしく村人たちが弓矢の補充や周囲の観察に動く中、ミルフィとドリトンだけが、時が止まったかのように静止していた。


 その研ぎ澄まされた二射が再び頭上を飛び越えていき、防護柵の崩れた隙間から炎を避けて入り込んでくる兵士に突き刺さる。


 だが、致命傷にはならなかったようで、兵士は構わずに前進を続ける。


「くそっ!」


 狙ったところに当たらなかったのか、悪態を吐き捨てたのはミルフィだ。


「それで充分だ!」


 向かってくる敵を横薙ぎに一閃して、鎧に守られていない脇腹を斬りつける。


 動きの鈍った兵士など、戦場では木偶に過ぎない。


 続いて掛かって来る矢傷を負った兵士の一撃を、タイミングを見計らって弾き、喉笛を刺突で貫く。


 さすがに切れ味が鈍ってきた、だが、まだ人を斬るだけなら充分である。

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