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竜星の流れ人  作者: null
一部 四章 水の町にて

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警鐘 弐

 次第に高くなりつつある太陽に照らされて、いよいよ詰め所の前に立つ。


 玄関の両脇に申し訳程度に用意されている鉢植えも、ほとんど花は枯れ果ててしまって、悲壮感を放っていた。


 これだけでも、連中のズボラさが垣間見える。


 心して中に入らなければ、苛立ちでトカゲ剣を抜いてしまいかねない。


 ミルフィが一つ頷いたので、鏡写しのように頷いてその意図に応える。


 そしてミルフィが両手で詰め所の扉を開けた。


 扉が古臭い音を奏で、軋みながら開いていくと、中には不愉快な喧騒が充満していた。


 まるで、あの日、私達の城を埋め尽くした黒煙のようだ。


 あちらこちらに散らばっている、十人程度の同じ鎧を着けた男たちが、ああでもないこうでもない、と大声を上げているが、耳に入ってくる限り、それは決してロクな話ではなかった。


 鎧に施されている紋章は、翼の生えた生き物のシルエットの上に、いくつかの星を散りばめたものだ。


 日の本でいうところの、家紋のようなものだろうかと何となく想像する。


 木板を恐る恐るといった様子で踏み進むミルフィの後ろを、守るようにして燐子がついていく。


 自分たちに刺さる好奇と、下劣な感情をまとう視線に、直感的な嫌悪感を覚えながら、可能な限り彼らのほうを見ないようにして、受付まで足を進める。


 どこまでもか弱い村娘を演じるつもりらしいミルフィは、たどたどしい口調で受付にて陳述書を渡した。


 周囲で暇を潰していた騎士共が、こぞってその紙を覗き込んだ。


 ちらりと、何人かが燐子の顔を見つめ、それから腰の剣へと視線を落とした。


 怪しまれたのか、と一瞬肩に力が入ったが、直ぐにそうではないことが分かった。


 そのうちの一人がにやけた面をしながら、「可愛いのに、そんな物騒な物持っちゃダメだよ」とゾッとするような声で囁いたからである。


 今直ぐにでも斬り捨てたい衝動に駆られた燐子だったが、何とか堪える。


 こんなところで暴れてはドリトンの嘆願も水泡に帰すことは免れない。今は我慢のときなのだ。


 それにしても、と燐子はゆっくり瞳を閉じて、ざわついた心を落ち着かせようと努めた。


 だが、瞼の裏の深淵はかえって彼女の苛立ちを加速させただけで、次々と燐子の中に怒りの濁流を注ぎ込んだ。


 このような下種が、侍の真似事をしているなどと…全く、御しがたい無能ほど反吐が出る者はいない。


 ここが元の世界なら、斬り捨てていること間違いなしである。


 受付の初老の騎士は、清潔感の欠けた髪をかき上げて、「あぁ、またカランツね」と投げやりな口調で言った。


 その瞬間、わずかながらにミルフィが殺気を漏らした気がするのだが、それも一秒ほどで止んだ。


 老人はほんの少しだけ柔らかい語調になると、「運が良いのか悪いのか、もうそっちに詰め所を作ることは決定したんだよ」と告げた。


「本当ですか?」


 素のトーンに戻ったミルフィへ、別の若い男が頷いて見せる。


「ああ、帝国軍の奴らがそちらに向けて進軍しているらしいんだ」


 彼だけは、他の連中と違って爽やかな雰囲気をまとっている。


 それを耳にしたミルフィは、信じられないという様子で顔を青くして口と目を見開いていたのだが、何とか掠れた声で「そんな」とだけ呟いた。


 相当ショックだったのだろう、彼女はよろめき、燐子のほうへとなだれかかった。


 それをしっかりと受け止めた燐子は、受付の男たちのほうを睨んだ。


「直ぐに来るのか」


「あ、ああ、どうかな。まだ『らしい』という段階だからな、そこは何とも」


「違う、お前たちがだ!」


 乱暴な口調になってしまった燐子に、初老の騎士がその態度を咎める言葉を吐き捨てたが、氷の剣のように鋭く冷たい視線に切り裂かれ口を噤んだ。


 彼が答えなかったため、燐子はその隣の男に視線を合わせたのだが、彼は堂々とした様子で、「そのことについて、今日王国のほうから大使様が来られる。そこで話し合ってその時期も決まるだろう」と説明した。


 今日?今日来てこれから話すのか?どれだけ信憑性のある話なのかは知らないが、もしも本当に進軍してきているなら、そんなに悠長なことは言っていられない。


 そもそも何を話し合う?一度カランツに来て、現地で状況を確認しながら話し合うべきなのではないか?


 こいつらに任せていては、最悪カランツが火の海になる。


 そうして歯ぎしりした燐子の脳裏に、ふとカランツの村の風景がよぎった。


 美しい蜘蛛の糸のように分かれた水の流れ、風の歌う丘、小さな商店、穏やかな村の人々、自分を気にかけてくれたドリトン、そして穢れのない少年。


 それから、と自分の腕の中で心ここにあらずのミルフィを見つめる。


 普段の威勢の良さは鳴りを潜め、混乱した瞳からは炎はおろか火の粉すら見られない。


 そっと、ミルフィの頭を撫でる。それでようやく我に返ったらしい彼女はおずおずと顔を上げてこちらを見つめた。


「行くぞ、ミルフィ」


 王国と帝国のいざこざなど、流れ人である自分には毛ほどの興味もない。


 だが、ここまで散々世話になったカランツの人々を死なせるつもりもない。


 それはきっと、何を言い訳にしたとしても、捨ててはならない誇りだ。


 武士や侍がいようといまいと、腹を切るべき身であっても。


 それだけは、ここがどこだろうと、見失うわけにはいかない。

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