スミス 参
先程自分に向けられていた刀を鞘から半分ほど抜き出し、その刃をじっくりと眺める。
それから刀身を完全に抜き放ち、炎の灯りに掲げて、片目を閉じて何事かを観察しているようだったが、次は刃を指でなぞり、二人には聞こえないほどの小声で何か呟いた。
うっすらと彼女の指先に赤い線が走り、ぷつりぷつりと血の水滴が浮かび上がる。
スミスの行動にミルフィが心配げな声を出すも、集中してまるで聞こえていない彼女は、血を拭き取ることもせず、しばらくその作業を続けていた。
「異世界の武器が珍しいようだな」とミルフィの耳元で囁くと、何故かジロリと睨まれた挙げ句、無視されてしまう。
理由も分からぬまま無礼な態度を取られた燐子は、不服そうにミルフィを横目で見ていたのだが、彼女の有無を言わせない視線に押し負け黙り込んだ。
もしかすると、異世界などと軽々しく口にしたことを怒っているのだろうか。
そうは言っても、別に聞こえない程度の声量で話すくらいならば、別に構わないと思うのだが。
何かと怒りっぽいミルフィのことだ、仕方がないと燐子が顔を正面に向けたところ、確認が終わっていたらしいスミスと真正面から視線がぶつかった。
「美しい剣だ、それこそ燐子、君のような」
燐子は背中がむず痒くなって返す。
「ちっ、またそれか、頼むからよしてくれ」
このようなからかわれ方には全く慣れていない。
冗談と分かっていても、どうにも顔が熱くなってしまう。
自分には、壊滅的に色恋沙汰の経験がないのだ。
不意に横腹を強く小突かれて、燐子が苦悶の声を上げた。
「急に何をする」
「別に」
「人を小突いておいて、『別に』はないだろう…」
「鼻の下なんか伸ばして、だらしないわよ」
「そのような場所、伸ばしてなどいない」じろりと目元を険しくする。
「ふぅん、それにしては随分と気の抜けた顔ね。真っ赤になっちゃって、本当に可愛いわね、燐子ちゃんは」
「いい加減、意味の分からない言いがかりをつけるのはやめろ」
「スミスの言う通り、鏡見てきたほうがいいんじゃない?アホ面が映るわよ」
嘲笑混じりのミルフィの声に青筋が立つ。
「貴様…!」
次第にヒートアップしてきた二人の口論に割って入る形で、再び刀の話にスミスが戻った。
そうすることで二人は互いに顔を見合わせたまま、数秒睨み合ったのだが、結果としてまたスミスのほうへと、顔を向け直した。
「複数の金属を混ぜた上に、幾度も打ち直して製錬されてある…。これを一振り作るのに、一体どれだけの時間と素材、修練がいるのか。想像しただけでこれを作った人間が平凡な職人ではないことが分かる」
突如として饒舌になったスミスに、始めは面食らっていた燐子であったが、直ぐに彼女の目の付け所が素晴らしいことに喜びが湧き上がり、つられるような形で高い声が出てしまった。
「刀は、日の本の誇りだからな」
「そして、この切れ味。燐子、教えてくれ。これを作った者たちは何を斬ろうというのだ?」
「侍の誇りと誉れ、それを汚す全てのものと、『敵』と名の付く全てだ」
「なるほど…。独特な価値観を持っている職人たちのようだ」
「私の国ではこれが普通だ」
燐子の少しいじけたような反論に頷くと、再びスミスは刀の感想を続けた。
「今でこそ摩耗しているが、それでも並々ならぬ切れ味。そしてこの剣に宿る紋様の美しさ…。とてもではないが戦いの道具とは思えない」
そこでスミスは一度強く目を閉じ、大きく息を吐いた。「燐子」
「何だ、何でも聞いてくれ。私に分かることなら何でも答えよう」
刀を褒められるということは、侍にとって、腕前を讃えられることと同じくらい喜びに満ちたものだ。
こちらの世界に来て、強さそのものを褒められることは多々あったが、刀の良さの分かる人間などいなかったから、燐子は今までにないくらい上機嫌になって、スミスのほうへと笑顔を向けた。
その顔つきを、薄ら寒いものを見るような目でミルフィが一瞥している。
そうしてスミスがゆっくりと目を開けた。
先程までの無感情さは、刀の話を始めたくらいから既になくなっており、強い好奇心を煌めかせた瞳が、炎を浴びて燐子を見つめていた。
「君は、この世界の人間ではないな」




