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竜星の流れ人  作者: null
一部 五章 深夜からの呼び声

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悪い知らせ 参

その後、泣きながら一通りの説明をしてくれたエミリオの話を要約すると、以下の通りであった。


まず、エミリオは食料を探すためにまた誰にも告げず無断で森に入っている。


どうやら帝国によって森が焼かれていることは、自分が想像していたよりも大きな被害をこの村に与えていたらしく、エミリオが危険を冒して森に入るのは相応の理由があったと見ていいようだ。


 そして次に、エミリオが森で食べ物を収穫していると、数人の帝国兵が森の中を散策しているのを見かけたそうだ。


何を話していたのかは知らないが、そのうち散り散りになって辺りを歩き回り始めたとのことだ。


そしてその中の一人を、谷底へと突き落としたらしい。


その谷の底には村へ続く水流が流れており、もしかすると直に死体がこの村の水源まで漂ってくるかもしれない。


ミルフィに抱きしめられたまま暗い声で語ったエミリオの話が終わると、周囲の人間の何人かが彼を責めるように声を荒げる。


やれとんでもないことだの、これでこの村はお終いだの、挙句の果てには全ての責任はエミリオにあるのだから、ドリトンの家で責任を取るべきだなどと言い出す始末であった。


それを未だに目を閉じたまま聞いていた燐子は、自分の中で怒りや苛立ちといった感情が鎌首をもたげているのを感じながら、鼻を鳴らした。


 元よりここは帝国のちょっかいを受け続けていたはずだろうに、何故に今になって誰かに責任を押し付けることで、事態が解決するなどと夢見事を口にできるだろうか。


くだらなすぎて、逆に笑いが出そうだ。


我が身惜しさに、自分ではない誰かを矢面に立たせる。


確かに、分からぬ話でもない。自分たちのような誇りと信念を持って、死ぬことにすら価値を見いだせる人間でもなければ、こうなることが自然なのかも知れない。


しかし、しかしだ。その生贄に最年少の子どもを選ぶというのはどういう了見だ。


燐子にとってもそれは、到底許せるものではなかった。

 ようやく目を開けた燐子は、馬の手綱をドリトンに預けて、一歩、村人たちの輪のほうへと近づいた。


急に渡された手綱に慌てた様子を見せながら、ドリトンだけが唯一彼女の姿をしっかりと捉えていた。


「みんな、聞け」


燐子が凛とした声を響かせて、周囲の注目を集める。


「帝国は既に、こちらに向けて動き出している」


彼女の一声を呼び水にして、喧騒が広がっていく。


誰も彼もが不安や、絶望、焦燥に駆られて好き放題に話をしていたが、そこでもう一度燐子が声を発したことで静けさが戻ってきた。


「アズールで騎士の連中に聞いた。間違いない情報だろう」


「じゃあ、やっぱりエミリオのせいで…」とドリトンが深く悲しみに満ちた表情をしたため、彼を安心させるように燐子がゆっくりと首を左右に振り、「いや、動き出したのは昨日今日の話ではない。エミリオは無関係だ」と答えた。


彼の謂れなき罪は晴らすことはできたが、逆に考えれば、帝国の進行は避けられない事実であるということなのだ。


何を契機に攻め込んできたのかは予測できないが、いよいよ恐れていた事態が、この村に災厄となって降り注いで来たことになる。


「じゃあ、もうこの村は…」


「ドリトン殿、それで良いのですか」


「良いも何も――」


「エミリオが殺めたという帝国兵、恐らくは斥候です」


それがどうした、今すぐ逃げなければ、と騒ぎ立てる連中に向けて、燐子が一喝を入れる。


「いい加減落ち着け!」


 燐子の出した大声に、栗毛の馬がわずかに反応して鼻息を荒くする。


周囲の人々が水を打ったように静まり返り、腕を組み直した燐子の顔を、恐る恐るといった雰囲気で見つめていたのだが、そんなことは今更気にも留めない彼女は声の大きさを落とすことなく、そのまま続けた。


「今頃斥候が一人欠けたこと気がついて、あの森に引き返してきているところかもしれない。あるいは既に本隊に合流して、大軍を引き連れて進軍している最中かもしれない」


村人たちの不安を煽るような発言をする燐子は、まるで他人事のようにこの村の破滅への一途を語った。


そんな、見る者の視線を釘付けにするその堂々たる姿勢には、確かに彼女が、一国の姫君であるということを示しているようではある。


ただ、王国の王女であるセレーネとは全く違って、可憐さとは無縁であるとしか言いようがない。


「それで、お前たちはどうするんだ。大人しく故郷とともに灰になるか、故郷を捨てて逃げられるところまで逃げるか、帝国に降って奴隷か嬲りものにでもなるか…。ついでに忠告しておくと、戦火に呑まれた村というのは悲惨なものだぞ。決して人の死に方ではない、とだけ伝えておく」


燐子が告げる言葉には、形容し難いリアリティが込められていて、それが脅しでも何でもないということは、周囲の青ざめた人々の顔に如実に表れていた。


 どう出る、と燐子は心の中で唱えた。


顔だけは平静を保っていたが、内心は誰かが自分の言葉に牙を剥いて来ることを祈っていた。


そうでなければ、この村は本当に終わりだ。


「年老いた連中や、女子供を引き連れて、魔物だらけの湿地を抜けられると思うか?仮に抜けられたとしても、果たして一体何人残るか…」


そんな燐子の想いに答えたのは、この世界において、自分が一番知っている人物で、それでいて自分のことを一番知っている人物であった。


「冗談じゃない…!」


エミリオの体からその身を離し、振り返りながら立ち上がったミルフィと目が合った。


「勝手はもう沢山、うんざりなのよ!燐子!」


やはり、彼女はこうでなければならない。


「アンタがそうして焚きつけるからには、何か考えがあるんでしょうねぇ?」


爛々と炎を滾らせる彼女が、一番美しい。


この世界に来て知ったことの一つだ。


紅色の髪はとても風情があって、趣深いと。


「当然だ、ミルフィ」


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