悪い知らせ 弐
数分して村の門をくぐると、大通りのほうに村人が集団になってかたまっていた。その中には、ドリトンとエミリオの姿も見える。
馬が速度を緩めると、完全に止まってしまうよりも早くミルフィが馬上より飛び降りた。
危険な行為だが、今それを咎められるほど冷たい人間でもない。
「エミリオ、お祖父ちゃん!」
疾風の様に彼らに走り寄ったミルフィに、村の者たちが一斉に声をかけたことで、エミリオの小さな声はかき消されてしまった。
「おお、ミルフィ、よく帰ってきてくれた」
「一体どうしたの、帝国が来たの?」
「それが…」と困ったように眉をしかめたドリトンの代わりに、老齢の男性が忌々し気な顔をして言った。
「お前の弟が、とんでもないことをしでかしたんだよ」
それを聞いたミルフィが、「え」と目を丸くし、一拍遅れて彼らの中心で肩を丸めたエミリオを見つめた。
とんでもないことか、と馬を引きながら集団に近寄った燐子は、ドリトンのほうへと顔を向けた。
同様にこちらを見据えたドリトンの顔には大きな疲労感と、焦燥感、そして小さな安堵が刻まれていた。
可能であれば聞きたくはないといった口ぶりで、「アンタ、一体何をしたの」と俯いたままのエミリオに尋ねるも、彼は悔しそうに拳を握りしめたまま何も答えない。
「エミリオ!」
「殺してしまったんだ」無感情な調子で、ドリトンがぽつりと言った。「帝国の兵を」
ミルフィは唖然とした様相で、信じられないことを口走った祖父を見つめ、それから何度も何度もドリトンとエミリオへと視線を交互に向ける。
殺した、この純朴な少年がか?
到底信じられるものではない。
ぱちんと弾けた篝火の音を合図に、ミルフィが寝言のようにはっきりとしない口調で「嘘よ」と呟いた。
「本当だ」
「そんなの嘘よ」
村人が様々な感情を湛えた表情で、ミルフィのほうへと目を向けている。
ある者は哀れみ、またある者は怒り、だが多くの者は憔悴しきったような絶望だった。
燐子はつい最近似たような顔つきを見たことを思い出し、内心苛立ちを募らせていた。
サイモンたちのときと似ている。
自分では何もしないのに、誰かを責めることもなく、諦めきっただけの瞳が酷く目障りだ。
まるで死人だ、と誰にも聞こえないように口の中で吐き捨てる。
「嘘よね、エミリオ」
しかし、少年は何も答えない。
「何とか言いなさい、エミリオ!」
とうとう村中に響き渡る大声を放ったミルフィを、エミリオが弾かれたように見上げた。
てっきり村中から責められて沈んでいるのだと思っていたのだが、その瞳に宿った強固な意志の輝きを見て、それが間違いなのだと分かった。
今にも炸裂しそうな種火が、水晶体の中で渦巻いているのを確かめたとき、ミルフィとエミリオの間に繋がる、疑いようのない連綿とした血脈を感じずにはいられなかった。
「嘘じゃないよ!」
息を呑んだ自分の姉に、追い打ちをかけるように続ける。
「アイツらがまた丘の森にいたから、下に突き落としてやったんだ!」
良く通るエミリオの声が虚空を打って響き渡る。
エミリオを怒鳴りつけるかのように思えたミルフィは、険しい顔のまましゃがんで弟の肩を握った後、唇を震わせた。
まるで呼吸ができないかのように口を開閉させたが、しばらくすると涙声で言った。
「何で、そんな馬鹿なことをしたの…」
風を失った凧のように、途端に勢いを失ったミルフィを見つめて、エミリオも彼女と同じで墜落するように声を萎ませた。
「馬鹿なことなんかじゃ、ないもん。お父さんの仇を討ったんだもん」
ミルフィはエミリオの言葉を聞いて、一層瞳を潤ませると、赤い宝石から雫を漏らした。
その軌道を目で追っていた燐子は、彼女の嗚咽混じりの声を聞きたくなくて耳を塞ぐように目を背け、瞼を閉じた。
「馬鹿なことよ…馬鹿な…」
そのすすり泣く声を聞きながら、エミリオのあどけない笑顔の表情を思い出そうとしたが、何度試みてもそれを思い出すことはできなかった。




