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竜星の流れ人  作者: null
一部 四章 水の町にて

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国のあり方

 宿屋の受付でやたらに愛想のいい女から鍵を受け取り、その耳障りな猫なで声に内心不快な思いをしながら、自分たちの部屋へと向かう。


 二階へ上り、鍵穴に鍵を差し込む。

 部屋の内装が明らかに不可思議ではあるものの、この世界では自分のほうが不可思議なのだと、さすがにもう分かっていた燐子は、考えるのを止めた。


 扉の鍵を内側から掛けた途端、大げさにミルフィがため息を吐く。


「あーあ、燐子が悪いのよ、あんな風にぺらぺら何でも喋るから」


「別に隠していたわけでもあるまい」不機嫌そうなミルフィを横目に呟く。「まあ、たしかに驚きはしたが…」


 ――お前はこの世界の人間ではないな。


 スミスがやけに丁寧なアクセントで発した言葉が耳に蘇る。


 武器製造のプロに、異世界の武器を見せたこと自体が軽率であった。


 たまたまスミスが自分に好意的であったから、他言しないことを約束してくれたが、そうでなかったなら、余計な心配事が一つ増えてしまうところであった。


「お尋ね者の流れ人、か」


 スミスが警告した言葉をほとんどそのまま口に出す。


 騎士団からのお触れで、そのような情報が流布されてしまっているとの話を、スミスから聞いた。


 自分以外の流れ人が悪事を働いたのか、それとも全く根も葉もない噂をばら撒いた何者かがいるのか。はたまた、帝国との長い戦いの中で、不満を募らせる民衆に対して王国が与えた生贄なのか…。


 少なくとも、自分にとって他人事ではないことは確かだ。しかも悪い方面での。


 報奨金として、情報提供者には金一封、騎士団員なら階級昇進という徹底ぶりである。


 誰も彼もが血眼になるとまではいかないが、少しでも怪しまれれば騎士団に突き出されかねない。


 どこのどいつか知らないが、余計な真似をしてくれたものだ。


 持っていた革袋をベッドに捨てるように放ったミルフィは、木の床を踏み鳴らして。奥のベッドに腰掛けた。


 そのままミルフィは面倒そうに革製の上着を脱ぎ捨てると、大げさにため息を吐いた。


 自分の体さえもぞんざいに扱うように放ったことで、寝台のスプリングが悲鳴を上げるように軋む。


 彼女の機嫌は本当に分かりやすいと思う。


 苛ついたら顔は直ぐに険しくなるし、嬉しいときは可愛げのある笑みを浮かべる。


 基本的にいつも何かに怒っているような、あるいは不満があるような顔しか自分には向けてくれないわけだが、その原因の多くが、生まれた世界や、環境の違いによる価値観の相違であると思っている。


 つまり、彼女と自分は根本的に馬が合わない、というわけではない気がするのだ。


 この先、自分の身をどう扱うとしても、ミルフィとの親交を深める――とまではいかないまでも、互いの居心地の良さに問題が生じない程度には、理解し合う必要があると思う。


 ただそれも、相手にその気がなければどうにもならない。


「そもそも、本当に流れ人かも分からないわ」


「確かに、具体的な情報を挙げないほうが、民衆の注意を引く餌としては効果がある。その点、流れ人なら最高の適任者だな」


「容姿も性別も不明の名無しで、分かっているのは奇妙で、でかい武器を使うってことだけ。こんなのに懸賞金をかける意味も分からないもの」


 ミルフィが横になったままでぼやく。


「やはり、王国の流した偽りの情報か」忌々しく吐き捨てる。「二十年も戦争を続けていれば、民衆の不満もそれ相応のものだろうしな」


「腐っているのよ、性根が」


「そもそも戦争の発端は何だ、何のためなら二十年も争いを続けられる?」


 ミルフィは、何のためかは知らないけど、という前置きをした後、苛立たし気に三編みを解いて首を振り、説明を始めた。


 髪を下ろした彼女は、きちんと女性らしく見える。


「帝国が領土の拡大のために突然侵略戦争を起こした、っていうのが、お偉いさんたちが私達に教えたシナリオよ。どれだけ本当なのかも分かったものじゃないわ。でも、私達は小さい頃からそう習って成長していく」

 ミルフィは黙って聞いている燐子を一瞥すると、寝転がっていた体を起こして、いつまでも立ったままの彼女に座るよう声をかけた。


 燐子は今気がついたというように頷くと、ミルフィが腰を下ろしている隣に座った。


「ちょっと、向こうのベッドに座ってよ。狭いじゃない」


「話すには遠くないか?」と率直な疑問を返した燐子に、「いいから」と体を押しやるものだから、仕方がなく隣のベッドに向かって、話の続きを行う。


「こういうちゃんとした町や、それこそ首都辺りになってくると、騎士団はしっかりと配備されていて、住民は自分で自分を守られなくても安心して夜も眠れる。でも、カランツや、他の多くの小さな村や町は違う。戦争で使うための兵士を徴兵するだけ徴兵したら、後は放ったらかし。魔物が出ようが、帝国が攻め込もうが、食糧不足で死に絶えようがもうどうでもいいのよ」


 普段自分に向けられるような怒りとは、まるで種類の違うミルフィの怒りを目の前で見せつけられ、燐子も少なからず義憤に駆られる。


「民に優劣をつけるか。あまりにも許し難いな」


 そのような状況が看過されること自体が不思議でならない。


「そのような治め方で、誰も謀反を起こさないのか?」


 ミルフィが呆れたように鼻息を漏らす。

 それは燐子に向けてではなく、この国そのものに向けられたものであることは疑いようもない。


「クーデターを起こせるようなまともな人間はもういないわよ。そんなまともな人間は、僻地に追いやられて戦死したか、適当な罪で辺境行きよ」


「そんな横暴で、民衆が付き従うものか」


「それが従っちゃうのよ、王族のお墨付きだもの」


 ミルフィが、芝居がかった風に肩を竦めて言った。


「王族?」


「えーと、この国を束ねている人たちかな。そいつらも権力を盾にやりたい放題」


「由緒正しき家柄、というやつか」


「何かよく分かんない。でも、第一王子は放浪癖があって、第二王子は女癖が悪い、王女は…多少、マシみたいだけど、なんか噂だと奇跡を起こせるらしい。」


「それはまた胡散臭いな。本当に王族なのか?詐欺師ではなくて?」


「そうだから困るのよ」


「ふん、腐った根と茎の上に、綺麗な花は咲かん」


 燐子の言葉に、ミルフィは何がおかしかったのか少しだけ、くすりと笑った。


「とにかく、民衆が歯向かわないように、そこそこの規模の町や村は手厚く扱うのよ。ぞんざいにするのは無くなっても困らないショボい村と町だけ」前のめりに姿勢を変える。


「でもね」


 ミルフィの瞳に宿る静かな憤激が、その言葉には如実に表れていた。


 ごうごうと燃える美しい華のような炎が、瞳の中でひたすらに揺れる。


 その炎でさえ焼き切ることができない王国の圧政に、燐子は少なからず危機感を抱いた。


 自分が想像していた以上に、カランツの村は追い詰められているようだ。


 ドリトンの陳述状に対し、意味がないと容易に吐き捨ててしまっていたものだが、今なら、自分のその言葉の残酷さが理解できてしまう。


 彼らには、もう見た目以上に後がないのだ。


 藁にでも縋るしかない、例えそれがバラバラに千切れてしまっている藁であっても。


「ショボい村でも、生きているのよ。私達は。何をどれだけ奪われても、地に這いつくばって、家畜みたいに黙って死んでいくのは絶対に嫌」


「馬鹿な真似はするなよ」と、ミルフィが、今にも騎士団の詰め所に向かって奇襲を仕掛けに行きそうな勢いだったため、燐子は慌てて彼女を諌めるような発言をした。


 それに対してミルフィは、一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後、苦笑いしながら「詰め所に火矢を放つとか?」と冗談交じりで言った。


 思ったよりも冷静さを残していたミルフィを見た燐子は、彼女を、まるで青い炎のようだと思った。


 一見周囲も憚らず、自分の感情のままに燃え盛る愚かな炎のようにも感じられるが、いざ腰を据えて彼女と話を進めてみると、それは大きな間違いだということが分かる。


 自分の意見をしっかりと持ち、なおかつそれを適切に出し入れすることができている。

 とどのつまり、優先順位を遵守できているということかもしれない。


 確かに、話にエミリオやドリトンが絡んだり、青臭い正義感に駆られたりして暴走気味になるときもあるが、多少は致し方あるまい。


 私だって、戦いの最中には自分自身のコントロールができなくなるときもある。


 そう考えながら、肩の傷をさすった燐子に、「お風呂が終わったら、包帯取り替えようか?」とミルフィが優しげな口調で尋ねた。


 そういう意図で取った行動ではなかったものの、彼女の口調があまりにも自然な親しみで満ちていたため、素直にお願いした。


「ああ、頼む」


 もしかすると焦らずとも、ミルフィとの関係は、とてもバランスに優れたものへと成長しつつあるのかもしれない。


 そう考えた燐子は、辛気臭い話はここまでにして、お風呂に入ろうとミルフィに提案した。


 彼女もそれに不服はないようで、先程と同じ苦笑で続けて頷いた。


 彼岸花のような艶やかな赤が、彼女の顔の動きに従って、その頬をくすぐる。

 何となくそれを目で追っているうちに彼女と目が合った。


「では、行くぞ」


「え?行くってどこへ?」


「話を聞いていなかったのか?」とほんの少しだけ首を傾ける。「風呂場だ」


 ミルフィは明らかにこちらの正気を疑うように目元を歪め、渋面を作った。決して向けられて気分の良い顔ではない。


「馬鹿じゃないの、この変態」


 どうやらこの世界には、裸の付き合いという習慣はないらしかった。


 それにしても、変態はないだろう…。

 


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